スクリャービン

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スクリャービン/12の練習曲&8つの練習曲

前回も書きました通り、私は早い時期の曲の方が好みです。しかし、この2つの曲集を聴く限り、そうとも言い切れなくなります。

聴いてみると分かりますが、ショパンを意識した曲作りとなっていて、「12の練習曲」あたりはショパンに倣った、という話は公然のもの。
ところで、ラフマニノフとは対極で、スクリャービンはオクターブがやっと届くほどの手の小さい人でした。しかし、ピアノの腕は超一流。
しかし、小さい手ゆえに超絶技巧を追求して右手首を負傷、治るまで左手を徹底的に鍛えて右手同様の柔軟性を手に入れたと言いますから凄い。
だから左手が右手のように活躍するのですね。

では、早速曲に参りましょう。



No.3やNo.4を聴くと、私なりのスクリャービンを感じます。左手と右手のバランス感覚が何とも言えません。
No.7も右手をシンコペーションに聞こえさせる左手。古典的ですが好きな手法です。
No.9にしてもそうですが、左手次第で曲の生き死にを決してしまいますから怖いですね。No.12はどうでしょう。強く弾いて気持ちよくなりたがるのでしょう。どちらかと言うと地味な曲が多いですから、これはサービスなのかもしれません。



作品8も良いのですが、私はこの作品42の方が「らしさ」を感じます。
「ではこちらの方が好きなのでは?」と問われると、それはそれでちょっと違うような気もするのですが、でもスクリャービンならやっぱりこっちかな、とも思います。

例えばNo.4の様に、調を失いかけては絶妙の落とし場所に落ちてくる感覚、これが私の持つスクリャービンのイメージ。
さて、スクリャービンのエチュードの中で一番好きな曲と言うと、私の場合はこのNo.5。ショパンの香りも色濃く、胸に響いてきます。
ちなみに今回はコロベイニコフの演奏で全曲アップしていますが、楽譜付のホロウィッツがあるので最後に追加いたしましょう。

続いてNo.6。これも「らしい曲」ですね。
この響きがあるからこそ、ショパンと正面からぶつからずに聴けるのでしょう。でも本当に短いです。
終曲のNo.8ですが、作品8の終曲と全く違います。
作品8は、ショパンを意識して、と言うより意識せざるを得ない「呪縛」の様なものがまだあったのでしょうか。
作品42で描いたエチュード。私がこの終曲で感じるのは、「自由」と「解き放たれた安堵感」。フッと力が抜けていくような幸せな感じ、素晴らしいです。

※この記事はあくまでも主観ですので正当な解説とは違います。

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スクリャービン/エチュードop.2-1,3つのエチュードop.65

さて、このスクリャービンの音楽は私にとって「微妙」なのであります。
何が微妙なのかは追ってお話しいたしますが、まずここで私が一番好きな曲を紹介いたしましょう。「エチュード(3つの小品より)作品2の1」です。

「エチュード(3つの小品より) 作品2の1」
「演奏:ウラジーミル・ホロヴィッツ−楽譜付き」

スクリャービンは12曲からなる「作品8」と8曲からなる「作品42」、他に2〜4曲の短いものを4曲書いていますが、この作品2の1は一番耳に馴染みます。後期の曲は馴染めませんが、このあたりはまだ「作品2」、素晴らしいです。

私の感覚では、ショパンのコンチェルトを継承するのが「ラフマニノフ」、ショパンのエチュードの流れを汲んでいるのが「スクリャービン」。
ですから深く感じ入るのですが、次の「作品65」となると私の感性がズレを生じ、「微妙〜」な世界を迎えてしまうのです。

「3つの練習曲 作品65」
「リンクはこちら−楽譜付き」

これが「偶然性の音楽」の様なものであれば一刀両断と行きますが、いかんせんそういう類の音楽ではありません。危険な罠? 素晴らしい思考停止がプンプンと漂っています。
トランス状態を彷徨う事が快感だった若き日にはのめり込んだであろう音の並び。正直言って大好きでした。。
歳のせいか、今は心も丸くなってベタなものに涙する様になりましたが、10代20代の研ぎ澄まされた感性にとっては完全なるストライクゾーン。今こうして聴いていても「ここはもっとこう弾いて欲しい。自分なら」と注文が次々と湧いてきます。つまり、元々私の感性に合っているのでしょう。
結局、作品2と65では、こちらの「聴く態勢」が違うだけなのかも知れません。

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アレクサンドル・スクリャービン「ポエム 作品32」
ピアノを聴こうと思わないとなかなか触れる事の無い人ですが、19世紀末から20世紀初頭にかけて活躍した作曲家です。
この人は小品に才能を発揮した人と言われています。
コンチェルトのラフマニノフ、ソナタのスクリャービン。こんな風にも言われますが、私が初めてスクリャービンを聴いたときの印象は微妙なものでした。
その微妙さ加減は今も変わっていません。時代が時代ですから、私が好きな音と「聴けない音」が微妙に交錯しているのです。

例えば「ポエム」で言うと、この作品32の1はどこかに連れて行かれるような「まったり感」、もっと突っ込んだ表現を使うと、後に傾倒して行く「無調」への気配が見え隠れし、得も言われぬ独特の雰囲気が醸し出されて非常に心を奪われます。しかし、他のポエムは入って行けそうで行けない。
「あっ、いいな」と思って聴いていると、途中でそれが間違いだったと気付きます。

では、私がスクリャービンのポエムの中で唯一聴ける、その微妙な音の魅力を楽しんでいただきましょう。
若き日のホロヴィッツ、いいですねぇ。

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