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列車は速度を上げていき、十センチ程開けた窓から入り込んでくる風は、夏の光の暖かさと、土と草の匂いを亜美の所に届けていた。車窓から見える景色は、小倉駅から離れていくに従って、人工物の割合が減っていた。 「綺麗」 遠くで、黒茶色の枝にぶら下がった青々とした美しい新緑が、彼女に優しく手を振っていた。暗い事、嫌になる事ばかり考えていた思考に、閃く様に美への意識が浮かばせてくれたが、それは一瞬で消えていった。 最近癖になっている大きなため息をついてから、視線を通路側後方に移した。 そこには、真っ白な帽子を被った小学生高学年か中学一年生ぐらいの女の子が一人で座っていた。顔立ちのはっきりした女の子で、涼やかな目をしていた。その綺麗な顔立ちから、きっと彼女の事を密かに慕っている男の子は多いだろうなと思った。 彼女は、流れる景色等を難しい教科書でも読むような険しい表情で眺めていて、その顔から感情を読み取る事はできなかった。 (困った事でもあるのかしら?) 悩み事の塊のような亜美が、自分自身の事ではなく、初めて見かけた少女を思って、勝手に心配していた。そんな亜美の心配など知るはずもなく、少女はおもむろに腰の横に置いていた小さなバックから文庫本を取り出し、淡々と読み始めた。綺麗な花柄のブックカバーとても可愛らしく、そして慣れた手つきで取り出した栞の動きを見ただけで、読書好きな女の子なんだなと直ぐに推測できた。彼女も窓を少し開けていて、風が彼女のさらさらと光る髪の毛を気持ち良さそうに泳がせていた。 普通列車である為に、途中何度か、特急を追い越させる度に寂しい駅で通過待ちをした。 それはちょうど、痛みや辛い事を我慢する彼女の様だった。忍耐強く、力の強い者の行動と言う対風が通り過ぎるのを耐えている様だと彼女は想像していた。そして、ただゆっくり行きたいと思って乗った普通列車が、次々に他の人に追い越されていく彼女自身とダブって思えてきて、つい自嘲ぎみに心の中で呟いていた。 (私みたい) 車窓から見える流れる景色に、亜美は特別な感慨を持つ事は無かった。時折変化を見せる周防灘の景色も、彼女の琴線に触れる事は無かった。その代わりに、亜美は既に半分まで飲んでしまったペットボトルを口に運びつつ、通路の反対側にいる読書中のその少女を、時々盗み見るようにして観察していた。 (あの子と、何処かで会っている様な気がする) 亜美の目が、それを思い出そうとして一回ぐるりと回った。 (そんな事無いか。多分、名前も知らないんだろうな) 口元が、少しアヒルの様に歪む。 (でも、不思議な感覚。なんだろう?) 亜美は自分自身に質問したが、その解を見つける事は出来なかった。ただ、風に髪が揺れるその女の子を、電車の音をかすかに聞きながら眺めていた。 ⇒次はコチラ
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