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二人が桃の実を守る旅は、早くも三日目の朝を迎えようとしていた。 紺一色だった夜空はすでに何処かへ消え、東の空から白く変わっていく領域は確実に夜の景色を食う様にして朝へと変化していった。 「ミコト。やがて東の空にお日様が顔を出すよ」 「新しい一日の始まりね」 二人は病弱な子供を二人で見守る親のように、そのそばから離れる事無く付きっ切りでがんばっていた。 「あ、ほら」 ミコトの声で大地は東の空に頭を出し始めた日の出を見た。 「綺麗だね。なんて綺麗な日の出なのだろう」 大地が見る視界の中には、朝のお日様の光を受けた大地が黄金色に光っていた。それは神々しく、そして生きる力に満ち溢れていた。 (こんな素晴らしい世界の奥で、闇に心を染められた私達の島があるのだ。あの島に、元の様な平和な世界を呼び戻さなくては) 見て入る間にお日様はその体を完全に現し、その後も少しずつその姿をより高い位置に運んでいた。日の光を浴びて山はその稜線をはっきりと現し、その中で息づく木々や動物達に一日が既に始まった事を教えている様だった。遠くに見え始めた家々にも水煙が上がり始め、人間の世界でも一日が始まろうとしていた。 「ミコト、私は今日あの桃の実を誰かに託そうと思う」 「そうね。この辺りなら成長した後、島に向かう途中で、三人の中間達に会う事もできるわ。賛成よ」 うんうんと、大地が二度頷いた。 いよいよか、と大地が呟いた。何が、なんてミコトは尋ねない。 「ミコト、ほらもう少し川下に行った所で川が左に曲がっている場所に、家が一軒見えるよ」 大地に言われて見た川下にあるそこには、確かに一軒の民家が見えた。かなり古い家だった。 「あ。ほら、人が現れたわ。お婆ちゃんの様よ。洗濯桶を抱えているわ」 ミコトが言うとおり、腰がやや曲がった老婆が、川岸に設えてある洗濯場に向かって歩いているのが見えた。 「とても気の優しい人みたいだね。決めたよ、あのお婆ちゃんにこの桃の実を拾ってもらおう」 「あのお婆ちゃんで、本当に良いの?」 「理由は無いけど。でも、あのお婆ちゃんが良いと思うから」 「大地が決めた事なら、私も賛成」 よし、と言ってから、大地は桃の実に向かって降りて行き、桃をその老婆いる岸の方向に押し始めた。川の流れは緩やかで、その波一つ無い水面を、桃の実が滑るように岸に近づき始めた。老婆のいる所までまだかなり距離があり、川上からその様な物が流れてきているなんて思いもよらずにいる様だった。 「大地、良い感じだわ。その調子で押し続けて行けば、他に障害物も近づく人間も見えないから、間違いなくお婆ちゃんの所に行くと思うわ」 「本当?それは良かった」 大地は桃の実を押しながら答えた。水面まで降りてきた大地は、桃の実越しに小さく見える老婆の顔を見た。その顔に沢山の皺を蓄えてはいたが、顔には慈愛の光が見え、心安らかな生活を過ごしてきたのではないかと思わせる暖かな顔立ちに見えた。 (このお婆ちゃんに任せて大丈夫だと思う) 大地は素直にそう思えた。 「大地、お婆ちゃんが桃の実に気が付いたみたい」 「えっ」 桃の実越しに見える老婆は、かなり大きく見えるようになっていた。もちろん老婆には大地の姿は見えないのだが、大地は反射的に慌て上空に舞い上がった。そこから見下ろすと、洗濯場の老婆が洗濯棒を取り出している所だった。目の前に流れてくるそれを手繰り寄せようと考えている様だった。 「お婆ちゃん、拾ってくれるみたいだね」 ミコトが語りかけても、大地は何も答えずじっと見つめていた。 (私の念はしっかりと伝える事が出来たはずだ。島の事を宜しく頼むぞ。それにあの三人は必ず力になってくれるはずだから。彼らは私の、そして君の頼もしい仲間だ) 大地は決して見る事が出来ぬ自分の生まれ変わりに向かって、その桃の実の皮を通して必死に念じていた。 