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内房タイムス
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久留里のおろち伝説

久留里のおろち伝説

 千葉県君津市の久留里に怒田(ぬだ)と呼ばれる地区があります。この地には18世紀
 初頭に造られたといわれる大日堂があり、君津市指定文化財に指定されています。


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 怒田地区には、地名の起源となったおろち伝説があり、この大日堂もおろちを祭る
 ために建てられたと云い伝えられています。


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この階段の先に大日堂があります。


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 このお堂は宝形造りと呼ばれる建築で、宝暦10年(1760年)に旧亀山村滝原不動の
 建物を移築したものだそうです。



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柱上に施された獅子と象の彫刻も見事です。


            【久留里 怒田のおろち伝説】
 むかし久留里のお城の奥に大きな沼があり、そこに大きなおろちが住んでいた。
 たびたび近くの村人を食い殺し、人々を困らせていました。
 ある時鎌倉から法性房という偉いお坊さんがやって来て、おろちを封じ込める 
 護摩を焚いたところ17日後の夜に、大日如来様が夢の中に表れました。
 そこで、おろちのいる沼のそばに寺を建て大日如来様の像を祭ると、おろちは
 悪さをしなくなりました。それどころでなく、毎年豊作が続くようになった。
 ところが百年後、新しい代官が新田を拓くために沼の水を流しだすと、おろち
 が怒り再び人々を襲うようになってしまいました。
 困った村人は爆薬を仕掛けた藁人形をおろちに食べさせふっ飛ばしてしまった。
 すると、大蛇の体内から小鮒が飛び散って沼の中に消えていった。
 その後、水のひいた沼を水田として耕作したので、地名が怒泥田(ぬかるだ)と
 いうようになり、その後怒田というようになったという。
 この付近では、今でも鮒はおろちの化身だということで食べないという。





そして、お堂の縁台には・・・


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閲覧注意!











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なんと、伝説のおろちが祭られていました!



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全長4.5m 胴回り80cm 重さ80kg



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この構え、今にも襲い掛ってきそうな勢いです。



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       造り物だと分かっていても、昼なお薄暗いお堂にただ一人きり
       参拝中、目を閉じている間も、おろちの視線を感じて・・・
ちょっと怖かった〜



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  今から250年程前、この地域におろち伝説をもたらした要因はいったい何だった
  のでしょうかねぇ・・・





  余談ですが、怒田には高校時代同じクラスだった友人が住んでいて、当時はバイク
  で良く遊びに来ていたんですが、友人宅と大日堂は目と鼻の先にあって、ビックリ
  でした!













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