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石山国分遺跡
日記
[ 甚七町自治会 ]
2011/12/21(水) 午後 5:04
桟瓦(さん がわら)和型瓦や和瓦と呼ばれている日本独特の瓦で、左側に小さいうねりがあることが、ちょうど障子の桟に似ていることから、桟瓦と呼ばれている。瓦がわが国に伝来してから約1000年もの間、瓦葺きは寺社建築や城郭建築に限られてきた。
これは平瓦と丸瓦による本瓦葺きは、重量がありそれを支える建築にもそれなりの配慮が求められた。そのため瓦葺きができる建物には制約が出てくる。こうした問題を解決するために出てきたのが、平瓦と丸瓦を一体化させるといったアイデアである。1600年代に登場したのがローソク桟瓦と呼ばれるものである。初期のローソク桟瓦は、京都の大徳寺の東司(便所)や大光寺正受院表門などに遺されている。
桟瓦を発明したのは西村半兵衛で、三井寺の瓦工として10年の歳月を費やして作りだしたと言われている。しかし彼が発明したのが現在見られるような桟瓦であったのか、ローソク桟瓦であったかは定かではない。
とのことが・・→ http://www.weblio.jp/content/%E6%A1%9F%E7%93%A6
[ 甚七町自治会 ]
2011/12/21(水) 午後 4:57
安土桃山時代から江戸時代初期(17世紀中頃)になっても、瓦葺きの建造物といえば寺院か城郭がほとんどで、一般人の居宅に瓦が用いられることはあまりなかったようです。
この時代の瓦屋根は本瓦葺(ほんがわらぶき)といって、平瓦(ひらがわら)と丸瓦(まるがわら)をセットで組み合わせて葺くもので、どうしても重量がかさみ、建物自体の構造がよほどしっかりしていないと採用しにくいものだったのです。そこで結局のところ、頑丈に造られた寺院や城郭以外には瓦屋根は少なかったというわけです。
そこに登場したのが、平瓦と丸瓦を一つにまとめた桟瓦(さんがわら)です。発明者は近江大津の人で、三井寺の用を勤めていた西村半兵衛で、延宝2年(1674)の創案と伝えられています。
桟瓦は軽いだけでなく、製造や施工のコストも抑えることができたはずですから、一般家屋への瓦屋根の普及に大きな力となりました。
とのことが・・→ http://www.kawara.gr.jp/01_rekishi/rekishi06.shtml