川の流れは本当に緩やかで、徐々に老婆に近づく桃の実の動きは上空の二人から見ると牛の歩みよりも遥かに遅く感じられた。だがその一方で、大地は自分がこの場所にいる事が出来る時間が刻一刻と終わりに近づいていると言う事実に直面していた。 川面を上流から下流に向かう風が一瞬走った。それに押されて桃の実がすっと勢いを増して老婆のほうに近づいた。 「あっ」「あっ」 二人の声が重なった。 願いを託すその使命が終わろうとしているのと言うのに、何処か終わらせたくない気持ちがある様にさえ見えた。だからと言って互いに何か話しかけるでもなく、二人の見つめる先では、確実に桃の実が老婆に近づこうとしていた。 そして、遂に老婆の持つ洗濯棒の先が桃の実に触れた。老婆はその棒を上手に使い、洗濯場の方に移動させていった。老婆は体の位置をずらし、洗濯棒を横に置いた。そして両の手をゆっくりと下しはじめた。 「ミコト」 大地の問いかけに、ミコトは彼を見た。 「あ・・・・」 大地の言葉が全てミコトに届く前に、大地の霊体が音も無くかき消された。彼の向こうには、先ほどと変わらず青い空と高い山の一部が見えた。そして下を見ると、老婆が大きな桃の実を入れた洗い桶を両手に抱えて、民家に向けて歩き始めていた。 「最後ぐらい、ちゃんと言いなさいってね」 ミコトは言ってから更に上空へ舞い上がり、そして二回大きな円を描いて旋回した。 「託されたのは、あの子だけではないからね」 彼女はゆっくり降下を始めた。 「頑張らないと」 ミコトの見下ろす先に、桃の実を抱えた老婆が家の中に入っていくのが見えた。 完
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・桃の実が流れ着くまでに
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《説明》
⇒昔話、桃太郎のBefor-Story。 こう言うつながりがあったのでは? なんて。
⇒昔話、桃太郎のBefor-Story。 こう言うつながりがあったのでは? なんて。
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--- 託す --- 「あれから夜になり、そしてもう朝日もだいぶ前に見たと言うのに、お腹がすかないなんて不思議だね」 大地は桃の実を見下ろす位置で空中を浮遊しながら、更に上空で旋回しているミコトに話しかけていた。 「食べ物の話?私としては、あなたが空中を飛んでいる事が不思議だし、未だに慣れないわ」 「そうだね、そうかもしれないね」 大地の頬が笑っていた。 「ミコト。私はあの桃の実に触れる事が出来るのかな?」 「霊体となったあなたが物に触れたり動かしたりする事は出来ないと思うけれど」 「だったら、私はどうやってあの桃の実を守ることが出来るというんだい。ただじっと眺めている事しか出来ないのかな?」 「そうなのかな?でも、オネ様はきっとそんな意味の無い事はさせないと思うんだけどね」 「あっ」 大地が桃の実の前方に、子供が三人集まっている事に気が付いた。腕白盛りの男の子が三人いた。男の子達は見たことも無いその大きな桃の実に気が付き、そして面白がって小石を拾い上げ、投げつけ始めたのだった。誰がその桃に当てる事が出来るか競争しているようだった。 「やめてくれ!」 霊体となった大地の叫びは人間の子供達に届く事は無く、投げられた小さな石は桃の周りで水飛沫を上げていた。 「頼む、止めてくれないか!」 やはり大地の絶叫が彼らの耳に届くはずも無く、そして桃の実はゆるゆると川の流れに乗って段々と下流に向かって川の中央を流れていた。つまり、少しずつ男の達がいる川辺に近づいていた。 「やめろ!」 叫びながら大地は桃の実と男の子達の間にその体を入れ、両手を広げた。