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君津地方の伝統行事
どんど焼き
君津市 貞元の「どんど焼き」 2016年1月30日撮影
どんど焼きは、正月の松飾り・注連縄(〆縄)・書き初めなどを家々から持ち寄り、
組み上げた孟宗竹に括りつけて燃やすという、日本全国に伝わる火祭り行事です。
君津市 小山野の「どんど焼き」 2016年1月30日撮影
君津市内のどんど焼きは、節分・立春の前後に火入れが行われます。
君津市観光協会のホームページでは、8ヶ所のどんど焼きの日程が紹介されています。
貞元 1月30日(土)
小山野 1月31日(日)
大井戸 2月3日(水)
根本 2月3日(水)
法木 2月3日(水)
六手 2月3日(水)
植畑 2月6日(土)
小糸大谷 2月6日(土)
君津市 郡の「どんど焼き」2016年1月30日撮影
こちらは、君津市のホームページ上では紹介されていません。
貞元のどんど焼きは、毎年多くの正月飾りが奉納されています。
正月の松飾り、注連飾りによって出迎えられた歳神様を、それらを焼くことによって
炎と共に見送る意味があり、災いを追い払い新たな春を幸せに迎えたいという人々の
願いが込められていると言われています。
実はじのさん、タイミングが悪く今までどんど焼きの火入れを見た事がなかったのです。
今回貞元のどんど焼きを見るため仕事の休みを調整したのですが、
当日現地に向かうと・・・
えっ、日程が変更になっているし・・・
当初30日の予定が31日に!何故!?
当日は昼ごろまで雨天だったからでしょうかねぇ・・・
現在では火災予防条例により、野焼きなどは禁止されていますが
地域の伝統行事としてどんど焼きの火を絶やさず、未来永劫続けて行ってほしいものです。
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日記
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サクラガイ
先日の読売新聞の千葉版に「サクラガイ館山で復活」との見出しが・・・
館山市の北条海岸で、一時確認されなくなったサクラガイが最近数多く見
つかるようになったそうです。昭和時代高度経済成長期の生活様式の変化
に水質保全が追いつかず、サクラガイを含めた多くの生き物が砂浜から姿
を消したのでした。しかし地元住民の方々の地道な水質浄化の取り組みに
より、10数年前から貝や海藻の種類が増え始め、サクラガイも4年ほど前
から確認されるようになったそうです。
新聞の記事を読み、子供のころ故郷の海でサクラガイ拾いをした事を思い出し
ました。当時でもサクラガイの貝殻は、それ程多くはなかったけれど、コンピ
ューターゲームなんて無い時代、自然の中で季節毎の遊びを見つけていたから
サクラガイの貝殻拾いは、潮風が心地よい春の時季の懐かしい思い出なんです。
上総湊海岸で採集したサクラガイの貝殻
30分ほど探して、9枚の貝殻を見つけました。なんか、ほっとした感じ・・・
大きさは画像の一番大きいもので2.2㎝。殻は薄くてピンクのマニキュアを塗っ
た爪のように光沢があります。波打ち際から少し離れた砂浜の方が見つけやすく
表面に穴の空いたものが多い。この穴は肉食のツメタガイの仕業で、貝に穴を空
けて身を食べてしまうんです。このツメタガイは時に大繁殖して、富津や木更津
のアサリガイやバカガイを全滅させてしまう事もあります。そんなツメタガイで
すが、塩茹でや甘辛く煮付けると大変美味で、昔から地元ではイチゴと呼んで食
べられています。
砂浜の流木に腰掛け、遠く富士を西に、砂浜に打ち寄せる波の音を聞いて
いると心が癒されます。 あぁ・・・故郷の海ってイイ!
YouTubeに投稿されている動画をお借りしました。
さくら貝のうた
昭和24年発表のヒット曲だそうです。
多くの方が歌われていますが、倍賞千恵子さんバージョンを選んでみました。
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房総の郷土食
筍と鯖生利の煮物
旬のたけんこを貰ったので、鯖生利を地元のスーパーで買って来ました。
筍と竹の子の違いには、意味があるんですねぇ
田舎では、たけんこって訛って言ってますが・・・(^^
これぞ、房総・伝統の味!脂の乗った真鯖を燻製にした鯖生利です。
鯖の皮がシワシワになって、ちょっとグロいかも・・・
皆さん、鰹生利はご存知でしょう。
鰹生利は茹でたり、蒸したりして、モソモソした食感ですが、鯖生利は
スモークする事により、食感はソフトで、とっても香ばしいんですョ。
大手スーパーのイオンやダイエーとかでは売ってなくて、地元スーパー
のおどやとか、尾張屋で入手出来ます。
で、いきなり出来上がりの画像・・・(^^;
子供の頃から慣れ親しんだお袋の味。
筍と鯖生利の煮付けを食べると春が来たなぁ〜と感じたものです。
作り方は、茹でて薄くスライスした筍と、手でほぐした鯖生利を
醤油・酒・味醂・砂糖で煮込んで出来上がり。1日寝かした方が
味が染みて美味しいです。鯖の脂と、燻製の独特な風味が食欲を
そそりますョ! ところで、この鯖生利の郷土食は千葉県のどの
辺りまでの食文化なのか、気になっています。千葉県にお住まい
の方、是非情報をお寄せ下さい。
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木更津バードアイ
あの頃の木更津が・・・
サカモトが、そごうが、西友が、ダイエーが見える、見える!
