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最初に口を開いたのは、アミー国ウージー国王だった。 「明日ですな・・・・」 「間違いないでしょうな。恐らく」 「万全の準備をしてきてはおりますが、やはりいよいよとなると緊張感が違いますな」 「そうですな」 また、沈黙が、皆が参加するテーブルの上に現れた。 机を人差し指で叩く音や、腕を組みなおす時に出る服のすれる音だけが部屋の中に聞こえた。 五分が過ぎ、十分が過ぎた。 そして、ホーク王子が組んでいた腕を解いた。 「良いでしょうか?」 「どうぞ」 ソロ皇子が答えた。 「私は、明日の事は伏せるべきかと思います。知れば、今日のこの時から不安に思うでしょう。不安に思っても、現時点ではどうしようもありません。力は、土壇場でも確実に発揮できるかと思いますが」 「私もそう思います」 アミー国ウージー国王が同調した。最終的に、この意見に皆が賛成した。 会は解散となり、各人は持ち場に帰った。本番を明日に控え、へらへらと笑っている者は一人もいなかった。 しかし、この結論はあっけなくバレる事となった。 天気の予測をした老猟師は、嘘をつくのはあまりに正直すぎた。彼が急に会議に呼出された事を知っていた者が、「爺さん、何を聞かれたんだい?」と聞くと、なんと正直にも、秘密にしてくれと言われた、教える事は出来ないと言ったのだ。 確かに老猟師が答えたことは間違いではない。しかし、言い方というものがある。彼の答え方は、自らこれは秘密の事なのですよと言っている様なものだった。 話は一気に広がった。噂は噂を呼び、更に話しに尾ひれがついた。体長五十メートルのオオトカゲが来る等という途方も無い噂まで出たが、共通している事は、明日黒い化け物達がやって来るという事だった。 皆、気丈に自分の役割以上に働いていたが、それは不安の裏返しでもあったのだ。不安になってしまう自分を奮い立たせる為に、何かに熱中していたのであった。 それがついに、いや“とうとう”明日にも現実となるのである。 町では、気の弱い者は酒に助けを求め、心配性の者は家族や愛する者と一緒に時間を過ごし、既に血が熱くなっている兵士は武器の手入れを行なっていた。 また、送り出す家族の姿もさまざまだった。冷静に食事を一緒にとる家族、陽気に笑いながら酒を楽しむ家族、既に全員号泣となっている家族、今更ながら自分の息子だけは行く必要がないと言い張る家族もいた。 ==================================================================
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・十八日
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《説明》
⇒高校三年の頃から今までの記憶が無い事にして、会社や生活圏からのしがらみを無くし、そして新しい人生を歩みだす事を画策したのだったが・・・・。
⇒高校三年の頃から今までの記憶が無い事にして、会社や生活圏からのしがらみを無くし、そして新しい人生を歩みだす事を画策したのだったが・・・・。
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--- 三年後、四月十八日 --- 堤真之介の父英二郎は、妻の初音に、彼女が入れてくれたお茶を手にしながら話しかけていた。 「お母さん」 「はい」 真之介が亡くなって三年が経っていたが、英二郎は妻の事を以前と同じくお母さんと呼んでいた。初音も昔と変わる事無い言葉の調子で答えていた。 「さっき、町へ買い物に行った帰り、バス停でバスを待っていた時の事なんだけれどね」 「ええ、ええ」 英二郎がいつもと変わらぬ淡々と話すその口調に、妻もいつもと同じ相槌を打って聞いていた。 「小さい子にいきなり足を抱きつかれたんじゃよ」 「へー、足をですか?」 