ここから本文です
jinsen99のブログⅡ! *NIFTY H/Pサービス無し*
jinsen99雅虎部落格Ⅱ・ 歡迎參觀我的部落格。 **ニフティのホームページは2016/9/13に移行**

イメージ 1

イメージ 2

 今日の花は「タバコ」
近所にも近場にも咲いてなくて、いつも御世話に成ってる[ボタニックガーデン]さんからお借りしました。

 南アメリカの熱帯地方が原産です。
 茎は直立し、高さは1.5〜2メートルほどになります。
 葉は大きな楕円形で綿毛が密生し、互生します。
 花が咲いた段階で、1株から20個ほどの葉が収穫されるそ
 うです。
 ナス科タバコ属の多年草で、英名は Tobacco。

*タバコ繋がりでタバコの華ライター*
 4個の画像をアップし左からカルティエ、ダンヒル、ジッポー
 ロンソン。
 前社3社は現在も健在でブランドも確立してますが英国製ロン
 ソンは見つからない。
 1950年代初期、燃料をオイルからブタンガスに代え同年代末
 には、燃料補充可能なライターと他社のガスライターにも使用
 可能な燃料補給シリンダーを開発した。
 1998年より英国工場を閉鎖し2010年には残っていた米国での
 知的財産権を長年のライバルであったZippo社へ売却した。
 紙巻きタバコから電子タバコへと移行するのだろうか?
 JALはどちらも禁煙。ANAは電子タバコはOKとか?
 法令は、どちらも同じ扱いでダメ。

 今日は(皇紀二千六百七十八年九月二十一日(金))

*中日新聞より「メメント・モリ」「最後を決める」生き続け
 る。
 
 九十三歳の母の体には、鼻から胃まで細いチューブが入っている。その先端からゆっくりと栄養剤を流し込むのが姉妹の日課だ。

 一日三回、合わせて五時間近く。姉(69)と妹(63)は母のベッドを少し起こし、体内で栄養剤が逆流しないように見守る。合間を縫って汗っかきの母を着替えさせ、床擦れができないように姿勢を変える。「命が続いてほしい」。その思いだけで、姉妹は同じ日々を繰り返す。

 相模原市の自宅マンションで母が倒れたのは、二年前の夏だった。食べ物や唾液が食道ではなく、気管に入って起きる誤嚥(ごえん)性肺炎。九十歳を過ぎても身の回りのことは自分でできていたが、三カ月近い入院で一変した。口からはほとんど食べられないほど衰弱し、退院後の体重は四〇キロすらなかった。

 訪問診療の医師は本人と姉妹に選択を求めた。「このままだと、あと数日持つかどうか。経管栄養を始めますか」

 チューブを常に鼻から入れた生活は、時に苦痛を伴う。肺炎が再発する恐れがゼロになるわけでもない。「もう、いいよ」。ほぼ寝たきりのまま新たな治療を始めることを、母は最初、嫌がった。

 だが、妹は涙を流して訴えた。「お願い、経管栄養をやって。生きていて」。姉妹の心にあったのは、戦後の物がない時代に家計を支え、自分たちを育てあげてくれた母の存在の大きさ。妹が叫ぶように何十分も懇願すると、母は首を縦に振った。「分かったよ」

 以来、母はベッドの上でほとんどの時間を過ごしている。この先、元気な姿を取り戻すのは難しいかもしれない。時折「苦しい」とうめき、痰(たん)が絡んで言葉を出しづらそうなこともある。そんな時は二人とも「お母さんは、私たちのためだけに命を延ばしているのかも」と思い悩む。

 それでも、姉妹にとって母と過ごせる時間は幸せだ。二人とも若いころから仕事に打ち込んできた人生だった。「あなたが子どものとき、デパートで迷子になってね…」。今になって母から初めて聞ける思い出話。不機嫌な時、介護する腕をつねってくる痛みさえもいとおしい。

 母の命は、一本のチューブによってつながれている。「でも、それは無駄なことじゃない」。姉妹はそう言い切る。



 東京都板橋区の桜場猛さん(55)も人工的に命を保っている。「シュー、シュゴー」。人工呼吸器の音がするベッドの脇で、妻二三代さん(62)が話し掛けた。「母の日に、花の一本も持ってこなくてさ」

 猛さんは大手IT企業に勤めていた三十三歳のとき、筋萎縮性側索硬化症(ALS)と診断された。十五年ほど前から意思疎通ができなくなり、呼吸器だけでなくチューブからの栄養も欠かせない。二三代さんはその夫に、息子や娘の話を語り掛ける。返事はないが「受け止めてくれている」と信じている。

 体が動かなくなり、思いが伝えられなくなった後も呼吸器を使い続けるのは、猛さん自身の意思だった。二三代さんは理由を聞いていない。ただ、病気になるまで家事や育児を分担してくれた姿を思い出し、「子どもの成長を見守るために、生きることを選んだのではないか」と考える。

 「こんな状態で命をつないでも…」。他のALS患者の家族にそう言われたことがある。自分自身、「本人はこの状態を本当に望んだのだろうか」と考え込んでしまうこともある。それでも、猛さんは家族の日常の中で生きている。介護で触れる夫の体は温かい。

*メメント・モリとは
 ラテン語で「自分が(いつか)必ず死ぬことを忘れるな」という意味の警句。「死を記憶せよ」「死を想え」などと訳され、芸術作品のモチーフとして広く使われる。




    ーー−−−−−お知らせ&メモ−−−−−−ー
    こちらは、次の更新までのメモ&日記+ぼやき

□平成30年9月22日(土)
 久し振りの青空。
 予約していた一年点検でディラーへ二人で出掛けた。
 その前にワンワの餌を買いたいと言いだして買い物してから
 入庫した。
 入り口に整理員のオッチャンが立っててナニカのイベントが
 有るのか駐車場も混んでた。
 サービスの方が出迎えてくれ名前を呼ばれ予約時間に合わせて
 待ってたみたい。
 席に案内されて説明を受けタイヤの圧とローテーションを依頼
 して雑誌を選び席に戻ったらオネエチャンが飲み物の注文を
 聞き暫くしたらそれぞれの飲み物とナニかが付いてた。
 ひょっとして栗きんとん?と聞いたらその通りだった。
 茶巾絞りの栗きんとん「すや」の物では無かったけど本物の
 味がして美味しく戴いた。
 今年は松茸も戴き栗きんとんも食べ初物の秋刀魚と秋の味覚を
 満喫させて貰った。
 −今天都開開心心的−

□2018/09/23(日)お彼岸。
 つぼどん つぼどん おひがんみゃぁりにいこみゃぁか
 からすとゆうくろどりが あ−しをつつき てをつつき
 そ−れで よ− みゃぁらんわいなも。
 名古屋弁の歌が有ります。
 台湾の娘にも、しっかり伝授して上手な名古屋弁で覚えて
 帰国しました。


 
 
 

書庫その他の最新記事

すべて表示

    記事がありません。

本文はここまでですこのページの先頭へ
みんなの更新記事