昭和62年 木更津駅東口周辺
建設中のそごうが見える。玉屋書店・不二家は営業、この後撤退。
サカモトそごう
サカモトデパートがオープンした頃は、木更津の文化の象徴のようだった・・・
後に経営不振となり、そごうと合併「サカモトそごう」の屋号で営業が続けられた。
私の記憶では7階建てだったような…???
西口駅前に建設中の木更津そごうとみまち通り
そごう建設に伴い、みまち通りの商店街は半滅し、移転や廃業となった。
しかし、西口再開発の核となったそごうの経営も長くは続かなかった・・・
東口に西友が進出
それまで木更津の繁華街は西口を中心に、地元の十字屋とサカモトが競い合っていた。
東口のロータリーや道路が整備されると、やがて大手スーパーの西友が進出して来た。
懐かしいダイエーの屋上
古い地図を見ると、ダイエーが建つ前の敷地には数件の民家が有ったが事が解ります。
7人の地主が建物のオーナーとなり7スターと呼ばれていたそう。
昭和62年と言えば、日本がバブル景気の雰囲気を感じ始めた頃でしょうかねぇ
昭和な時代 華やかな木更津を形作った十字屋、サカモト、西友、ダイエー、
今はもうその姿を見ることは出来ませんが、この写真をご覧になってあの頃の
木更津を思い出し、懐かしんで頂けたら幸いです。
当時の思い出話しがありましたら、是非お聞かせ下さい。
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昭和な安房勝山自然公園
その2
上総と安房の境、鋸山の南に安房勝山があります。昭和30年代、この地
には全国的にも有名だった勝山自然公園が存在していました。それでは
今回も当時の絵葉書を中心に、昭和な勝山の風景を見て行きましょう。
当時の彩色絵葉書に見る「勝山龍宮城水族館」
嘗て勝山の地にこの様な水族館があったとは、今では想像も出来ないでしょう
水族館の先に、学生達が座っている岩場があります。
赤い屋根のボート小屋や岩場に掛けられた橋は現在は無くなっています。
遠足の一コマでしょうか、岩場に座ってお弁当を食べている生徒達。
後方に見えるのは浮島で、当時はターザン島と呼んでいたそうです。
大黒山は勝山海浜公園に唯一聳えている山で、山頂からの眺めは大変素晴ら
しいものです。絵葉書中央の観光桟橋に停泊している船は東海汽船の橘丸で
この桟橋からは廻遊船「龍宮丸」も出ていて、ガラス貼りの船底からは、魚
の泳ぐ姿も見る事が出来たそうです。
真珠島(パールアイランド)から見た橘丸。
後方右に浮島、左は大黒山
大黒山山頂から見た勝山漁港
別の絵葉書に見る 大黒山山頂から見た勝山漁港
船着場や防波堤が延長されているのが解りますねぇ
真珠島(パールアイランド)
島の頂上には鉄塔のようなものが見えます。
真珠島(パールアイランド)を望む
左下に僅かに見えるのは、国道127号線を走るボンネットバス
そして、この写真は母親のアルバムの中で見つけました。
スポーツランド内の飛行塔
そして、こちらはスポーツランドで撮影中の父親の写真
父の友人が撮影してくれたそうですが、この時に父が撮影したであろう
観覧車の写真は見つかりませんでした。後方の小屋には「小動物園」の
表示看板が見えます。
嘗て勝山の地に遊園地や水族館を有する一大レジャーランドがあった事を
知ったのは今から4年程前でした。その後、勝山自然公園に関する資料や
絵葉書を収集し始めたのですが、中々良い情報を得る事が出来ませんでし
た。しかし、以前投稿した記事に当時の詳しい様子をコメントにて、お教
え頂いた方もおられ、又現地での聞き込みにより、沢山の情報を収集する
事が出来ました。私が生まれたのは昭和39年、龍宮城水族館が閉館したの
も昭和39年頃のようです・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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