「ちょっと驚いて振り返ると、三歳ぐらいの男の子が、私に抱き付いていたんじゃよ。直ぐ後ろで、生まれて間もない赤ちゃんを抱えていたお母さんらいい女性が慌てて謝ってきてね。『申し訳ありません、ちょっと目を離してしまって』と言っていたよ。でもその間も、その男の子は私の足から離れようとしなくてね。私はよその子供に抱き着かれた事なんて無いからちょっと驚いてしまったよ。お母さんは手に赤子を抱えたまま、慌ててその子供を私から離したのだけれど、『この子、人見知りが激しい方なんですけれど』と言いながら不思議そうに首をかしげていたよ」 「あらお父さん、そんな事があったんですか?」 「うん、そうなんだ。見知らぬ子にいきなり抱き着かれたと言うのに、不思議と嫌な感じはしなくてね。私は『坊や、いくつだい』って尋ねたら、三歳と答えていたよ」 「そうだったんですか」 「話はこれからなんだけれどね」 英二郎の顔が、少し熱を帯び始めていた。 「そのお母さんと言う人なんだがね、話しているうちにどこかで見たようなきがしたんだよ。最初どうしても思い出せなかったんだが、途中でやっと思い出したんだよ。誰だと思うかね?」 「お母さんと言っても、若い娘さんなのでしょう? テレビに出ている人ですか?」 「違う、違うよ。それがなんと、ほら、真之介が描いた絵の女性に瓜二つだったんだよ」 「ええ!」 それまでゆっくりとした口調で受け答えをしていた初音が、流石に驚いた様で、急に大きな声を出していた。真之介が亡くなって三年が経つが、二人は息子が最後に描いた絵の女性が誰なのかを、これまでずっと分からずにいたのだった。 「こんな近くで見つけるとは思っていなかったから、わしも本当に驚いてしまってね。しかし、だからと言ってなんと言って話して良いものか分からずにいたんだよ。そしたら、その間もその小さな男の子が私に障ろうとしてね。お母さんは止めなさいと言うのだけれど、子供はどうも私が気に入ったみたいで、ちょっと遠慮しながらも手を触れたりしていてね。私も、別段嫌な感じはしなかったので『構いませんよ』等と言っているうちに、その女性と打ち解けてきてね。私も、これは神様が与えて下さった千載一遇の機会だと思って、初対面だと言うのに、思い切って聞いてみたんだよ」 「ええ、ええ」 「『不躾で申し訳ありませんが、あなたは、堤真之介と言う名前を御存知ありませんか?』と尋ねたんだよ。彼女はちょっと黙って、何やら思い出すような仕草をしていたのだけれど、知りませんと答えてね。他人の空似と言うのは本当にあるんだね。その後話を聞いてみると、その男の子は、今日が誕生日の三歳というじゃないか。いくらなんでも、真之介の彼女が、妊婦の既婚者という事はなかろう。お母さんは、そう思わないかね?」 「そうですね。私もあの子が、既婚者のしかもお腹が大きい人とお付き合いしていたとは思えません。他人の空似だったと、私も思いますわ」 二人は、うんうんと息子の事を思い納得していた。 「私もそう思って諦めてから、恥のかきついでに、『失礼ですが、お名前はなんとおっしゃるのですか?』と訪ねたら、勘違いされて『坂上あかりです』とおっしゃてたよ。訪ねた私の方が慌てて、『いえいえ、坊ちゃんのは?』と聞き直したら、慌てて『翔太です』と答えていたよ。私も慌てていたけれど、その奥さんも慌てていたようだね。二人でしばらく笑っていたよ」 「そりゃそうですよ。見た事も無い年配の男性から、いきなり『堤真之介と言う名前を御存知ありませんか?』なんて尋ねられたのでしょう? 不審者に思われなかっただけでも御の字ですよ」 初音が、夫の行動にちょっと驚きながらも、少し諌めつつ言葉を継いでいた。英二郎は、我ながらやり過ぎた自分の事をちょっと気恥ずかしく思いつつ頭をかいていた。 「しかし、翔太君と言う男の子は本当に可愛かったぞ。変に懐かれてしまって、嬉しかったぐらいだったがね」 「そうですか、それは良かったじゃありませんか」 二人は笑ってから、少しぬるくなったお茶を口に含んだ。 「あら、お茶を熱いものに変えてきましょうね」 よっこいしょ、と言って立ち上がる初音を見守りつつ、英二郎が棚の上を見上げた。そこには、真之介が書いた絵を納めたあの写真が飾ってあった。 終わり
