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チェリーブラッサム
この所、暖かい日が続いていますが、今日は桜が開花する頃の陽気だったそうです。
桜といえばソメイヨシノですが、じのさんエリアでは河津桜が咲いています。
ここは君津のコスモ・チェリーガーデンです。
私有地ですが、地主さんのご厚意で毎年無料公開されています。
桜の名前は解りませんが、40種140本の桜が植えられています。
じのさんが訪れたのは3月2日でしたが、今年は例年よりも開花が早かった様ですねぇ
満開の時季は過ぎており、小道は風に舞う花弁で桜色に染められていました。
チェリーブラッサム 松田聖子
チェリーブラッサムは、1981年にリリースされた松田聖子の4枚目のシングル。
B面は少しずつ春
当時じのさんは、松田聖子よりも浜田朱里のファンだったのですが、この曲を
聞いてからは聖子ちゃん派に・・・(^^
何といっても歌詞が素晴らしい! 未来に向けての夢と希望をハツラツと歌い
上げる彼女の姿は実に初々しかった。
聖子ちゃんの歌唱力も素晴らしいですネ!
旬物
嫁さんが貰って来た君津産レモン
今はレモンの収穫時期なんですねぇ
ちなみにじのさんは、果物は一切食べませんが・・・(^^;
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故郷の海へ
先日、春を感じに故郷の海へ・・・
「漁師料理かなや」さんの駐車場から見た東京湾
この日は少し風が強く、白波が岩壁に打ち寄せていましたが、
日差しも海の色も少しずつ春色に染まり始めていました・・・
竹岡や金谷の古い人々は東京湾を挟んで、対岸の事を向地(むこうじ)と呼びます。
「漁師料理かなや」さん下の海岸ではムラサキ色のタカラガイを拾いました。
ハナマルユキでしょうかねぇ
金谷の海を暫く眺めてから、湊川の河口に来ました。
ここには青い鉄橋が架かっていて撮鉄さんのスポットになっています。
湊川の両岸には旧国鉄房総西線時代に建てられた煉瓦積みの橋脚が残されています。
ここでは沢山のハツユキダカラが拾えますョ!
ビーチコーミングをしていると面白いものが打ち上げられています。
画像は平成22年の500円硬貨ですが、海水の塩分で錆びていました。
まあこの辺は笑える範囲ですがね、時には動物の○○とかも・・・
富津では「カジメ」と呼んでいる海藻の一種です。
この時は、じのさんの他に3人の方がカジメを採りに来ていました。
カジメは、子供の頃から食べていた訳じゃなくて、数年前から竹岡・金谷
辺りで消費が始まり、今では「カジメラーメン」が名物になっています。
家では、葉の部分を茹でた後、細かく刻んで味噌汁に入れたり、三杯酢で
ご飯に乗せて食べたりします。刻む事でメカブの様にネバネバが出ます。
海でカジメを採っていた姉さんに聞いた所、カジメの時季は2月から3月で
それを過ぎると河豚が卵を産み付けるので食べないそう。
勝山の知合いの仲卸に聞いた所「金谷より下んほうは食わねえよ」との事
外房の千倉の知合いに聞いた所「カジメは硬いから食わねよ、畑ん肥しに
してるよ」との事で、もっぱらカジメの消費は内房の竹岡・金谷に絞られ
ているようです。しかし、画像のカジメは生物学的にはカジメに良く似て
いる「アラメ」と呼ばれる海藻が正式名のようです。 カジメもアラメも
混同して呼んでいるようで、地域によってはカジメとアラメの呼名が逆転
している所もあるようです。
明日からは、春の陽気が続くそうです。春はもうすぐですねぇ
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まるごみJAPAN公認 南房総発 歌って・踊って・拾って・潜れる
社会貢献アイドル WHiTE BEACH
この曲を聴いたリスナー達の 心とカラダを温めるメロディ
甘彼
南房総市のご当地アイドル「WHiTE BEACH」が
デビューシングル「甘彼」をリリース。
WHiTE BEACHは、地域のごみ拾いを通じて地域活性化を進める
「まるごみ」プロジェクトの一環で生まれた社会貢献アイドル。
2014年7月に白浜海女祭りでのオ―ディションで県内外から選ばれ
全国各地でごみ拾いをしながらライブ活動などを通じて南房総をPR
しています。「甘彼」では「まるごみ」が地域ブランドとして盛り
上げている海女カレーも登場。「曲を聴くとつらいことも乗り越える
元気をくれる」「子どもから大人まで楽しめる」とメンバーは魅力を
話しています。「甘彼」のCDは1枚500円(税別)WHiTE BEACH
の公式HPやスーパー「せんどう」の県内各店舗、道の駅枇杷倶楽部、
道の駅和田浦WA・O!で購入できます。
ちなみに、じのさんは「せんどう」木更津店での購入者第1号でした(^^;
南房総市のご当地アイドル「WHiTE BEACH」
みんなで応援しましょう!
