慈遠の創作小説.

創作小説、活動中。 不定期になりますが、Upしていきたいと思います。宜しくお願いします。

・残された物

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《説明》
 ⇒ある堅物の突然死に、意外な遺品が。
  それで築き上げらた評判が落ちるのだが、実際は違った理由があって・・・
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残された物_3(最終話)

 しかし、一旦村と言う狭いコミュティの中で充満した噂は、容易に鎮火への道へ転がりだす事は無かった。
「敏信ちゃん。あんたの所、大変だね」等と言う村人の中に、道隆の事を慮る気持ちはネズミの糞ほども無く、哀れみとさげずみの気持ちを、遥かに高い所から見下ろす様にして言っているだけなのだ。
(お爺ちゃんは、そんな事ない!)
 敏信は、それのみをエネルギーにしていた。
 そしてそんな中だからこそ、お婆ちゃんを力づけてあげたいと思い、実は昨日祖母が一人で住む様になった家の近くにまで行ったのだが、あと少しで着く所で、たまたま道端で出会った農夫が声をかけてきた。直ぐに無視して走りぬけようと思ったのだが、その農夫が敏信の腕をぐっと捕まえたのだった。毎日農作業をしているので彼を掴んだそれは非常に力強く、走り抜けることを諦めるしかなかった。
「敏信。どうした、婆ちゃんの所に行くのか?」
 その農夫の顔には、気味悪く口角が上がった口が見えた。にやついているのがはっきり見えた。「なあ、敏信・・・」と楽しそうに話しかけてくるのを、敏信は必死になって体をひねりつかまえた腕を切って、一目散に逃げ帰っていたのだった。
(でも今日は違う)
 敏信は強い決意を持って、ギンの元へ急いだ。そして、珍しく誰に声をかけられる事も無く、祖母の家に着く事が出来た。
「お婆ちゃん、遊びに来たよ」
 敏信が遊びに来た事をいつもどおり喜んだギンは、水屋に大事に残してあったかりんとうを出して、熱いお茶を出した。ギンと敏信は特別な話をするわけでもなく、いつもどおりニコニコと笑いながら話をしていた。
 その時、ふと玄関から男性の声が聞こえた。この辺りの人なら、開けっ放しの入り口から「ギンさん、入るよ」と言いながら三和土を歩いてくるのが普通だったから、よそのお客さんが来た事は容易に推測できた。
 敏信が警戒の色を見せる中、ギンはゆるゆると玄関に向かった。そこには、六十前後と思われるスーツを着込んだ紳士が立っていた。背は百六十ぐらいに見えたが、厚い胸板が印象的なその男性は松本と名乗り、以前、道隆が稽古に行っていた柔道場主であると挨拶をした。道場は隣県の県庁所在地にある為、つい先日道隆の訃報を知り、霊前にてお参りをしたくその為にやって来た事を告げた。
 敏信は祖父が柔道をやっていた事など知らずにいたが、ギンはその事を思い出したらしく、来訪に謝し、そして仏壇の前へ松本を誘った。
 松本は流れる様な動きで体を進め、深々と一礼をした後、長い合掌をして何やら語り掛けている様だった。敏信は松本のその動きを、何だか神秘的なものを見ている様な感覚で眺めていた。
「ありがとうございました。道隆も喜んでいると思います」
 ギンはそう言ってから深々と頭を下げ、テーブルの前に置いた座布団のある場所に座るように促し、お茶をうやうやしく進めた。
 松本は改めて自分の紹介をした。正確には、松本の父が勤める道場に道隆が若い頃から通っていて、松本も若い頃は一緒にその道場主から柔道を習っていたらしい。しかし時が流れその道場主も亡くなり、今は父の後を継ぐ形で、彼が道場主になっているとの事だった。そしてつい先日、道隆の訃報を知り、やって来たと言うのだった。そう説明した上で、松本はギンに尋ねた。
「実は、今日伺ったのは大切なお話があって参りました。道隆さんに関わる事です。ですが色々難しい話があり、お孫さんは同席なさらぬほうが・・・・」
 と、暗に、敏信の退席をほのめかした。だがギンは、いいえこの子にも聞かせたほうが良いでしょうと言った。少し心細かったのかもしれないし、敏信を大人として扱ったのかもしれない。いずれにしても、松本は「そうですか」とだけ言って、話を始めた。
「もう四十年近く前の事になります。道隆さんがうちの道場の門を叩かれて、四年ほど経った頃だと思います。道隆さんは父に、借金を頼まれたのです」