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翌日の昼前、瑠璃は実家のパン屋を手伝っていた。店の奥からは、パンの焼ける良い匂いが、レジのところまで漂ってきていた。暫くすると、昼の忙しさがやってくる、そんな時間帯だった。 店の前に、バイクのエンジン音が近づいてきて、そして停止したのが聞こえた。それが拓郎が乗るバイクの音である事は、瑠璃にも容易に推測できた。そして、拓郎がここに来たのは、当然の様に、三人であかりがいる病室で顔を合わせると思っている彼が、ここに立ち寄ったのだろうと瑠璃は思った。 「お母さんごめん、ちょっとだけ」 言いながら、瑠璃は店の外に出た。そしてそこには、予想通りヘルメットを脱いだ拓郎がいた。彼は、パン屋のエプロン姿の瑠璃を見て、少し怪訝そうな顔をしていた。 「瑠璃さん、病院には行かないの?」 「うん、今日はね」 「今日は?」 拓郎は、子供の様にオウム返しをしていた。 「あかりからお願いされたの。今日は、拓郎君と二人で話をしたいから遠慮して欲しいんだって」 それは本当だった。昨日拓郎が帰った後、あかりは瑠璃に、明日は二人だけでしっかり話したいから、瑠璃には遠慮して欲しいと頼んでいたのであった。「え、一人でいいの?」、と瑠璃は少し心配そうに尋ねていた。 「うん、大丈夫。それよりも、やはりこう言うのって一対一が良いんじゃないかなって思って。それに、ちょっと私も恥ずかしいし」 そう言いながら、あかりは少し恥ずかしそうにしていた。とにかくそういうたっての願いを聞いたので、瑠璃は、今日の二人の集まりに顔を出さない事に決めていたのだった。 「そうだったんですか・・・・」 拓郎は、三人とばかり思っていた様で、ちょっと驚いているようにも瑠璃には見えた。 「どうしたの。こわくなっちゃったとか?」 瑠璃は、少し茶化すように尋ねると、拓郎は少しすねた様にしながらも直ぐに答えた。 「全然。そんな事、全く無いですよ。大丈夫です」 茶化されたことを受けて、拓郎はわざと元気良く答えた。 「そう!」 「はい」 「まあとにかく、頑張って」 「頑張ります。では行って来ます」 そう言ってから、拓郎はその場からバイクの方に向かって移動を始めた。そして瑠璃が見送る中、彼はヘルメットを被り、エンジンをかけた。そして軽く手で瑠璃に挨拶をしてから、通りの向こうに消えて行った。そんな彼に対して、瑠璃が呟いていた。 「拓郎君、君はきっといい男になるよ」 そして拓郎が完全に見えなくなってから、瑠璃は店の中に入って行ったのだった。 それが十月十八日、晴天に向かう昼前の出来事だった ⇒次はコチラ
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約四十分後、拓郎は病室に現れた。 正行は、自分は同席しないほうが三人が喋り易いだろうと言って、片付けもあるし一度家に帰るといって病室を後にしていた。そして、あかり・拓郎・瑠璃の三人が顔を揃えた。 あかりは意識不明になって倒れた事から始まり、入院、そして今朝意識が戻った事を説明した。そして、記憶があの事故を境に、以前の事は思い出したし、それ以後の事を忘れたと教えた上で、瑠璃から聞いた拓郎の最近の申し出に関して一切覚えていない事を説明した。瑠璃は二人がしゃべり終わるまで、一切口を挟まずに聞きに回っていた。 拓郎の表情は、見ていて非常に複雑だった。あかりが意識を失って倒れた事に改めて心配そうに驚き、一日半もの間戻らなかった意識が戻った事を喜び、彼女の記憶の中で、彼の事が逆転している事にがっかりとした表情を見せていた。あかりは、その上で頭が混乱しているし、どうして良いのか分からず困っているという事を伝えた。 説明を聞き終えた拓郎は、しばらく何も言わず、じっと椅子に腰を下ろしたままの姿勢を保っていた。しかし一呼吸置いてから、ゆっくり話し始めた。 