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さて、このブログもほぼ1周年。デビューを飾った(?)のがこの8月15日の靖国潜入記なわけですが、1周年を記念して今回も潜入してまいりました。

とはいえ、言いたいことは昨年の記事でほぼ尽きているので、今回は簡単なスケッチのみ。
とにかく、行ったことがない方は一度行ってみることをお薦めします。とりわけ遊就館は、やっぱり必見。A級戦犯の合祀云々とか、政教分離がどうのとか、近隣国が嫌がるとか、そんな生易しい表層的レベルの問題以前の「戦争推進装置としての靖国」をガツンと思い知らされることでしょう。すべての議論はそれからです。「見るまえに跳べ」なんて小説がありましたが、靖国に関しては「跳ぶまえに見よ」ということ。

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写真ではよく見えないけど、毎年見かける「靖国神社断固防衛 不敬言動徹底粉砕」(笑)の幟を持つ人たち。
今年も炎天下で、さらに暑苦しい演説ご苦労さん。

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こちらも毎度おなじみ右翼屋さんたち。未成年とおぼしき子もちらほら。

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街を練り歩く右翼屋さん。
「朝鮮人は日本から出ていけー!」「ミサイルを発射したチョン公どもを〜」
たとえばドイツなら、こうした発言は即逮捕です。民族差別に寛容な「表現の自由大国」ニッポン。

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「追悼の場」で、下品な横断幕を掲げる。

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お隣の賑わいぶりに比べて、
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千鳥ヶ淵墓苑の閑散としたことよ。靖国の喧騒がまるでウソのよう。
「英霊に感謝を捧げる」などとご大層にのたまう輩ほど、こちらにはまず来ない。
偽善と汚らわしいイデオロギーが透けて見えます。
無名戦没者は悲しい。

どっかの総理の参拝については、わざわざコメントする気も起きません。
代わりに、作家・半藤一利氏へのインタビュー記事から抜粋。靖国という「装置」への本質的な批判がここにあります。
 …私は、市民の死者まで含めて「戦争の犠牲者」だと見る。だが中には、そういう見方をしない人もいる。その代表格が靖国神社だろう。靖国は基本的に、兵士の死者だけを祀る社だからだ/では「兵士の死」とは太平洋戦争の場合、どのようなものだったのか。多くの人は戦闘による死をイメージするだろうが、実態は異なる。陸海軍人の死者は約240万人だったが、そのうち実に7割が餓死だった。食糧の補給がなされず見捨てられた、無残にして無念の死である/彼らを見捨てたのは誰か。軍中枢の大本営、つまりは日本国家だ。その数、実に160万人以上。「英霊」のこうした悲惨な実態は、ほとんど知られていない。また軍は兵士に、食糧が尽きたら現地調達せよと指示していたから、日本兵はしばしば食糧を収奪した。彼らが住民に「日本鬼」などと恐れられたことも忘れてはなるまい(略)日本国は戦後も含めて彼らを見捨ててきたと言わざるを得ない。死の実相を問わず遺骨も放ったまま、名前だけを「英霊」として靖国に祀ってきた。戦死者がこのように遇されている責任は戦後の日本人にもある。
私は15歳のとき終戦を迎えた。戦争中の記憶として強く残っていることの一つは、ラジオから聴こえた靖国神社の国家儀式だ(略)ラジオを聞く私の周りも厳粛な雰囲気に包まれて、それを壊すような言動は絶対に許されなかった/儀式に参列した遺族の中には肉親の遺骨が帰ってこないことへの不満や疑問もあったであろう。また戦争後期には、社会の一部に厭戦気分もなくはなかった。靖国は、そうした感情や意見を抑え込むところでもあった。
靖国は「天皇の軍隊」しか祀らない。だが、そのような偏った鎮魂・慰霊のあり方は戦後社会にふさわしいか/靖国は明治2年に東京招魂社として創建された。脱藩して尊皇のため横死した維新の死者を祀るためだ。その後も、天皇の軍隊として戦死した人が祀られた/その結果、戦争で死んだ日本人でも、維新期の「賊軍」の死者や太平洋戦争期の船員の多く、空襲・原爆による死者は祀られていない。教義によるとはいえ、死者を選別するのは、真の戦争犠牲者を追悼する場にはふさわしくないだろう。
首相は靖国参拝への他国の批判に耳を傾けず、「批判する方がおかしい」と開き直っている。だが戦争の死者には、他国の死者もいる。日本は戦争で近隣国に多大な被害を与え、とりわけ中国では無辜の民を多く殺した。首相の言葉は歴史を無視した人の言葉だと言わざるを得ない。
2006/8/15『朝日新聞』朝刊より

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