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近江の女性:智月
日記
大津松本城
日記
[ 甚七町自治会 ]
2011/12/11(日) 午前 9:30
<沿革>松本民部少輔の城と伝わる。民部少輔について、『近江輿地志略』には「三井寺の僧と戦ひて死す」とする土地の伝承を載せている。一方、『武芸少伝』『射家系譜』では、民部を佐々木氏の一族で吉田上野介道宝の季子としたうえで、越前にて戦死すとしている。『志略』では前者の伝承を「誤り伝うべし」として疑問視しているが、民部少輔について詳細は今のところ不明である。 <手記>平野神社の東麓門前に、古くは字城ノ内と呼ばれる畑地があったとされています。周辺は、南からのびる舌状の丘に挟まれた谷戸となっていて、領主の館に適した地形となっています。また、神社の
南東、市民病院の北、現在国道やJRの線路となっているあたりの丘の上を字古城といったそうです。おそらく、谷戸の居館と山上の砦から成る城館だったものと推測されます。
『中世城館調査報告書集成』では、平野神社の鎮座する丘も城域と捉え、周辺に「腰郭の面影」がみられるとしています。(後略)
とのことが・・→ http://www.geocities.jp/y_ujoh/kojousi.ohmimatsumoto.htm
「甚七町」の読みは?
日記
「甚七町」の読みは?
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[ 甚七町自治会 ]
2011/12/3(土) 午後 4:55





