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昭和な原風景を求めて・・・

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初夏の房州へ

初夏の房州へ

昨日、じのさんは房州館山に居ました。

久しぶりの館山訪問になりますが、目的は「南総里見八犬伝」ゆかりの地廻りです。

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午前中は陽が差していましたが、午後からは曇り空。



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城山公園を目指します。



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山頂に向かう斜面には、ヤマユリとアジサイのコラボレーション



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山頂の城山公園に三層四階建ての模擬天守閣が建てられたのは1982年(昭和57年)
別名「八犬伝博物館」と呼ばれ「南総里見発見伝」の関連資料が収蔵されています。



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天守閣廻縁から鏡ヶ浦、大房岬を望む



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廃なお店も発見! 
かなり朽ちており、今にも崩れ落ちそう


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アイアンの什器には、所謂便所下駄が残されたままに・・・
再訪して、じっくり観察したいと思います。



最後に写真を1枚張っておきます。
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嘗て城山公園にあった展望台





空想の物語「南総里見八犬伝」

Coming Soon!!













記憶の中のきさらづ


記憶の中のきさらづ

1枚の写真より

昭和な時代、旧君津郡市に住む者にとって、きさらづは文化の象徴のような存在であった。
きさらづに買い物に行く際、母親は着飾って、私はよそ行きの洋服を着せられ子供心に気
が昂ぶったものです。
そんな特別な想いのある昭和なきさらづの写真を「記憶の中のきさらづ」と題してこれから
シリーズで紹介して行こうと思います。


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「Drive In きさらづ」

昭和30年代の高度成長期に伴い、国内のモータリゼーションも大きく発展して行きました。
主要道路もアスファルト舗装が進められ、国道127号線沿いには数多くのドライブインや
レストランがオープンしました。

さて今回の写真は何処の場所であるか、お解りでしょうか?

現在「日本たばこ産業木更津営業所」と「コナカ木更津店」のある県道270号線の交差点
付近です。

後方の山は太田山公園で、中腹に見える建物は金鈴塚遺物保存館です。

ちなみにこの場所は、私の高校時代にはイエローハットがあって、バイク用品を買った記憶がありす。余談ですが、当時のイエローハットではバイクのパーツも扱っていたんです。

では、いつ頃の写真なのでしょうか?

写真の中には幾つかの手掛かりがあります。

金鈴塚遺物保存館の開館は1956年(昭和31年)

スバル360の製造年は1958年(昭和33年)〜1970年(昭和45年)

そして、観光バスの年式ですが、残念ながらこちらは詳しくないです。

と、言う事で一応昭和30年代後半としておきます・・・

しかし、注目すべきは、バスの車体に描かれたサザエさんの絵なのです。



「サザエさんバス事件」
著作権が認められた日本最初の裁判

1951年(昭和26年)に立川バスという会社が「サザエさん観光」というツアーを運行して
いたのですが、バスの車体にサザエさんのキャラクターである サザエさん・カツオくん・ワカメちゃんの3人の顔が描かれていました。
なかなか面白い企画で評判だったようですが時は65年前、今のようにキャラクターの使用
許可や承諾といったものが確立されて居らず、無許可での運行でした。

サザエさんほどの人気キャラクターですから、勝手に使われて黙っているわけには行かず
作者の長谷川町子さんが立川バスを相手に著作権侵害で訴えました。
しかし訴訟は1970年(昭和45年)で、立川バスも「今さら?」と困惑したでしょう。

民事訴訟は5年の月日を要し争われましたが、キャラクターは著作権上保護されるべきと
認められて差し止め請求を行った作者長谷川町子さんが勝訴しました。

敗訴した立川バスは、1824万4099円に加え5年前に遡って支払済みまで年5分の金利と
いう多額の損害賠償金を払う結果となりました。


たった1枚の写真から、様々な昭和の歴史が見てとれますねぇ






次回は「さかさうどん」を予定しています。

お楽しみに!









鹿野山タワー


幻の鹿野山タワー

   昭和30年代後半より、南房総の各地では観光を目的とした数多くの施設が開設
   されました。 今回のレポートでは、嘗て鹿野山「神野寺」の関連施設として、
   昭和44年に建設された「鹿野山タワー」について紹介致します。

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神野寺脇に残る鹿野山タワーへ向かう道路。

 鹿野山タワー撤去に伴い、タワーへ向かう道路は現在閉鎖されています。
 こちらの画像は、今回鹿野山タワーの記事をリクエストして頂いた北見のヨッちゃんさん  
 よりお借りしました。



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鹿野山タワー敷地内に残る売店

 これから紹介する画像は、2014年4月28日に撮影したものです。
 以前より、鹿野山タワーの跡地が現在どうなっているのか気になっていましたが、
 ネットで検索するも、その情報は極めて少なく当時のタワーの写真さえも探す事が
 出来ませんでした。