しかし飛んできた石は大地の体をすり抜け、桃の実の手前に水飛沫を上げて落ちていた。 (私は飛んでくる石を跳ね除ける事も出来ないのか?) 大地は必死に桃の実を子供達がいる岸と逆のほうに押し返そうとしたが、まるで空中で手を動かす様に、桃の実腕が通り抜けるだけだった。 「しょうがないわね」 ミコトが上空から三人の子供達に向かって飛び掛ろうとした瞬間、それは起こった。何度も手を振り回していた大地だったが、なんと桃が子供達のいる岸と逆側に動き出したのだった。 それは偶然だった。何度も手を回すように押す様な仕草をしているうちに、桃の実に触れるのではなく、桃の実の表皮近くで手をかざして押すと、桃が押し出された方向に動き出したのだった。 「ミコト、動く動くよ。動いたんだ、ほら!」 大地の歓喜の叫びが聞こえたので、ミコトは子供達に向かって飛び掛ることを止めた。足元に見える大地を見ると、確かに桃の実が下流に流れながらも子供達のいる岸と逆側に向かって動いているのが見えた。 「お前の投げ方が悪いからだよ」「違うよ」「石が悪いんだい!」 男の子達に大地の姿が見えるはずも無く、折角のおもちゃが遠くに行く事で喧嘩を始めていた。喧嘩をしながらも少しだけ桃の実を追いかけるように岸を走っていたが、「また何か流れてくるさ」と諦めた。 大地は、桃の実が子供達のおもちゃにされる事から守る事ができた。 「びっくりした。何が何だか分からなかったけれど、ああやって動かす事は出来るんだって事が分かったよ」 「良かったわね。とにかく子供達に石で穴をあけられる事も無かったわけだし。ほっとしたでしょう」 「そうだね、危なかったよ。でも今思ったよ。いずれこの桃は誰かに託さなくてはならない。でもそれがどんな人かなんて、決める事は出来ないわけだよ。だめだだめだと桃の実を人の手に触れさせないようにして上手くいったとしても、いつかはこの川は海に姿を変えてしまうわけだから。もし海にこのまま出てしまったら、海の藻屑になってしまうだろうし、万一こまま尾児が島にたどり着いてしまったら、赤子のまま戦うなんて事になって、取り返しの付かない事になってしまう。そうならない為にも、いつかはあの桃の実を、本当に誰かに託さないといけないってこと」 「私もそのとおりだと思うわ」 二人は現実を理解していた。そしてその間にも、桃の実は緩やかに、そして確実に川下へと流れていた。 たぷたぷと。 桃の実の行く手を阻む物は、何も人間だけではなかった。岸から川に入り込んだ倒木もあれば、流れに逆らうようにせり立つ岩だったりした。そう言う障害物が桃の実が流れる先に見えると、大地はすっとそれを障害物とは逆の方向に押し出した。また、カラス等の鳥やイタチなどの小動物が桃に近づこうとする時は、ミコトがその立派な体で追い払ってくれた。 ⇒次はコチラ
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大地の直ぐ横ではオネが口元に印を結んだ左手を近づけ、右手で桃の幹を触りつつ呪文を唱え始めた。すると最初に空気がビリビリと震えだし、それが止むと大地の回りに浮遊していた霧が回転をはじめ大地を中心とした渦に変わっていった。そしてその渦は段々と透明に変わっていくにしたがって回転が速くなり、大地の横に居たミコトの羽を大きく波打たせるほどに激しくなっていった。 大地はただ一心に、これからの事を念じていた。不思議と自分の周りを凄い勢いで回転している空気の流れは気にならなくなり、オネが唱える呪文も段々と遠くに聞こえるようになっていき、そして最後には聞こえなくなった。すると、大地は樹木に当てていた手のひらから暖かみが伝わってきた。そして手のひらの感覚が無くなったと思った瞬間、手が木の中に吸い込まれていく感覚が分かった。 (あっ、これが!) 大地が思った瞬間、体が一瞬で木の中に吸い込まれて消えた。 「大地!」 