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オーケストレーション、管弦楽法、編曲、アレンジ。 クラッシック界にその名を轟かせた人は数々いますが、今回は他人の曲の編曲・アレンジについて考えてみましょう。 この世界で達人と言えば、まず「ボレロ」で有名な「ラヴェル」を思い出します。 「ムソルグスキー」が書いたピアノ曲「展覧会の絵」を管弦楽に編曲し、今では原曲よりこちらの方が有名なほど。 とにかく色彩豊かな楽器の使い方、効果的な組み合わせ方をします。美しくて斬新。 他にもこの曲をアレンジした人達がいますが(入手できるのは指揮者の「ストコフスキー」版くらいです)残念ながら「ラヴェル」には及びません。ちなみに、私の好みの演奏は「アンセルメ/スイス・ロマンド管」です。 映画音楽にも使われた「ボレロ」に至っては、同じメロディーの繰り返しでありながら、手を変え品を変え、刻々と色彩を変えて行くそのオーケストレーションの見事さに、思わず舌を巻いてしまいます。ラヴェルの最高傑作と言っても良いでしょう。 ただ、どうしても私は「天は二物を与えず」と感じざるを得ません。それは、「ラヴェル」にメロディーメーカーとしての才能を感じないからです。 ピアノもオーケストラも、心を揺さぶる様なメロディーが浮かばない。しかし、それを補って余りある編曲能力で一級品に仕立て上げる。私はそう感じてしまいます。 「何だこの曲は。折角のメロディーが台無しじゃないか。私なら、この曲を名曲に昇華させる事が出来る」といった具合に、ついつい他人の曲の編曲に手を出してしまうのではないか。 でなければ、どんどん沸き上がる美しいメロディーを仕上げるので手一杯の筈です。 次に紹介するのは、同じく「ムソルグスキー」が書いた交響詩「禿げ山の一夜」をアレンジした「リムスキー・コルサコフ」。交響組曲「シェヘラザード」でも有名な人です。 この人の場合は、作曲家が死ぬなどして未完成のままになっている曲などを掘り起こし、自ら加筆・改訂を行って世に送り出しました。 斬新な試みを嫌う人だった様で、原曲をガラリと変えて常識的な形に書き直してしまうそのやり方に相当批判もあったようです。
でも、「禿げ山の一夜」の原曲を聴いてみると納得させられてしまいます。彼の手によって無駄を削られて加筆され、退屈で冗漫な曲が見事な「名曲」に書き換えられています。やはり「大家」と言われる人の仕事は凄いですね。 |

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