「借金ですか・・・・」ギンが慌てて尋ねた。
「あ、いえ、大丈夫です。もうちゃんと返済なさっていますし、今回その事でお金を取りに来たわけではなく、別のお話をしに参りました」
 ゆっくりと話す松本の口調に、ギンの肩がほっとしたのが分かった。
「父は道隆さんにどうしてその様なお金が要るのかと尋ねますと、弟さんがこちらに来て事業をどうして も始めたいと言っているが資金が無く、御自身も用立てる事が出来ない。それで恥を忍んで頼みに来たとおっしゃいました。父は道隆さんの事が大変気に入っておりましたし信頼してもおりましたが、やはりお金の事となると別の事になるのだからと断りましたが、道隆さんは何度も熱心にお願いされ、結局最終的には、道隆さんも保証人になると言う事で、父はお金を貸したのです。時間はかかりましたが、弟さんはお金を完済なさいました。道隆さんご本人はおっしゃいませんでしたが、弟さんが払えない時は、多代わりに払っていらっしゃったように思います」
「そうですか、そんな事があったのですか・・・」
 ギンは冷静に、夫が生前した事を受け入れている様だった。
「そして今日お伺いした真の目的になるのですが」
「はい」と、ギンの目に緊張がはしった。何を言われるのかと身構えるのは当然だった。
「その借金を返済している途中、道隆さんが借金の追加をおっしゃったのです。父は何の為の借金かと尋ねると、弟さんが結婚をするのだがお金が無く式も挙げられないが、せめて指輪を買ってあげたいと思っていると相談されたそうです。しかし道隆さんもお金に余裕があるわけではなかったので、また父に頼まれたと。父は道隆さんの心中を察し、ならばと言って、当時既に亡くなっておりました妻の指輪を貸すと申しました。いつか、息子である私か、孫にでも返してくれればそれで良いと言ったのです」
「そうでしたか」
 ギンは一つ大きなため息をついた。
「実は、二ヶ月ほど前、この手紙を道隆さんから頂いておりました」と言ってから、胸の内ポケットから白色の封書を取り出し、ゆっくりとギンの前に押し出した。そこには、無骨ながら、一目で道隆の字であると分かる宛名書きがなされていた。
「実はこの手紙に、トミさんが亡くなられた旨が書かれていました。それに以前の借金のお礼と、指輪のお礼が書かれていました。道隆さんはご存知のとおり真面目な方で、亡くなる直前、トミさんから指輪を預かっている事と、彼女の四十九日を待って指輪を届ける旨が書かれていました。指輪は父が申したとおり高額なものではありませんが、私にとっては幼い頃亡くした母の形見の様なもので気にしておりました所、道隆さんの訃報を聞きましたものですから・・・。失礼ですが、奥様はこの事、御存知ありませんでしたか?」
 ギンは小さく息を吸い込むと、暫く仏壇を眺めてからゆっくり答えました。
「はい、あの人は何も。でも、あの人らしいと思います。きっと、私に心配させないようにしたのでしょう」
「そうでしたか・・・・・」
 敏信はちらりと祖母の顔を見た。そこには、亡き祖父の隠し事に対する怒りも、秘密を通した事へ淋しさも無く、ただ柔らかい顔をしている様に思えた。
「ところで、指輪は今どちらに?」
 ギンは、これまでの事情を詳しく説目した。その上で、言葉を足した。
「きっとあの人は、その指輪を松本さんの所にもって行く途中、亡くなったのだと思います。限られた人しか知りませんが、山を越えて駅に向かう近道がありますから」
 ギンの説明を聞いた時、敏信は、山道を登る祖父の背中が見えた気がした。そしてその山の上に集まってくる雨雲が左右にさっと割れ、真っ青な空が広がるのが見えたのだ。
(やっぱり、お爺ちゃんだ)
 敏信は、ここ数日、胸の中に広がっていた重石がすっと取れた爽快感を心の底から感じていた。そして、些細な事で長年築き上げてきたものが、あっけなく壊されるこの閉鎖的な村と言う空間の悲しさを思った。
 敏信はそんな事を考えていると、自然に、松本に尋ねていた。
「松本さん。お爺ちゃんは、柔道は強かったのですか?」
 きらきらとした敏信の目を暫くみた松本は、少しはにかんでから答えた。
「僕は結局、十回のうち二回ぐらいしか勝てなかったよ」
 その言葉で、敏信は今すぐにも柔道を習いたいですとまでは言わなかったが、祖父と同じ血がこの細い腕に流れていると言う興奮を熱く感じ、いつかやってみたいなと、ちょっと思い始めていた。