それでは、まず売店の様子から見て行きましょう。
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廃墟となった売店内部は、経年により荒れています。



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タワーの展望台に設置されていた望遠鏡と双眼鏡が残されていました。
ちなみにメーカーは、カメラレンズの「ケンコー」製でした。



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最近では、あまり見掛けなくなった「綿菓子製造機」ですね



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クロンボの壁飾り
当時の観光地では、クロンボの土産物が多かったですねぇ・・・



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シャッターの隙間からは、ガラス窓に貼られたフジフィルムのステッカーが見えました。



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マスヤパンのボテ箱発見

 「マスヤパン」は、富津市の上総湊にある製パンメーカーです。
 じのさんが子供の頃は、地元の商店に菓子パン等を卸していました。
 現在では給食用のパンをメインに製造。
 マザー牧場の売店で販売している「牛乳まんじゅう」も、製造を請け負っています。




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駐車場より、鹿野山タワー跡を望む

 ネット検索では、鹿野山タワーに関する記事が2件ヒットしました。
 その内、ひとりの方が此処を訪れていますが、どうやら下道から藪コギで山を登り、
 大変な思いをしてたどり着いたようです。
 しかし、神野寺境内から何の苦もなく、5分も掛からずに行けるルートがあるのです。
 ですが・・・現在では閉鎖された施設内であり、一般人が侵入する事を想定されてい
 ない場所である事を配慮して、あえてルートの公表は控えさせて頂きます。



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 鹿野山タワー跡地

嘗て、この場所に高さ42メートルの鹿野山タワーがそびえ立っていたのです。



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 塔身礎の跡はコンクリートで丁寧に舗装され、何故かブロックが置かれていました。
 外縁は8角形で仕切られているのを確認出来ます。



イメージ 12タワー裏に設置されていた公衆トイレは撤去されずに残されていました。



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公衆トイレ内部は、比較的良い状態を保っています。



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現在通行止めになっている道路です。
アスファルトの隙間からは、雑草が生えていました。



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道路をさらに進むと・・・

苔むしたガードレール まさに廃道状態です。








それでは「鹿野山タワー」の写真を見てみましょう。












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じのさんが所有する「鹿野山タワー」の唯一の写真です。

タワーへ向かう道路や駐車場、売店、トイレの位置関係も確認出来ます。



「鹿野山常夜燈展望法塔」

               通称 鹿野山タワー

               法塔身 42メートル

               竣工 昭和44年11月17日

               建設顧問 前田久吉※

               総工費 1億3500万円

               建設施工 三井建設株式会社 

               入場料 大人130円 小人100円


  四角柱状に組まれた鉄骨組のタワーには、エレベーターと非常用階段が設置され、
  100人収容可能な円形展望台を載せたシンプルな構造で、塔内には京都の「仁和寺
  伝来の仏舎利」四国八十八ヶ所の「聖地の砂」、交通安全を祈願する「延命地蔵尊」
  が奉安されていました。
  以前神野寺の職員さんに鹿野山タワーについて質問した所、当時の資料は何も残って
  おらず、老朽化によりタワーを解体したのも大分前の事と、アバウトな回答でした。
  当時の鹿野山タワーの写真や絵葉書、又撤去時期についてご存知の方は是非お知らせ
  下さい。

 ※前田久吉氏は産経新聞の創業者で、東京タワーの産みの親としても知られ、神野寺に
  隣接するマザー牧場の開設者でもあり、併設する房総学園の設立等、当地域へ大きく
  貢献された人物です。









ご訪問頂いた皆様へ

         大変ご無沙汰しております。

         前回の投稿から、1ヶ月が経ってしまいました

         春が待ち遠しく思っていたら、もう初夏ですねぇ・・・

         毎日忙しい日々ですが、何とかやっていますョ〜(^^;













桜のトンネル

鹿野山 福岡の桜並木

先週の土曜日の事、週末がお花見日和と聞き、仕事前に鹿野山へ・・・


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「桜のトンネル」


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  福岡の桜並木は、皇太子(現在の天皇陛下)のご生誕を祝して、地元青年団に
  より、昭和9年から昭和11年5月にかけて、県道鹿野山木更津線(現在の小櫃
  佐貫停車場線)沿道に約千本の桜が植栽されたものです。
  当時の鹿野山は、清澄山、鋸山と並び房総の霊場、房総三山の一つとしてあが
  められており、東京周辺からの日帰り遊山の地としても、古くから多くの文人
  墨客や参拝の人々が訪れていました。
  この道は鹿野山道の北参道であり、鹿野山への登り口として最も多くの人に
  利用されていたようです。