ミコトが驚きの声をあげたが、答えるべくその体は完全に消えていた。そしてオネの呪文が続いていた。 大地を飲み込んだ桃の大樹は、その大きな全身の枝を小刻みに揺らし始めた。震えは段々と大きくなり、根を下したその地面が振動し始めた後、急に辺りが真っ白に変わった。何かが突然光ったので、ミコトはそれに対して反射的に目を閉じた。 オネの呪文が終わるのと、ミコトが閉じた目を開くのは同時だった。すると、その大樹の枝の先に、西瓜ほどの大きさがある桃がその実を付けていた。 「この桃が私の生まれ変わりですか?」 ミコトが慌てて振り返ると、そこには体が透けて見える霊体となった大地が、緩やかに空中を上下に浮遊していた。 「本当に大地なの?」 「ミコトに私がどの様に見えているのか分からないけれど、間違いなく私です」 「本当に?」 ミコトが驚くなか、大地はオネの前に進み出た。 「オネ様、ありがとうございます。私がこの様にふわふわ浮いていると言う事は、生まれ変わりは成功したと言う事ですよね。そしてこれが私の生まれ変わりの赤ちゃんが入っているという桃の実ですよね」 大地は大きな桃の実を付けたその場所を指差して尋ねた。オネは幹に触れていた右手を放し、それまでと同じ様にすっと姿勢良く大地に向かって立ちなおした。 「大地さん、良く頑張りましたね。その桃の実が、そうです」 「そうですか、ありがとうございました」 大地は霊体となったその姿で、ゆっくりと頭を下げた。 (しかしこれで、私は死んでしまったわけ・・・か) 大地は改めてその現実を思った。目の前にかざした手が少しだけ透けて見える事よりも、これまで体験した事の無い視点から物を見ながら浮いていると言う現状が、自分がこの世に生きていないと言う事をはっきりと教えてくれた。 「大地さん、気が付いていますか?その桃の実が少しずつ大きく成長しているのを」 オネに促されて、大地とミコトが見つめたその桃の実は、確かに彼女が説明したように少しずつ大きく成長している事が分かった。 「オネ様。この桃の実はどれくらいまで大きくなるのですか?」 「恐らく一抱えぐらいの大きさまでに成長すると思います」 「え、桃がそんなに大きくなるのですか?」 大地は、まさか桃がそこまで大きくなるとは想像していなかっただけに驚いた。 「この桃の実は、あくまでも生まれ変わった赤ん坊の入れ物と考えて下さい。別にこの桃の実を食べるわけではありませんから大丈夫です」 オネの説明の間にも、桃の実は確実に大きく成長していった。既にそれは桃の形をしている物の、とても桃とは思えないほどの大きさだった。 「オネ様、いずれ枝の方が折れてしまうのではないですか?」 「大地さん、それは大丈夫です。この大樹は非常に強く、その実によって枝が折れる等と言う事はありません。何故ならこの実は成長が止まると自ら枝から離れて落ちるからです」 「自ら落ちる?」 「ええ、そうです。桃の実はいずれ自分から落ちます」 オネに言われてその実を見た大地は、視線をすっと下に落とした。そこには川がサラサラと音を立てて流れていた。 「つまりあの桃の実は、いずれ機が熟せば川に落ちるわけですね。そして川の流れに乗って下流に流れていくと言う事になりますよね」 「そうです、あの実が落下するまでもうそれ程時間はかからないでしょう。そうなれば、先ほど説明したとおり、大地さんはあの桃に付き添って追いかけて行く事が出来ます。そして人間の手に渡った時・・・」 「私はあの世に引き連れられてしまうと言う事でしたね。覚えています」 大地の顔には、慌てた様子を見る事は出来なかった。彼の中での覚悟が、その表情に美しく表れていた。 「大地さん。そろそろですよ。あの桃がちゃんと人の手に流れ着くまで見守ってやって下さい」 はい、と大地が大きく首を縦に振った。 それを確認して、オネはミコトを見た。 「ミコト。私はマイア姉さんに頼まれて大地さんに力をお貸ししただけです。