日々の気持ちを短歌に

コスモスはコスモスたちと群れている彼岸の花と少し離れて(後藤人徳)

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「短歌のすすめ」(441)(現代に生きる不滅の民衆詩)

短歌は日本人なら誰もが作り、楽しむことのできる叙情詩である。たとえ、学問や知識がそれほどなくと

も、感情さえあればできる。しかし、いくらやってもこれでよいということはない。奥行ふかい文学であ

る。それを学ぶ道しるべの書。

有斐閣選書:大野誠夫・馬場あき子・佐佐木幸綱編(昭和50年発行)

第三章短歌と私(43)

3.私の愛誦歌(9)          

○ 忘れ得ぬ一俳人の一首     吉岡 実

私には一冊の歌集がある。それは、私の晩婚を祝ってくれた先輩・知友へ記念として配った文庫判十六頁

の小冊子である。これを造ってくれたのが、今は故き伊達得夫であったのも懐かしい思い出だ。題名は

《魚藍》で、短歌四十五首、旋頭歌二首を収めてある。いずれも十代後半から二十歳ごろまでの、稚拙な

ものばかりである。

   夜の駅の時計の針のうごくのをふとみしあとのあはきかなしみ

   秋ひらく詩集の余白夜ふかみ蟻のあしおとふとききにけり

   横禿の男が笊で売りあるく青き蜜柑に日の暮れそめぬ


 少年の頃から、いろいろと短歌や俳句の本をよみ耽っていたものだ。ことに俳句のほうは十人ほどの仲

間とで、吟行や句会をやって勉強したが、短歌は独習したにすぎない。その頃もっとも愛読した北原白秋

の影響を受けている。ほかには、啄木、夕暮、牧水、千樫の歌を読み、それから前川佐美雄へと移り、や

がて詩の世界へ入っていったのである。

 私には、改造文庫の《朝の蛍》を所持していた記憶があるのだから、当然茂吉の歌にふれたと思うのだ

が、深い関心を示さなかったらしい。


 私の心のかなに、不思議にも一首の歌がきざまれている。それは、

    こころみにここにおきみてわすれけんさだめのみかみなくなくとむる

 これは私たちに俳句を指導してくれた、田尻春夢の唯一の短歌である。冬の夜道を歩きながら、彼が私

に囁くように聞かせてくれたこの一首が、三十年以上経った今でも、ときどき私の口をついで出てくるの

だ。

 春夢は「走馬燈かたへは海の真の闇」の辞世の一句を最後に、亡き妻を追って入水自殺をしてしまっ

た。春夢の親友の俳人椿作二郎が遺稿句集《走馬燈》一巻を編んでいるのが、その彼の言葉によると、短

歌、自由詩、随想、日記類一切を焼却して、なにひとつ残さなかったとのことである。それ故、この一首

も知らないとのこと。はたして、これは誰の歌なのであろうか。春夢の歌か――それとも私の歌なのか―

―、ともあれ、私の青春時代の大切な一首である。


(つづく)

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