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残された物_2

 道隆がポケットに持っていた指輪には、盗難届けが出されていたのだった。しかも、その届けを出していたのが、なんと、隣に住む道隆の弟の智久だったのだ。
 智久は二ヶ月前に妻トミを亡くしていたのだったが、その葬儀の時、自身が生前買ってやったダイヤの指輪が、妻の指にない事に気がつき、大騒ぎをしていたのだった。
 葬儀の途中だったので、村の年長者達が、葬儀の途中に騒ぎ立てたりせず、先ずはしっかりと妻を送り出すべきだろうと説いたのだった。
 しかし智久と言う人間は、兄道隆と性格が幼少の頃から大きく異なり、何事にも我を通す自己中心的な性格の持ち主だった。しかも、二十で村を飛び出した智久は、二十代後半で材木の卸売りを始め、それが近隣の戦争特需の波に乗り一山当てて、成金を絵に描いたような生活を送る中、会社を息子に譲って老夫婦だけ地元に戻って来ていたのだった。それこそ、村の元気者だった男の凱旋騒ぎは、若者の羨望と、昔を知る年寄りの妬みと失望を一身に受けたものだった。そして大金が、智久の我がままを更に増長させていた。
 そんな智久だったから、参列した村人を呆れさせる中、霊柩車の横にパトカーを並ばせる結果となり、葬儀を途中でやめさせて指輪探しをさせると言う、村内でも初めての仰天葬儀にさせてしまった。そんなドタバタにも関わらず指輪は発見されず、智久は不承不承の顔で盗難届けを出し、そして妻の棺を送り出したのだった。
 そんないわく付の指輪が、なんと二ヵ月も後、しかも兄である道隆の遺体と共に出てきたのだ。写真と一緒に提出されていた指輪だったので警察が確認し、最終的に智久が確認した事で、道隆が持っていたそれは、間違いなくトミの指輪である事が確認できた。
 窃盗犯人を見つけ出した智久だったが、その対象者が既にこの世にいない怒りに加え、相手が事もあろうに兄だった事に怒り心頭した彼は兄の家に乗り込み、そこに残されたギンをつかまえ、故人への悲しみが癒されぬままにいる彼女に、両手で殴りつけるよりも酷い罵詈雑言を浴びせた。その肩が激しく上下するまで言い放つと、あれは家一軒建つものだったのだから、それなりの物を出して謝れと息巻き、そしてとっとと帰って行った。
 ギンは突然の事にただただ驚いていたが、盗難届けが出された物が夫の持ち物の中から出て来た事は間違いないと考え、何一つ申し開きをせずに、黙って智久の暴力的な言葉を全て聞いた。但し、夫がその様な事を絶対にするはずがないと言う思いは、彼女の心の中で全く揺らぐ事は無く、その一念から気持ちをしっかりと持っていたのだった。
 智久の声がよほど大きかったのだろう、両隣に住む夫婦達が、何事かと思いギンの様子を見に玄関前に現れるのと、智久が出て行くの同時で、ばったりと玄関前で顔を合わせた五人だったが、茹蛸の様に顔を真っ赤にして怒りに震えている智久は、挨拶の一言も吐き出さずに、肩を怒らせたまま大股で立ち去っていった。
「なんじゃ、あれは?」と口々に言い合いながら、四人は家の中に入っていった。
「ギンさん、何事だよ? 大丈夫かい?」
「いや、なんでもないでよ。心配かけてしまって、すまんこって」
 四人は、家の外にまで筒抜けになっていたので、今更「何事だよ?」と聞かなくてもわかっている事を、興味の対象として更に聞き出そうとしたのだったが、険しい顔をしているギンの厳しい顔を見ると、それ以上聞く事は出来なくなった。
「しかしあれだね。智久さんも、急に強くなったもんだね。道隆のじっさんが生きていた頃は、兄ちゃん兄ちゃんと頭が上がらなかったのにね」
 場をとりなす様に言う農婦の言葉は、事実だった。財産をなし、経済的に圧倒的な成功を収めて里に戻って来た智久だったが、数年後には倒れそうな古い家にひっそりと住み続ける兄の道隆に対して完全に頭が上がらない様子は、村中の周知の事実だったのだ。
「そだ、そーだ」
 そこに居合わせた誰もが、強く同意の言葉で相槌をうつのだが、ギンはそれに対しても何も言うでもなく、「驚かせてしまってすまなかったね」とゆっくりしゃべってから、しっかりと頭を下げた。やって来た四人は、ほんの少しの情報でも欲しいと思っていたのだったが、ギンの背骨に鉄棒がみっちりと通った様な言葉と雰囲気に圧倒されて、そそくさと立ち去っていった。もちろん彼らは、そのまま家に帰るはずも無く、その新しい噂話のネタを少しでも早く誰かに伝えたいと、いずこかへ駆け足で去って行った。