これからは、あなたが頑張る時です。あなたはあなたの思う様に行動すれば良いと思います。あなたの心に流れている気持ちのままに」 オネの顔に暖かな微笑がたたえられていた。 「はい」 ミコトの弾んだ声が飛んだ。 「大地さん、いよいよ桃の実が落ちる頃だと思いますよ」 三人の見つめる先の桃が、ゆらゆらと揺れ始めた。大地は改めてオネを正面に見て、真剣な表情で彼女の瞳を見つめた。 「オネ様、一言だけお礼を言わせて下さい。ありがとうございました」 大地の大きく開いた両の目の中で、黒々とした瞳が小さく左右に触れていた。オネはその真摯な姿勢に、言葉ではなく目礼で答えた。 「さあ、出立の時です。私はここより見送ります。そして島に平和が戻る事を祈っています」 オネの言葉を待っていたかの様に、桃の実が枝からすとんと落下した。一瞬、水中にその体を全て没したが、次の瞬間水面に浮かび上がってきた。まだ青みを少し残すその表皮にある産毛の様な短い毛が水をはじいていた。 「それでは参ります」 大地は言葉を残すようにしてくるりと振り返り、そして既に流れ始めた桃の後を追い始めた。 「オネ様」 ミコトが言葉を詰まらせた時、オネは優しく微笑み、そして言った。 「ミコト。その時までしっかり見守ってあげなさい」 ミコトは両のほう立派な翼を広げ三度ほど地上で羽ばたかせた後、一気に羽飛び立って行った。名残を惜しむ様に、巻き上げられた葉っぱがふわふわと地上に舞い降りた。 オネは川の流れに沿って曲がって見えなくなった大地の姿と、空高く見えるミコトの姿が虫の様に小さくなるまで見送った。 するとオネの体が二三度前後に揺れ、次の瞬間、左の方向に腰から落ちる様に座り込んだ。そのまま全身が倒れ込むのを両手でなんとか防ぎ、足を横に投げ出した姿勢で上空を見上げる形で座りなおした。右の手が、赤く血に染まった腹部を痛々しく押さえていた。もちろん見上げた先には、すでにミコトの姿も見えなくなっていた。 「お行きなさい。我が子らよ」 サワサワと音をなす川の流れは、止まる事無く続いていた。 ⇒次はコチラ
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「大地さん、こう考えては如何でしょうか」 オネの二回目の問いかけで、大地の頭がゆっくりと持ち上がった。 「え?」 「生まれ変わるその者はあなたの子供。子供が難病に倒れ、神のお告げであなたが命を差し出せば子供の命が救われると知り、果たせなかった思いを息子に託し、そして子供の命を助けると。あなたは歩かないわけではない。決して血を流さないわけではない。何より、あなたはその命を差し出すのです。たった一つしかない命を」 「私の子供へ繋ぐ命?そうか、そうですね。父上も兄上や私の為にその命をかけて私を守ってくれた。それは命の受け渡しだったのかもしれません。今度はそれを私が行う番と言うわけですね」 大地はだらしなく広げていた両の拳を握り締め、地面を蹴り上げる様にして勢い良く立ちあがった。その顔からは既に迷いが消えていて、菩薩のようなつるりとした顔に変わっていた。 「オネ様、直ぐにでもお願いできますか。この気持ちのまま、私は我が子供に思いを残したいのです」 「分かりました、直ぐに取り掛かりましょう」 オネは大地の手を取り、ゆっくりとその桃の大樹に近づいていった。 「生まれ変わりにおいて、大地さんが苦痛を感じる事はありません。ただひたすら、託したい思いを念じ 続けていて下さい。緊張する事無く体の力を抜いて、意識を集中していただければそれで大丈夫です」 「はい」 答えながら、大地の緊張感はオネにもミコトにもはっきり分かるほどだった。 「オネ様、私が横にいても構いませんよね?」 ミコトがオネに尋ねた。 「え?」「ミコト」 オネと大地が驚いて、大地の足元近くに寄ってきたミコトを見た。 