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モーツアルトの曲に「音楽の冗談」というものがあります。 「冗談」と言うからにはさぞかし面白いだろう。そう思って聴いてみると「あれ、どこが?」と拍子抜けするかも知れません。 何故なら、今の感覚では全く通用しない「冗談」だからです。 当時、「自称作曲家」なる者が巷に溢れ、天才モーツアルトは辟易していました。 今ならメディアで「本物の音楽とはこういうものである」といくらでも流せますが、当時は「口コミ」だけ。 処世術で貴族に取り入り、いっぱしの「作曲家気取り」で高額な報酬をせしめていた不徳な輩もいたのでしょう。 ちょっと話しがずれますが、この頃の作曲家は「自分で演奏・公演するため」に曲を書いていました。つまり、自作自演で報酬を得ていたのです。 後に、この「作曲」というものを単独の職業にしたのはベートーヴェンが最初ですから、時代は暫く先の話しになります。 そこでモーツアルトは「音楽の冗談」の名の下に「まさかこんなものを『音楽』とは呼ばないよね。冗談にも程がある!」と、“自称作曲家”達に皮肉たっぷりに見せつけてやったのでしょう。 曲の内容は、「天才モーツアルトならこんなに酷い曲は書かない」というもののオンパレード「間違いだらけの作曲法」。「ほら、これはお前だ」とでも言いたげです。 まず、曲の構成上のバランス。 通常(当時の)「交響曲」では第一楽章とフィナーレに重きを置きますが、ここではそれが極端に短く軽く扱われ、第2・3楽章が無駄に長く作られます。 また、ヴァイオリンが妙に自己主張して飛び出してきますし、明らかに間違った音が出てきます。また、当時の編成では必ず入る「オーボエ」「フルート」がありません。 全く違う調の和音がぶつかっていますし、ホルンに不協和音やトリルまでさせています。 ・・・と、ここまで読んで「おや?」と思いませんでしたか? 音を外す模倣は別にしても、違う調の和音をぶつけたり、楽章の構成が歪だったり、ましてやホルンの「トリル」や「不協和音」など、今や当たり前ではないのか? 当然そう思われるでしょう。 実際にその通りで、今や交響曲の4楽章形式、いや楽章の概念自体が壊れていますし、複数の調性法はドビュッシーやストラヴィンスキーが20世紀に確立させています。 ですから、今さらこの程度の曲を聴いたからと言って「バルトーク」「プロコフィエフ」を聴いている我々の耳には刺激にもならず、ただ「古いだけの曲」なのです。 「はい。では演奏を聴いてみましょう」 と言いたいところですが、ちょっと待ってください。 ここで今のオーケストラの演奏を聴いたところで、本当に「この曲」を聴いた事になるのでしょうか? 当時は弦楽器の弦も弓も「ゆるゆる」で、右手の加減ひとつで音が変わってしまいました。 また、ホルンも当時は「ナチュラルホルン」と呼ばれる「バルブ」の無いもので倍音しか出せず、ベルに突っ込んだ右手で上下の1、2度を作りました。ですから、こんな不安定な楽器で「不協和音」や「トリル」を奏でるのは至難の業だったのです。 どの楽器も、とても今のように「自分の音さえしっかり出せば自然に不協和音になる」楽な状況とは違っていました。 ですから当時の楽団員は「ウニャウニャゴニョゴニョプワプワ」と、とても今の様にスッキリとは仕上がらず、そのバタバタ加減がまた「冗談」として面白かったのです。これを今の楽器でスッキリと弾いたら意味がありません。 「本来」の意味での「音楽の冗談」を聴くことは難しいのです。 ・・・でも聴いてみたいという方もおいででしょう。 参考に動画を御紹介いたします。 |

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