慈遠の創作小説.

創作小説、活動中。 不定期になりますが、Upしていきたいと思います。宜しくお願いします。

・ガタ、ガタ、ガタン

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《説明》
 ⇒九州、日豊本線を小倉から乗り南下していくと・・・・。
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 だた一点を除けば、良い職場環境である様には思えていた。
 その一点が、係長である栄子さん。課長よりも三年古株なのに、保守的な会社の空気を反映してか、女性である栄子さんの役職は長い間係長らしい。しかし上司になって彼女に接していると、昇進しないのは性差別だけではない事が直ぐに分かってきた。
 栄子さんは、上に融通が利かず、下に無理を通そうとする人だった。協調性という意味でも、決して上手な人ではなかった。それに非常に困ってしまう事が、自分で蒔いた種を決してかろうしないし、上司から振られた仕事も、彼女がてんぱってしまった時、パニック状態になってしまうのだ。少し強い言葉を使うなら、軽度の錯乱状態になってしまうのだった。そうなると、上司である課長ですら抑える事が出来なくなってしまう。
 亜美にとってそこは入社直後からの配属先なので、栄子さんの様な人が会社の中に居る事は当たり前であると思っていた。だから、たまに胃薬などを飲みながら頑張っていた自分ので、他の上司や他所の会社に就職した同級生に話を聞いて、彼女が珍しい人である事が分かってきた。だからと言って、それほど大きな会社ではない事から、組織変更が簡単に行われる事は無く、ある意味耐えるしか無いと言う理不尽な状況に身を置かざるをえなくなっていた。
 そして栄子さんとの関係で決定的だった事が、女性として一番苦手な関係であると気が付いた時だった。男同士の関係と違い、女性独特と言うか、生理的に受け入れられないと言う関係が存在する。学校時代に出会っていれば、絶対友達にならないし、誰かを虐める様なことがあるとすれば、必ずその人になるだろうと推測できた。そんなどうしても受け入れられない感覚を一度でも感じてしまったら、その対象の人を自分の中で受け入れる事は非常に困難な事であった。更に思う事があって、きっと相手も私の事をそう思っていると感じる様になった事だった。
 そんな人と一緒に仕事を続けていた。亜美は、自分ながら良く頑張っているとある意味関心さえしていたし、時々は褒めてあげる事もあったほどだった。
 書店で、良く当たると評判の易者の本を何冊も読んだけれど、「うんうん、そうそう」なんて思う事がたまに載せてあったとしても、こうしたら良いと教えてくれる事は決してなかった。
 栄子さんは、彼女が引き起こしている他人との軋轢が、どれだけ社内において酷い状況であるかと言う事に、全く無頓着と言う状態だった。結局彼女は、管理力には向かない人だからこそ今のポジションに居続けているのだと、亜美は考える様になった。
 そして、今年正月から新しく始まったプロジェクトで、栄子さんはそのある意味特別なキャラクターを、見事に発揮してくれた。それは課を跨いでのプロジェクトとして進められたのだが、メンバーの感情や意識を見事に逆なでしてくれたおかげで、栄子さんを中心に燃え始めた火事は春先には大火事になり、その火勢は周りにも見事に飛び火して行った。そしてそれは、亜美の所にも見事に飛んできた。それなのに、栄子さんは分かっていなかった。
「福永さん、いったいどういう事なの?」
 会うなり、開口一発のヒステリーだった。
(どういう事って、聞きたいのは私だって!)
 最初でこそ、課長が中に入って鎮火の役目を担ってくれていたが、結局栄子さんは切れてしまい、パニック状態になり、課長は彼女の面倒を見るのをギブアップした。
 社内には他の仕事も当然あり、社としては人数が少ないところを切り盛りしていかなければならななかったので、他の人がなんとか上手に扱っていかざるをえなくなった。そしてそのしわ寄せが、見事に亜美の所にやってきていたのだった。少なくとも、直接の被害を受けていたと、亜美は思っていた。






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   --- 亜美、お婆ちゃんの所へ ---

 ピーー。
 車掌が鳴らす高い音色のホイッスルが聞こえてから、亜美を乗せた列車が動き始めた。
 亜美は飽きもせずに、その小さな古い駅舎を眺めていたが、それはゆっくりと列車の後方に動き出し、そしてゆっくりと消えていった。そのままの角度で眺めていると、その古びた線路に平行して走る狭い農道を、お婆さんらしき女性と先ほどの女の子が仲良さそうに歩いているのが見えた。左手にバックを持ち、右手でお婆ちゃんと手を繋いでいた。その表情をはっきりと見る前に、二人の姿は後方に消え去っていた。
(あの女の子の夏休みが、今始まったのかな)
 全くの他人の事なのに、何となく嬉しく思えた亜美はちょっと微笑む事が出来た。大きく伸びをしてから、ゆっくりと、一つ大きく息を吐いた。気持ちよい脱力感を感じてから、ペットボトルの中で既にぬるく変わっていたお茶を飲んだ。