「これから父親が子供の誕生に立ち会おうと言う時に、母親役をする者がいないのも寂しいと思いまして。気休めみたいなものですけれど」 オネに向かって言い切ったと、大地を見て優しく首を振った。 「構わないわ。でもね、決してこの桃の大樹と大地さんの体には触れてはいけないわよ。それさえ約束してくれたら大丈夫」 「分かりました、気をつけます」 大地とミコトの視線が合った。 「ありがとう。ミコトにはこれまでもずっと世話になり続けていたのに、最後の最後まで面倒かけるね。でもお陰で気が楽になったよ」 「何しおらしい事言っているの。柄にも無いんじゃない?」 ミコトはそう言いながら、照れ隠しのようにして笑った。 「あっ、大事なことを忘れていました。オネ様、一つだけ気がかりな事があるのですが」 大地はその顔に困惑の表情を見せていた。 「大地さん、どうしたと言うのですか?」 「私は生まれ変わってしまうのですよね。そうなれば、供をしてくれると約束してくれたキジの恵、猿のゲンジイとケン、それに犬のコウタは、私が生まれ変わった事など知らないはずですから、もう助けてはくれなくなるのではないでしょうか?」 「旅の途中で巡り会った方達の事ですね。そうですね、最初は驚くかもしれないわ。でもね、彼らは人間よりも何倍も優れた嗅覚をはじめとした五感を持ち合わせているから、その子供から発するあなたの匂いや雰囲気から、きっとあなたの事を思い出してくれるはずです。それに、ミコトがあなたの子供の旅に付いて行って、それを説明すればきっと分かってくれるはずだから大丈夫ですよ」 「しょうがないわね。今度は母親代わりとして私が付いて行ってあげるわよ」 その様な言い回しをしていながら、ミコトの言い方には大地に対して不服を言っている感じは全く無かった。むしろ、安心しなさいとでも言っている様だった。 「オネ様、分かりました、それからミコト、よろしく頼むよ」 大地が申し訳なさそうにミコトに頭を下げた。 「でもね、ミコト。多分あなたが付いていく事が出来るのは、隠したあの船の所までと思うわ。きっと傷 が癒えたネイは、島を中心としてその周りの海にまで結界を張っているはずよ。この世の者ではないあなたは、海に出る事は出来ないと思うから」 「分かりました」 ミコトが承諾の頷きをすると、大地がそれを見てすまないという顔をしつつ、更に頭を下げた。 だが、気持ちをさっと切り替えて、大地は顔をあげてオネを見た。 「オネ様、それでは改めて始めて下さい」 「分かりました。では始めましょう」 オネは桃の大樹の幹に小刀を当てて、樹皮を削り取り始めた。大地は、何故か痛そうにしているオネの表情に気が付きその姿を見守っていると、彼女のお腹の部分から血が出ている事に気が付いた。 「オネ様、お腹から血が出ていますよ!」 オネは大地の語りかけに答える事無く作業を続け、こぶし大に二つの穴を開けた。その間オネの腹から血が流れ続けていた。 「私はこの果樹園全ての木々から生命の力を得ています。その樹木を傷付けると言う事は、自らの体の一部を傷付ける事に他なりません」 「オネ様、私の為に申し訳ありません」 オネの首が緩やかに左右に振られた。 「大地さん、あなたが謝る事はありません。元を正せば、私の姪でもあるネイが人間界において悪しき事を行ってしまった事に原因があります。それなのに、私は自ら手を下す事が出来ず、あなたにお願いしてしまっています。謝らないといけないのはむしろ私の方です。ごめんなさいね。だからこの傷なんて大した事ではないのです」 「そんな事ないです」 「さあ大地さん、次ですよ。両方の手のひらを開いて前方に出して下さい」 オネはそう言ってから、差し出された大地の両方の手の平を幹にしっかりと付けさせた。 「この手は、今から何があっても放してはなりません」 大地は素直にオネの言葉に従った。そして姿勢を保つために両足を肩幅に開き、腰に力をぐっと入れた。 