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大正11年8月18日の絵葉書
今回は、旧「千葉懸君津郡上総湊町」の絵葉書から、大正時代の上総湊の
様子を探ってみたいと思います。
絵葉書の写真は大正時代の上総湊海岸
後方には、佐貫の大坪山と大貫の磯根崎が見える。
上総湊は、じのさんの生まれ故郷なんです。
この絵葉書には、田沢型旧大正毛紙切手(1914.5.20発行)と
千葉・湊11.8.18の消印があり、
大正11年(1922年)8月18日に出された事が分かります。
このような使用済み絵葉書はエンタイアと呼ばれていて
文面からは、当時の人々の生活や風俗を読み取る事が出来ます。
当時は崩し字で書かれ、解読不明な物も多いのですが、
この絵葉書の差出人は丁寧に書かれています。
読みやすいので、皆さんも是非読んでみてください。
當地は、見る所もなく、本当に淋しい町でございます。
もう少しは、繁華な所かと思ひましたけれど、
ほんとにほんとにつまらない所でございます。
まあ海がございますからこそ、居られたものでございます。
もう少々あきて東京がこひしくなって参りました。
近頃は海の波が大分高く塩のひく時が悪うございますから、
何時も深い時に入らなくてはならない様になりました。
もう東京に帰りたくて仕方がございません。
上記は、絵葉書から当時の上総湊に関する部分を抜粋しました。
差出人は東京在住の女学生で、夏の季節上総湊に避暑に来ていたと思われます。
それでは、女学生が見たであろう大正時代の上総湊を
じのコレクションの絵葉書で見てみましょう!
大正時代の上総湊の街並みです。
上町(かみちょう)通りで、右側には3階建ての福本楼(旅館)
左側には大橋屋(魚商)が写っていますが、今はありません。
当時の町を撮った写真には人力車が写っている事が多く、
左側には、赤ん坊を背負った子守りの少女がこちらを見ています。
こちらは大正時代の仲町(なかちょう)の通り
キリンビールの看板は、渡辺佐七商店で今はない。
ここでは酒類・ビール・醤油などを販売していたという。
上総湊海岸
写っている人物の着衣や帽子、日傘などから夏の時季と分かる。
子ども向けの海水プールも作られている。
絵葉書に記載されている(竹渓堂発行)の竹渓堂は文具と書籍を扱う店で
じのさんも子どもの頃からお世話になっており、現在も営業を続けています。
大正時代の湊郵便局
今回の絵葉書の消印は、この郵便局で押されたものです。
差出人の女学生は、実際にこの郵便局に訪れていたんですねぇ
北条線(現内房線)が上総湊駅まで開通したのは大正4年1月15日の事で
写真は駅舎の新築工事の様子を撮ったもの。
この駅舎は建て替えられる事もなく、現在も使われています。
女学生は東京から機関車で上総湊駅に着いたのでしょうか・・・
この写真のタイトルは「湊川河口ノ景」で福本楼発行の絵葉書です。
十宮海岸から湊川の鉄橋を撮った風景で、
鉄橋の向う側が上総湊の町です。
湊川の鉄橋工事は大正初年に開始され、
大正5年に上総湊、浜金谷間が開通しました。
しかし、大正12年に発生した関東大震災により掛け替えが必要となり
現在の鉄橋は大正14年に竣工されたものです。
現在湊川橋梁は鉄道マニア達から人気の撮影スポットとなっています。
古い1枚の絵葉書から、故郷の歴史を探ってみるのも面白いと思いませんか?
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2016年08月17日
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