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  この桜並木の参道入口にある高さ約2メートルの「鹿野山参道碑」の碑文は、
  久留里出身の書の大家「千代倉桜舟」が若干20歳のときの大書であり、
  碑の背には千本の桜が植栽された経過が刻まれています。


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まだツボミも多く、満開ではありませんでした。
2016年 4月2日(土)撮影


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  参道入口には、2本の桜の大木があります。
  これほど大きな桜の木も珍しいのでは・・・
  しかし、老木ゆえに樹勢が弱っているのか、花のつき方が少ない様に感じます。


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 近年の天狗巣病の影響で枯れ木となる箇所があるため、一時期の華やかさは見るこ
 とは出来ませんが、桜並木復活を目指し「みどりの環境整備21事業(鹿野山桜並木
 景観整備)」や記念樹植栽等により、平成13年度から平成17年度までの5年間で約
 360本のソメイヨシノが植栽されています。 数年後の開花期にはとても情趣深い
 「桜のトンネル」が復活することでしょう。


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戦前の絵葉書に見る「鹿野山名所 桜並木」


さて、鹿野山の記事に触れましたが、
   先日、北見のヨッちゃんさんから「鹿野山タワー」についてリクエストを
   頂きましたので、近日中のアップを予定しております。 お楽しみに!!













房州のへしこ


房州のへしこ

以前、江見気分さんが紹介された「旬!房州春の香りぎら」の記事の中で
背黒いわしの画像を見たじのさん、背黒いわしを無性に食べたくなってし
まい、勝山の知合いに連絡して、今度君津の方へ来たついでに背黒いわし
を持ってきてくれと頼んでいたところ、早速5㎏も届けてくれましたョ〜

江見気分さんが紹介された「旬!房州春の香りぎら」の記事はこちら


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房州勝山漁港に水揚げされた「背黒いわし」

 背黒いわしとは、煮干しなどに使われる「片口いわし」の事で、皆さんが良く
 ご存知の「しらす干し」は、実は背黒いわしの稚魚なんですョ!
 地元の人は昔から「しこいわし」とか「へしこ」と呼んでいます。


 それでは、じのさんの母親直伝!背黒イワシの調理方法を紹介しましょう(^^
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って! いきなり梱包用の平バンドが何故!?
実はこれが、背黒いわしをさばくのに最適な道具に変身するんですョ!



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ジャーン!
 梱包用の平バンドを適当な長さにカットした後、切り口を合わせてホッチキスで
 2ヶ所止めれば完成で〜す!
 じのさんが子どもの頃は、これと同じ形をした竹製のものを使っていました。



それでは、使い方を見てみましょう!
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 胸ヒレの後ろあたりから、尾の方に向けて身を削ぐように引くと簡単に三枚卸しが
 出来ます。


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 苦い腹ワタの部分を残して、身の部分だけを綺麗に剥ぎ取れました。



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ビッカビカの鮮度よりも、ちょっと鮮度落ちした方が卸し易いかも・・・
子どもの頃は、遊び感覚で卸してたなぁ〜



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背黒いわしの生姜醤油漬け

 青魚は生姜醤油が合いますねぇ そのまま生姜醤油で食べても美味しいですが、
 スーパーでも大型パックで売っている事が多いので、量が多い時は生姜醤油に
 一晩漬けて食べても美味しいです。 ご飯3杯はいけますョ〜♪

 皆さんも是非一度チャレンジしてみては如何でしょう、簡単ですョ〜!

 ちなみに勝山の知合いの話しでは、「今年はよ〜背黒の水揚げが少ねんだよー」
 おまけに、「わかめも採れね〜から参っちゃうよー」との事・・・
 内房の海に異変でしょうかねぇ


                                     
 


さて、背黒いわしで忘れてはいけないのが、
千葉県の名産品 九十九里の郷土料理「いわし ごま漬け」でしょう!


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お正月や、お目出度い席では欠かせない郷土料理です。

酢漬けになっていて、中骨まで柔らかく食べられます。
日本酒・焼酎との組み合わせは最高ですネ(^^



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ごま漬けは、じのさん自家製じゃなくてスーパーで安く売ってるので・・・(^^;


 ラベルの住所は九十九里町ですね、当初は成東町・山武町・蓮沼村・松尾町・
 東金市・九十九里町の6市町村が合併して、「九十九里市」が誕生する予定
 だったのですが、東金市の住民投票で白紙となり、結果東金市と九十九里町を
 除いた4町村で、山武市が誕生した訳です。 でもそれまで山武を「さんぶ」
 と呼んでいたのに「さんむ」読みとなったのには少し違和感がありました。




 それではまた・・・







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