オネはそばに流れる川の水を両手ですくい、それに向かって軽く息を吹きかけた。するとその水が霧となって大地の周りを浮遊し始めた。 「大地さん、それでは生まれ変わりの呪文を今から唱えます。この呪文が済めば、あなたの魂は肉体から離れ霊体となり、そしてその体はこの桃の大樹に吸い込まれます。心の準備は良いですか?」 大地は既に覚悟は決めていたが、いざその時が来ると流石に少し緊張した。だが、下を見下ろすとミコトがそこにしっかりと付き添っていてくれて、一人ではない気がして心の波が静かになっていくのが分かった。 「大丈夫です」 「それでは始めます。大地さん、しっかり念じ続けて下さい」 ミコトの言葉を聞いて、大地はこれまで起こった事をさっと思い出した。そして、これから成すべき事を強く強く念じ始めた。 ⇒次はコチラ
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「そう、その為にはどうしてもあなたの命が必要よ。その覚悟はある?」 「オネ様。私は島に平和を取り戻すために命をかける覚悟はありました。ですがその命を失って、どうやってその思いが成就すると言うのですか?私がやらなくて、誰がやると言うのですか」 「そうね、確かにあなたの言うとおりね。もう少し詳しく話しましょう。先ずはこちらについていらっしゃい」 オネは先導する様にして歩き始めた。それにミコトが続き、引っ張られる様にして大地が続いた。少し歩いた所にあるひときわ枝振りの良い大きな木の前でオネが立ち止まり、右腕をゆっくり上げてその木を指し示した。 「大地さん。この木が何か分かるかしら?」 「桃の木の様に見えます。ですが、桃の木にしては大きすぎます。私は今までにこれ程大きな桃の木を見た事が有りません。何か別の実が生る木ではないでしょうか」 「正解よ、これは桃の木。確かにあなたが言う様に、普通の桃の木にしてはかなり大きいわ。何故ならただの桃の木ではありませんから」 「ただの桃の木ではない?でもそれが私の事と何の関係が有るのですか?」 自分の命を失うという一生の事だというのに、その桃の木に何があるのと言うのかと、大地の感情は少し怒りすら覚え始めていた。 「信じられないかもしれないけれど、ちゃんと聞いて下さいね。この木は、人を生まれ変わらせる木なの」 「な、何を言っているんですか。木が人を生まれ変わらせるなんて」 まさかそんな事がと、大地は酷く驚いた。先ほどまで怒りにいらつき始めていた気持ちが一瞬で飛び去るぐらいに。 「オネ様、私もその様な話は聞いた事がありません。いったい、どういう事なんですか?」 ミコトも驚いて口を挟んだ。 「ミコト、あなたも知らないのは無理も無いわ。この生まれ変わりの秘術は、長い間使われる事が無かったから」 優しく語り掛けるオネの顔が、ミコトから大地に向いた。 「大地さん。私はこの樹齢2千年の桃の大樹を媒介する事によって、生まれ変わり秘術を行う事が出来ます。この術を使えば、あなたは今の何倍も強く、そしてネイの妖術すら跳ね返す力を有する事が出来る様になります。但し生まれ変わったその者は、決してあなたではないのです。あなたは命を生まれ変わるその者に渡す事になるのです」 「良く分からないのですが、つまり生まれ変わったその者は私ではないと?」 「そうなります。つまりその別の者にあなたの命が渡されるのです」 「もしそうだとしたら、その者が尾児が島に行ってネイを倒そうなんて思わないじゃないですか。父上の苦しみも、兄上の無念も知るはずも無い!」 大地の黒々とした目に、涙の膜が薄く浮かんでいた。 「それは大丈夫なのです。生まれ変わった者に対して、あなたは念を残す事が出来ます。つまり、鬼が島に行ってネイを倒して島に平和をもたらしたいという念を残して生まれ変われば、その生まれ変わった者は必ずあなたの祈願どおりに行動するでしょう」 「本当にそんな夢みたいな事が?」 「間違い有りません。