「あかりさんの状況は分かりました。最近の僕に関する記憶が無い事も分かりました。そう言う事であれば、答えは簡単です」 (簡単?) 黙って聞いていた瑠璃が、不思議そうに思った。しかし瑠璃は、拓郎の言葉に更に驚く事になった。 「あかりさんが覚えていないと言うのであれば、もう一度告白するだけです」 (ええええ!) 瑠璃は、拓郎がそう来るとは全く予想していなかったので、すっかり驚かされてしまった。しかし一方で、やはり拓郎の思いはどこまでも真っ直ぐなのだなと素直に驚いてしまった。そして、拓郎は瑠璃の驚きなど気にするはずも無く、愛の言葉を告げた。 その言葉はどれも真摯で、そして本当に思いのこもった真っ直ぐなものだった。瑠璃は、きっとその言葉が、あかりの胸に響いたと考えていた。そして、拓郎と同じく、あかりの返事を待った。 あかりはベッドに上体を起こしたままの姿勢で、しっかり拓郎の事を診ながら話しを聞き、そしてそのまま一生懸命考えていた。そして、ゆっくりと答え始めた。 「拓郎君、本当にありがとう。本当に嬉しいよ。こんな私の事を、そこまで思ってくれるなんて。でもね、本当に私で良いの?」 「何言っているんですか!駄目なわけ、ないじゃないですか」 ゆっくりと普通の声で話すあかりに対して、拓郎は熱っぽく一言、一言に力を込めて答えていた。 「だって、私なんか・・・」 「怒りますよ!」 拓郎は、突然声を荒げて言い放った。そこが病室で、目の前にいる人が、入院中の患者さんだとはとても思えないほどの強い言葉だった。 さすがに、目を丸くしてその言葉を聞いたあかりだったが、結果、その言葉はあかりの気持ちの奥深い所にまで届いているようだった。 「ありがとう、本当に」 そう答えて、あかりは少しうつむきかげんになって、しばらく黙っていた。そして、その頬に一筋の涙が流れ出たが、その口からは嗚咽も泣き声も聞こえてこなかった。 その不思議な様子に驚き、瑠璃が心配して声をかけた。 「悲しいの? あかり」 「ううん」 そう言って首を振ったあかりは、更に言葉を続けた。 「嬉しいの」 あかりは顔をあげ、そして笑っていた。 三人は、それからしばらくの間、また色々な話をしていた。一昨日意識を失う寸前に見たという、既に他界しているあかりの母親の事や、記憶が戻る寸前に見ていた不思議な夢の話などだ。 そして、今思い出すと、なんとなく救急車の中の事も断片的な記憶があると言うのだった。本当に、あかりは不思議な時間を過ごしたんだなと、三人が首を立てに振りながら納得していた。 そんな話がひとしきり終わった時、拓郎が今日はこれで引き上げますと言った。いくら意識が戻ったと言っても、あかりが疲れているだろうと気遣ったようであった。 「あかりさん、体、色々気をつけて下さいね」 「ありがとう。色々しんぱいかけちゃったね」 変な見栄も無く、あかりは素直にお礼を言っていた。拓郎は、あかりの笑顔に恥ずかしそうにしながら、「いえ、そんな」とだけ答えてから、部屋の入り口へ移動していった。そしてドアに手をかけた時だった。 「拓郎君、申し訳ないけど、明日もう一度来てもらって良いかな?」 「へっ?」 想定外のあかりの提案に、拓郎は素になって驚いていた。 「私ね、ちゃんと考えるから。拓郎君からの気持ち、しっかり考えるから。だから、明日、もう一度来てもらって良いかな」 拓郎は、既に開けかけたドアから手を離してから答えた。 「ありがとう。でも、そんなに急がなくても良いですよ」 「ううん、私がそうしたいの。それに私は、記憶がある時も無い時もその気持ちを頂いたから、もし今夜、また記憶喪失になったとしても、もちろんならなかったとしても、ちゃんと覚えているから」 「ふふ、そうね」 ちょっと笑いながら、瑠璃が思わず二人の会話に口を挟んだ。でもそれによって、三人の間に、また緩やかな空気が流れた。拓郎は二度小刻みに頷いてから答えた。 「分かりました、明日、また来ます」 「ありがとう」 「ではまた」 拓郎はそう言ってから、ドアを開けて病室を後にした。開けられたドアは、その自重でゆっくりと閉まった。 あかりは、ベッドの上に座ったまま、また窓の外を見ていた。瑠璃も一緒に窓の外をしばらく見ていた。 じっと黙ってみると、案外遠くから看護士さんの会話や入院患者さんのしゃべり声が二人の部屋にも聞こえてきていた。 「拓郎君って、面白い子ね」 瑠璃が、ポツリとそう口にした。 「本当に」 あかりは、しみじみと答えていた。 ⇒次はコチラ