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・・・・木更津 金田屋リヒトミューレ・・・・
木更津の文化の象徴であった西側の市街地は、現在では人通りも少なく嘗ての賑やかさを
失ってしまいました。 近年映画館を始め古い建物が次々と解体され、街の景観も大きく
変わってしまい、時代の流れとは言え当時の華やかな木更津を知る者にとっては、思い出
その物が失われてしまうようで寂しいものです。
そんな木更津の本町通りに昭和7年に建築された金田屋洋品店が現在でも残っており、この
建物もいずれは解体されてしまうのではと危惧していましたが、昨年の11月におしゃれな
アンティークショップ「金田屋リヒトミューレ」として生まれ変わりました。
平成27年11月にオープンした金田屋リヒトミューレさん
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それでは、はじめに金田屋さんの歴史から見て行きましょう
こちらの画像は明治26年(1893年)に撮影されたものです。
日の丸や提灯飾り、屋根には「初宇利」の看板が見えることから正月に撮影された
ことが窺われます。2階の窓には洋風なバッグが掛けられ、店頭には沢山の洋服が
吊るされています。店先に写っている人物は、まだ幼さが残る丁稚奉公のようです。
金田屋洋品店は、木更津で江戸時代から続く薬局の雑貨店として明治時代に開業。
アルファベットで「KANEDAYA YOHINTEN」と書かれた看板建築は
周りの建物と比較してもハイカラな洋品店らしさを感じますねぇ
木更津は海運で栄えた街です。
現在のようなダンボールや発泡スチロールの無い時代、
物資は木箱や樽に詰められていました。
自動車が普及するまでは、物資の運搬は大八車でした。
こちらの画像は昭和時代の絵葉書で戦前に発行されたものです。
右側に写っているのが金田屋洋品店で、右の電信柱には金田屋の文字も確認出来ます。
左に写っている金田屋薬局には出入り口に庇のテントが設置され、着物姿の女性らしき
人物がこちらを見ています。
もしかしたら金田屋薬局の女将さんなのかもしれませんねぇ
奥に写っている洋風の建物は千葉銀行木更津支店です。
じのさん世代にはリアルに懐かしい本町通り
こちらは、平成24年撮影の旧金田屋洋品店
現存する建物は昭和7年の建築で、壁面をモルタルで覆い、欄間の緑色のダイヤガラスや
ギロチン窓、正面の特徴的なアーチ形の装飾は昭和初期のモダンな建築様式が窺えます。
以前より、カーテンに覆われた店内部は、どの様な作りになっているのか興味がありまし
たし、長年設置されていた「レディースサークルひまわり」の看板も雰囲気がありました。
アンティークショップとして生まれ変わった金田屋リヒトミューレ 平成28年2月7日撮影
庇の部分が綺麗に修繕され、藍染ののれんがレトロな外観とベストマッチですネ!
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それでは、店内の様子を見て行きましょう!
店名の由来やトレードマークにもなっている「リヒトミューレ」
太陽光が当たるとガラス球内にある4枚の羽根板が熱で暖められて回転します。
日本ではラジオメ―タ―と呼ばれていますが、ドイツ語でリヒトミューレと言うのだそう
ゆっくりと回転する様を見つめていると、時間までもがゆっくりと流れるようで、心和み
癒されます。 おしゃれで装飾性があるので、部屋のインテリアに良いと思いますョ!
店内の様子です
骨董店と言えば壺や掛け軸等を連想しがちですが、こちらは西洋風のアンティークショップ
と言ったイメージのお店です。
味のあるアンティーク家具が、ぬくもりのある空間を演出していますねぇ
こんな空間での生活に憧れてしまいます・・・
取扱商品は、ダンヒルのオイルライターや時計等で、オールドノリタケのフィギュリンに
も目を奪われます。
でも・・・私が一番気に入ったのは、このガラスケースなんです!
もちろん非売品ですが、こんな素敵なケースにコレクションを飾ってみたいですねぇ
時計類は、掛け時計・置時計・腕時計など種類も豊富です。
このベティーちゃんは目玉が左右に動くんですョ!
昭和なラジオもありました。
右のナショナル マジック・スーパーは、私のコレクションと同じ物です。
私のラジオには昭和30年6月29日求と墨書きされているので、60年程前の製品になります。
金田屋さんへの訪問当日、ご主人はご不在でしたが、気さくな奥様から
お店復活のエピソードなど、沢山のお話しをお聞きする事が出来ました。
一時は建物を取り壊す話しが持ち上がったという旧金田屋洋品店ですが、
趣きたっぷりのレトロ建築を生かして、見事に息吹が吹き込まれました!
衰退の一途をたどっている木更津の旧市街地に一筋の光が差し込んだようで
木更津を愛する者のひとりとして、とても嬉しく感じています!