私が固く約束します」 オネは目に力を入れてしっかりと答えた。 「それは分かりました。では生まれ変わりの後、私はどうなるのですか?」 「体を渡した以上、あなたの戻るべき体は無くなり霊体となります。自由に浮遊する事が出来るあなたは、その生まれ変わった者に付きし従うことが出来ます」 「つまり私は、尾児が島でその生まれ変わった者が活躍する姿を見る事が出来るわけですね。素晴らしい。それなら異議はございません」 オネが答えに窮して黙っていた。 「オネ様、私は見届ける事が出来ないと言うのですか?霊体になって付いていく事が出来るのですよね。違うのですか?」 「大地さん。この桃の木を媒介にして生まれ変わった者は、桃の実の中に入った状態の赤子の姿でこの世に出てくるのです」 「桃の実の中に入って? それも赤子で? 今から赤子が鬼と戦える大人になるまで二十年近く待つなんて出来ませんよ!」 「桃の実はあくまでも生まれ変わりの者を木の外に生み出す為の入れ物です。桃はその実を川に落とし、川の流れに乗って流れ出します。霊体になったあなたは、その桃の実を人に託す所まで付いて行く事は、確かに出来ます。桃の実は人間の手によって開けられ、外の空気を吸い始めると、人が一年かかるところを一日で成長するので、半月もすれば今のあなたと同じぐらいの青年になります」 「私はその桃の実を人間に渡す所まで見届けるとどうなるのですか?」 「あなたの霊は、桃の実をその託された者が手に取り上げた瞬間、一瞬にして霊界に引き戻されます。大地さんの生まれ変わりとしてこの世に生を受けた赤子が人の手に渡った瞬間にその者の生が始まるのですから、霊であるあなたは行くべき所に引き戻されるのが道理です」 大地は達成すべき願いを、その目で見る事が出来ない事実が無念だった。 「つまり私は自分の生まれ変わりを助ける事はもちろん見守る事も出来ず、念だけを渡してこの世から消え去るしかない。あとは、その者が祈願を果たしてくれる事をひたすら信じるだけという事ですね」 オネは大地の無念を十分理解していた。しかし、今のまま彼をこの場から帰してしまうと、死に行くだけの旅になる事は明白だった。だから、大地を果樹園の敷地内に入れて試し終えた後も、逃げ出せないように結界を解かずにいた。 「大地さん、繰り返しになりますが今のあなたの力では万に一つの可能性も有りません。ですが、力量をあげたあなたの生まれ変わりなら、きっと成功すると思うの。それにあなたは責任感の強い人よ。やるべき事柄に対する気持ちは念として必ず渡す事は出来るわ。だから信じて欲しいの」 オネの横で、ミコトは何も言わず大地を見守っていた。 大地は頭の奥深くで、幾つもの自分の意志がぶつかり合っていた。 どうしても自分の両の手で思いを果たしたいという気持ち。 自分の技量ではネイや鬼達の前で切り刻まれると言う冷静な判断。 その生まれ変わりがちゃんとやってくれるかと言う不安。 生まれ変わりの者に丸投げで終わっている恥ずかしさ。 それぞれが自己主張し、相手を否定し、そして引きずりおろそうとしていた。そんな厳し過ぎる葛藤の中に、大地はいた。 「オネ様。私は分かりません。いや、分かってはいるんです。どれを選択すべきかを。でも自分では歩く事もせず血も流す事もせずに任せてしまうなんて、本当にそれで良いのでしょうか。私にはそれが分からないのです」 そう言って、大地は糸の切れた操り人形のように両膝を地面につき、続いてぺたんと腰を地面に落とした。ぶらりと下がった両の手が力なく草原の上に転がっていた。 「大地」 ミコトの心配した視線が大地に注がれていたが、その様な事に気が付くはずもなく大地は呆然としていた。 「大地さん」 オネが語りかけたが、大地の頭はうなだれたままだった。 ⇒次はコチラ
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