 車窓から見える景色は、進行方向逆向きを見つめている亜美には、常に景色を後ろに置いて行っている様に見えていた。列車が大きく進行方向左側に曲がる時には後方の車両が殆ど見えなくなり、たった一両で走っているように見えてちょっとだけ寂しく思った。だが逆に右カーブになると、先ほどまで居なくなっていた車両が後方に帰って来た様に現れるのだった。それは、まるで自分の揺れた気持ちを表している様な感じがして、何故か安心できた。
(ばっかみたい)
 こんなどうでも良い様な事にさえ、亜美は気持ちがふらついている自分が嫌だった。先ほどまでは、何故か懐かしい気持ちで女の子を見る行為を続ける事で、あれこれ考えないようにする事が出来ていた。つまり現実逃避していたのだった。でも今、色々考えないようにして目を閉じて眠ろうとしても、余計に頭が冴える気がしたので止めた。
(みんな、今頃少しは困っているかな?)
 亜美は、振り切る様にして休んできた会社の事を思い出していた。入社五年目になり、会社の中でもそれなりの仕事を任せられる事もある様になってきていた。上司である課長は少し物足りない印象を受ける事はあるけれど、仕事上で常軌を逸した要求をする人ではなかったし、セクハラも、それと受け取る事が出来るような事も無かった。給料だって、一緒に卒業した友達と比べても一番と言うわけではなかったが、決して悪い額でも無かった。深夜まで仕事で倒れるまで働かされる事を求められる事も無かった。しかし、これまで有給をちゃんと取った事は殆ど無かった。取って良いと言う雰囲気が無かったのだ。







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 お姉ちゃんは開けかけたドアをそのままに手で押さえながら振り向いてから言ってくれた。そして、そのお姉ちゃん手には、真っ白で大きな帽子が見えた。雪のように綺麗な白色の帽子だった。命の恩人であるはずのお姉ちゃんの顔を覚えていないのに、その時の帽子だけは何故かはっきり覚えていた。
 聡子は大事をとって一晩入院し、次の日にはお婆ちゃんの家に戻る事が出来た。聡子は死線を彷徨ったと言うのに、何事も無かったようにけろっとして帰ったのに、お婆ちゃんをはじめ多くの大人達が腫れ物に触るようにしてくれたのが、聡子は不思議でならなかった。
 それに従兄弟達全員から、一人ずつごめんなさいと謝られた事を彼女は覚えている。
(お兄ちゃん達のせいじゃないのに)
 みんなこってりとそれぞれの親に怒られたのだと、それから数年して聞いたのだったが、その時聡子は全く分からなかった。
 とにかく、聡子は死なずにすんだ。きっと、究極の緊張感後の開放感印象的だったからか、それから白色の大きな帽子が大好きになった。そうではないかと理由を知っている母は、聡子があの時の事を思い出すのではないかと思っているようで、あまり白色の帽子が好きでは無かったが、父は幸運の印として良いじゃないかと賛成してくれた。
 不思議な事に、その後、聡子は水が怖いという事は無かった。恐怖の幼児体験をしたにも関わらずに。そして、白い帽子好きも変わる事無く今に至るまで続いていた。そして今も彼女の目の前に、それは確かにあった。
 そして、ふと考えた。
(あのあのお姉ちゃん、なんて名前だったのだろう。今頃何処にいるのかな?)

 亜美は飽きる事無く斜向かいに座る女の子を眺め続けていた。彼女はお気に入りらしい白い帽子を両膝の上に置いて眺めていたが、また被りなおしてから周防灘の景色を見始めていた。表情は、やはり何か難しい事を考えている様に、亜美は思った。
 それから、ふと高校生の頃の彼女自身について思い出していた。今でこそかぶる事も無くなっていたが、あの水泳部の練習に明け暮れていた頃、白い帽子が大好きだった事を。
(でも私、どうしてかぶらなくなったのだろう?)










