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大元帥陛下 海の荒鷲御親閲
木更津海軍航空隊にて
昭和13年8月11日 波静かな東京湾上木更津2000mの沖に供奉の駆逐艦山雲を
従えさせられた御召鑑夏雲は海路無事入港着御遊ばされた。沖合には御警衛の
駆逐艦沖風 巡洋艦木曽の2鑑、着御と共に木曽は皇礼21発をもって御奉迎申
上げた。 先導の案内より燦然と輝く天皇旗の御召艇が追波を蹴立てて奉迎者、
奉拝前突提間水路を御通過遊ばされた。 昭和13年8月12日読売新聞より引用
木更津海軍航空隊を行幸の陛下 二科會 田口省吾畫伯謹畫
若草燃ゆる炎天下を、百武侍従長以下を従え木更津海軍航空隊を行幸の陛下
昭和13年8月11日撮影
九六式海軍中型陸上攻撃機の列線
稼働状態にある多数の攻撃機をエプロンに整列させた状態
軍楽隊の君が代奏楽裡に玉歩を進ませられ、航空隊本部御座所に向かわれる陛下
海軍服での陛下のお姿は珍しい。
九六式海軍中型陸上攻撃機の編隊飛行や爆弾投下演習をご覧の陛下
説明は第一連合航空隊司令官・戸塚少将
九六陸攻のパイロットたち
木更津海軍航空隊は、九六式陸攻の基地として、優秀なパイロットを養成した。
東宝映画「ハワイ・マレー沖海戦」撮影中のスナップ 写真右は出演の原節子さん
当時は多数の国策映画が作られた。 昭和17年(1942年)9月木更津飛行場にて
「木更津航空隊歌」
上総の浜や袖ヶ浦 鏡の如く凪ぎわたる 東京湾の明け暮れを 翼の下にかき抱く
みそらの砦雲の城 これぞ木更津航空隊
昭和天皇による初めての千葉県内での行幸は木更津海軍航空基地であり、それを
記念する昭和天皇行幸記念碑が今も残っている。
戦時中、木更津に航空基地があったにも拘らず、米軍による空爆などの大きな
被害がなかったのは、将来木更津航空基地を米軍が利用する目的のためであった。
本日8月15日、終戦から71年を迎えるにあたり約310万人の戦争犠牲者に
対し、ご冥福をお祈りいたします。
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