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その後、三人は取り留めのない話等をして、和気藹々とした空間を楽しんでいた。あかりと正行は決して仲の悪い親子と言うわけではなかったが、これほどまでに親密に、そして朗らかに話し合っている姿を、瑠璃は殆ど見た事が無かった。 そんな雰囲気だからこそ、あの事を言い出すのはどうしたものかと悩み始めていたのだったが、彼のあの真っ直ぐで純粋な気持ちを秤にかければ、うやむやにするわけには行かないと決意した。 「あかり、あのね」 「どうしたの、急に改まって」 瑠璃の発するトーンの変化に、あかりが直ぐに気が付いた。 「事故後の記憶は無くなっているのよね?」 「うん、そうよ」 しばらくの間、瑠璃は口の中で言葉をかみ砕く様にして考えてから言った。 「拓郎君、覚えているでしょう」 「うん、パン教室の拓郎君でしょう。もちろんよ」 事故前の記憶が蘇ったあかりにとって、拓郎の記憶は一昨日までの記憶とは逆転しているので、最近の猛アプローチの事を忘れているはずであり、事実その様であると瑠璃は判断した。「あかりは記憶にないと思うんだけど・・・」、と前置きをした上で話し始めた。 「拓郎君ね、記憶が無い頃のあかり。つまり、事故後のあかりに交際を申し込んでいたのよ。それも、真剣に。そして猛烈に」 「ええ、何言っているの!」 あかりにすれば、当然といえば当然の驚きだった。自分に見に覚えが無いと言っても、それは記憶が消えた時の話なのである。 瑠璃は、なんと言っていいのか言葉を選んで黙っていたので、それを茶化すようにベッドを軽く叩きながら言った。 「またー、私が記憶が抜けているからって、そんな冗談だめよ」 瑠璃は両のまゆをぐっと曲げて黙ったままだった。 「冗談。・・・・・じゃないの?」 「・・・・うん」 「うっっそだーーーー」 あかりの首が大きく左右に振れていた。五歳も年下の大学生が、まさか自分に交際を申し込んでいた等、容易に信じられる事では無かったのだ。しかし、そんな冗談は言わない親友の真面目な顔を見ていると、もしかして、と言う気持ちがわき始めていた。 「本当なの?」 瑠璃は、この時こそ勝負所と考え、しっかりと説明していこうと思った。 「あのね、拓郎君は本気なの。しかも全部知った上で言っているのよ」 「全部って?」 「あかりが妊娠している事も、そしてその父親が亡くなった堤さんだという事も」 「え、何で拓郎君がそんな事まで知っているの?」 あかりは心底驚いている様だった。そんな思いっきりプライベートな事まで話しているとは思っていなかったのだ。 「あのね、さっきも言ったけど、拓郎君は本気だったの。最初妊娠の事は隠して断ったのよ。何度も何度も、交際を断っていたの。でもね、拓郎君は本当に本気で、断られても断られても頑張って来たのよ。それで、とうとうお腹の事を言ったのよ。それでもなお、拓郎君は構わないって言ったの。交際を申し出ているんだけど、父親になるとまで言っているんだから、はっきり言ってプロボーズしているのと同じよ。それで、実は一昨日あかりが意識を失った日、あかりは明日、最終的な答えを出すって言っていたの」 「明日って事は・・・・」 「そう、昨日って事。でも、あかりは意識を失って病院に来ていたからその答えは出せなかった。それはしょうがないから構わないの。でもね、それで実は黙っていたんだけれど、拓郎君から昨日私の携帯に何度も電話がかかっているの。もちろん、あかりの事でね。答えを聞きたいけれど携帯が繋がらないし家に言っても留守で誰もいないって」 「確かに携帯は家に置いたままだし、私もお父さんもずっと病院だから・・・。