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 そして母の後ろに、今まで見た事が無い綺麗なお姉ちゃんが立っていた。
「さっちゃん、このお姉さんが、あなたを助けてくれたのよ。お名前がね」
 お母さんは、その時そのお姉ちゃんの名前を教えてくれたけれど、今は覚えていない。ただ、石橋の上からこちらを見て飛び込んでくれた女の人の映像が浮かんできた。
「ほら、ありがとうって言いなさい」
 聡子は、何度も何度も頭を下げながら言う母の気持ちに答えたくて声を出そうとしたけれど、何か変に緊張していて声が出せず、口をパクパクするだけだった。
「すみません、娘は状況をまだ理解していないと思います。しかし、本当に有り難うございました」
父が深々と頭を下げていた。
「いいえ、そんな事。偶然あの橋を渡ってふと川を見下ろしたら、さっちゃんが流されているのに気が付いて。その後は夢中で何をどうやったのか覚えていません。一応中学高校と水泳部に所属していて、今年三年になってやめたばかりでしたから。人命救助も顧問の先生に習っていたんです」 
 母親の話では、その後そのお姉ちゃんが、偶然通りがかった在郷の軽トラのおじさんを捕まえて病院にそのまま一緒になって担ぎ込んだらしい。たまたま叔父さんが聡子の事を知っていて、病院からお婆ちゃんの家に電話をしたと言うのだ。集まった親戚は一瞬にして大パニックになったらしい。前後不覚になるほど飲んでいた親戚一同は、一変に酔いが覚めるどころか、上を下への大騒ぎになったそうだった。
「・・・あのう、私そろそろ」
 助けてくれたお姉ちゃんが、お母さんにその場から辞する事を伝えた。お母さんは何度も礼を言い、連絡先を聞いていた。
「聡子。お姉ちゃん帰るって」
 お父さんが聡子に言い、彼女はどうにかしてお礼を言いたかったけれど、言葉が上手く口から出てこなかった。一言ありがとうと言いたかったのに、あまりにも突然に色々な事が起こって咽か自分の物ではないように思えるほどだった。
「ごめんなさいね。娘はまだ動転しているようで」
「いいえ、そんな」
 照れながら答えてから、病室の扉を開けようとするお姉ちゃんを見て、聡子はやっと言葉を発する事が出来た。
「・・がとう」
 聡子は、ありがとうとちゃんと言いたかったのに、言えなかった。もう一度言い直そうとしたけれど、それでも駄目だった。
「うん、バイバイ」






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 そんな聡子の帽子好きには、理由があった。
 聡子は彼女が三歳の夏、父母に連れられて初めて大分のお婆ちゃんの家を訪れた。お盆の時期でもあり、他の親戚も大勢集まっていて、一年に一度が二度しか会えない従兄弟達が沢山いた。父親達は楽しそうにビールやお酒を飲み、母親達は台所で忙しそうにしていた。
 子供達は、自然年長格のお兄ちゃんを中心に色々な事をして遊んでいた。それは家の中であったり、庭だったり、川の近くであったりした。三歳の聡子は大きな子供達と一緒に走って回れるほど足が速くなかったし、ボールを取ったり投げたりした事も無く、一人で他の従兄弟達の姿を「キャッキャ」と言いながら見る事がどうしても多くなった。
 そしてその時聡子が一人遊びをしていると、足元に沢蟹が現れた。それを追いかけてよたよたと歩いてうちに、踏みつけていた中位の石が急に動いたと思ったら、次の瞬間ころころと転んでいたのだった。聡子が見たのは、空と河原の石がぐるぐる回る景色だった。そして気が付けば、聡子は川の中に全身を沈めていた。
 聡子は泳いだ事が無かったのだ。短い両手と両足をばたばたさせても、水中では頭がどちらにあるのかすら分からなくなっていた。一番大きな従兄弟の鬼ちゃんの名前を何度も呼んだが、遠くで遊んでいるみんなに届くはずも無く、気が付いてくれなかった。そこにいるはずの無いお父さんやお母さんの名前を呼んでも、彼女を助けてくれなかった。
 何が何だか分からなくなった時、澄んだ川の中から、石橋の欄干が見え、その上に女の人が立っているのが見えた。そしてその人がこちらに飛び込んだ所を見た所までで、彼女の川の中での記憶は終わっていた。一連の流れはは、十三歳になった今でもはっきりと覚えている。
 聡子が意識を取り戻したのは病院のベットの上だった。体の上には、軽い病院用の布団をかけられていた。ベッドの横には、父さんと母さんがいて、目を覚ました彼女の名前を何度も呼び、そして泣きながら「良かった、本当良かった」と言って喜んでいた。
「さっちゃん。もう少しで死ぬかも知れなかったのよ! そんな事になったら、お母さん悲しいから。沢山沢山泣いてしまうんだから」
 そう言いながら、母は既に号泣していた。







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