アンティークショップと言うと敷居が高いと感じる方もおられると思いますが
お店を眺めているだけでも充分に楽しめますし、もしかしたらアンティークな
逸品との運命的な出会いがあるかもしれません。
是非木更津に足を運んで頂き、昭和の思いを馳せてみては如何でしょうか・・・
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木更津本町
金田屋
リヒトミューレ
木更津市中央2丁目1番16号
TEL0438−38−3538
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昭和39年発行 木更津市動態地図より
旧金田屋洋品店に核当する場所は、浜田屋呉服店で記載されています。
当時は浜田屋さんが経営されていたのでしょうか、もう少し調べてみたいと思います。
当記事の記載において間違いがありましたら、コメント欄にてご一報下さい。
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地元で愛されて80年
変わらない味、美味しさがそこに有ると言う事が素晴らしい!
先日とある場所に行ったところ、古びた家屋に昭和な牛乳木箱が残っているのを発見!
牛乳箱の撮影後に、ふとガラス戸の奥を見ると食堂の雰囲気が・・・
改めて見れば、昭和な看板建築じゃないですか!
しかし経年により食堂の文字も消え暖簾も出ていません
はたして営業しているのか?
一旦は躊躇したものの勇気を出してガラス戸を引き、声を掛けてみました・・・
「すいませ〜ん 今やってますか?」と聞くと、やっているとの事
店内には二つのテーブル席があり、三人のお客さんがいらっしゃいました。
はいここに座ってと、地元の方らしきお客さんに案内され必然的に合い席となりました。
今日はどちらから?などと世間話しを少ししたあと、さあ注文は何にすると聞かれ
それじゃ〜 ラーメンとカツ丼と答えると何故か、おぉ〜との声が・・・
同じテーブルに合い席になったお二人のお客さんは幼なじみの地元の方で、
一人の方は1年ぶりに、もう一人の方は10年ぶりに来られたそう
もう一つのテーブル席の方は常連さんのようです。
注文から40分程して、ラーメンが出来上がりました!
合い席のお二人も先にラーメンを注文されていて、
私の分と同時にラーメンが運ばれて来たので、実質60分位掛かったのではと・・・
まぁその辺は、ご高齢なのでご配慮頂きたいということで
私はラーメンと注文してしまいましたが、
定価表には中華そばと書かれていたので、正しくは中華そばになります。
10年ぶりに来られた方は食べた瞬間、
「う〜ん昔と同じ味だ!」と言っていました。
女将さんも椅子に座られ、
「懐かしい味でしょう、ここは水がいいからスープが美味しいの」と教えて下さいました。
私は、ここの中華そばは初めて食べましたが、
確かに昔なつかしい味がしました。
素直に美味しいと感じる中華そばです!
中華そばを食べながら、「もしかしたら昔食べてた丼ぶりで食べているのかもなぁ」
などと話していると
今の丼ぶりは、昔の丼ぶりよりも深なっているそうで、
1年ぶりに来られた方が、じゃあ昔の丼ぶりはどうしたと聞くと
裏の縁の下にあるから、持って行ってもいいとの事
と言う事で、私は赤い方の丼ぶりを頂きました
初めて訪れた土地で、初めて入った食堂で、
久しぶりに食べに来られたという地元の方とご一緒させて頂き、
この様な偶然の出会いから、丼ぶりまで頂けて何かを感じるものがありました。
さてさて、丼ぶりを取りに行かれている間に、カツ丼も出来上がりました。
カツ丼には、ラッキョウの漬物と汁物が付いて来ました。
カツは肉厚のやわらかいロース肉で、ご飯の上には玉葱と椎茸が乗っています。
一見普通のカツ丼ですが、ひと口食べた瞬間衝撃が走りました!
旨い!
正直、今までこれ程おいしいカツ丼は食べた事がないと言いきれる程の美味しさです!
まさか、看板も暖簾も出ていないローカルな食堂で、
これ程の味に出くわすとは思ってもいませんでした!
女将さんに聞いたところ、
ウチのは、「カツにはうどん粉を付けずに溶いた卵とパン粉で揚げている」との事
またカツに染みた濃いめの甘辛なタレが絶妙なんです!
これで料理を注文した時の、おぉ〜の声の意味が解りました。
そして、常連のお客さんが注文されたのが豚と鶏のカツ煮です。
ここの料理は全部旨いんだよ、少し食べていいよと勧めて頂きました!
この土地の方の親切でアットホームな人柄に感動の連続でした。
料理の美味しさは格別な上、土地の歴史や昭和の頃の思い出話しなどを聞かせて頂き、
本当に充実したひと時でした!
折角お知り合いになり、このままお別れするのも寂しいので
記念に写真を撮らせて頂きました。
着膨れしているのが私です。(デブじゃないです)
本来であれば、この美味しさを皆さんに味わって頂きたいのですが、
何分にも老夫婦で営まれていますので、店名の公表は控えさせて頂きます。
(地元の方曰く、暖簾を出さないのはお客さんが来ちゃうからだそう、本当ですかねぇ)
創業から80年
世の中は移り変わっても、変わらない味、
美味しさが、そこにあると言う事が素晴らしいですネ!
いつまでもお元気で!
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