でも、どうしよう?」 「一応、あかりが入院して昨日答えを伝えられなかったって言っているの。もちろん、彼すごく心配していて、直ぐにでも見舞いに行くって聞かなかったのを、必ず教えるからって事で、まだ何処の病院かは教えていないのよ」 「ありがとう」 あかりは、先ず瑠璃の状況説明と、色々な心配りに対して素直にお礼を言ったが、自分の事で自分の事では無いような不思議な問題に、どうして良いのか頭を悩ませていた。 「それに、私も今朝まで、あかりが事故以前の記憶が戻って事故以後の記憶が戻っているなんて思っても見なかったから、拓郎君にすればなおさらよ。彼にすれば、パン教室であった頃の事は思い出して、最近の彼の頑張っている所はすっかり忘れているわけでしょう」 「頑張ってって・・・・・」 「あかり、もう一度言うけれど、今のあかりの状況を全部踏まえた上で、彼は本気なのよ。あの時の彼は、本当に頑張っていたのよ。真剣だったのよ」 瑠璃は、いつの間にか一生懸命に彼の事をあかりに伝えていた。何故だか分からないけれど、頑張っていた姿勢をあかりに伝えておきたかったのだ。 そこへ、ずっと黙っていた正行が今回初めて口を挟んできた。 「瑠璃ちゃん、拓郎君と言うのは、最近良くやってきていたオートバイの彼だよね」 拓郎は車を持っておらず、彼の足であるオートバイでいつもやって来ていたのだった。瑠璃の知る限り、正行さんと拓郎君は直接顔を会わせた事は無かったはずである。しかし自分の家の二階に他人が来ていれば、気配なり声でなんとなく知っていたことは十分に考えられた。 「はいそうです。その彼が拓郎君なんです」 「そうか。それなら間違いないね。最近確かに彼はよく来ていたと思うよ」 「お父さん・・・」 正行の言は、瑠璃の言葉が嘘で無い事を裏付ける情報の一つとして、あかりにもたらされた。 「あかり、そういう事なの。どうする?」 「どうするって言われても・・・・、急過ぎるよ」 あかりの立場になって、瑠璃は一応考えてみた。確かに簡単に答えが出せる問題だとは思えないし、戸惑って当然だと思えるけれど、きっと彼ほどまでにあかりを大事に思ってくれる人は出てこない気がしているのは確かだった。 「そんなに困っているんだから、取りあえず、今の状況を説明してみたらどう? だってどう答えるにしても、少なくとも記憶があの事故を境に逆転した事は隠せないでしょう? それを説明すれば、状況は分かってくれると思うし」 「確かにそうだけれど」 「でしょう?」 「ねえ、このまま会わないって言うのはどうかな?」 「あかり〜〜」 瑠璃の目には、あかりが拓郎からではなく、その降って沸いたようなややこしい状況から逃げ様としている事は明らかだった。だからこそ、余計に二人を会わせないといけないと考え始めていた。 そこに、暫くだまって聞き側にまわっていた正行が、あかりに言った。 「返事をすると言って答えなかった事は、確かにお前は覚えていないかもしれない。但しだ。どちらにするにしても、答えると言ったのは、あかり、おまえなんだぞ。相手は何度もお前の為に足を運んでくれていたんだ。頭が混乱して今すぐ答えられないなら、それはそれで良いじゃないか。その事をちゃんと相手に伝えれば良い。とにかく、約束とはそう言うものだぞ」 瑠璃が何とかして伝えたかった事を。正行が的確に伝えてくれた事に、瑠璃は素直に喜び、そして当のあかりが真剣に考え始めていた。その上で、彼女は答えた。 「瑠璃、分かったわ。拓郎君に先ず会ってみる。この病院の事教えてもらって良いかな?」 あかりの発言には、さっぱりとした中にどこか釈然としない気持ちを持ち合わせた上での発言であった様に聞こえた瑠璃だったが、先ずはとにかく、あかりの承諾を受けたのだ。 瑠璃は、直ぐ拓郎に連絡を取った。記憶が逆転した事は告げずに、意識が戻った事と、病院名だけを教えたのだった。 ⇒次はコチラ
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