 ギンも、そして大志はもちろん敏信も何も語らないのに、噂はあっと言う間に広がっていった。
(道隆のじっさんが持っとった指輪、トミさんのだったらしいの)
(なんで弟の嫁の指輪を、道隆のじっさんが持っておったのかの?)
(どうも盗ったんじゃのうて、生前もらっておったらしいの)
(考えてみたら家も隣じゃ。だれも気がつかんて)
(あの、道隆のじっさんがのぅ〜)
 言いたい放題だった。
 生前も、そして葬儀の時も、聖人君子の様に道隆の事を語り、半ば敬うように言いあっていた同じ人間が、道隆がその身に持っていたたった一つの指輪の登場で、好奇な対象に一変してしまったのだ。誰もが、それを楽しんでもいる様に見える程だった。
 敏信は、部屋で一人悔しがっていた。学校から帰る途中、通学路途中にある村の農婦二人に呼び止められ、血縁関係も何も無いその女達から、ギンと智久の間で起こったというその事を聞かされたのだった。 突然の事に驚いている敏信の反応など気遣うはずも無く、農婦の一人が言った。
「あんた、二人の事、何か知っとらんかね? 知っとるやろう。教えてくれんかね」
 敏信が知っているはずも無かった。いや、万が一知っていたしても、体の血が100%興味で出来ている様な二人に、話すはずが無かった。
「僕、知らん。知らんよ。見た事も無い!」
 農婦の見せたイヤラシイ顔に気がつく余裕も無く、敏信はいつの間にか全速力で家まで走り抜けていた。
 そんな事を言いあう村人が、どれだけ理不尽な人間であるかを怒った。数日前あれだけ祖父の事を褒めて、心中から悼んでくれた人が、その同じ口で面白おかしく話している事が、全く理解できなかった。脳裏に浮かぶ村人達の顔に、どろりとした汚らしいものが浮いている様に思えて、気持ち悪くなった。
 そして夕食になり、父母と顔を合わせた敏信だったが、誰もが、一言も道隆の事を話さなかった。道隆の事を話さないのではなく、誰もが何も会話の為に口を開く事無く、ただ黙々と食べ物を体内に入れるためのみに、口を動かしていたのだった。いつも会話が途切れない敏信の家族では、ありえない時間が過ぎ去った。
「ごちそうさま」
 いたたまれなくなって席を立とうとした敏信は、おかわりもせずに席を立とうとした。
「敏信」
 父の声を久しぶりに聞いた気がした敏信は、ちょっと驚いて「え、何?」と呟くように答えた。父は、最近急に背が伸び、その目の位置が高くなった息子と目を見ていたが、「いや、なんでもない」とだけ言った。
(何もないはず、ないじゃないか!)
 敏信はそう思い、初めてそんな不器用な父に、いらっ、としたが、視界に入った母の顔が小さく横に振られているのをみて、何故だか、祖父の事はやっぱり僕達が信じてあげないといけないと思いなおした。

 

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残された物_1

   「残された物」
                    慈遠

 一晩じゅう古い木製の雨戸をばらばらと強く打ち付けていた雨は朝にあがり、分厚い雲の隙間にその姿を見せた太陽が、そろそろと天頂に届こうとしていた。
 だが、築百六十年と言う典型的なその日本家屋の中では、じめじめとした空気が、そこに居合わせた者全てに、そして畳にまでじっとりと染み込ませていた。
「道隆のじっさんは、きっと何処かに避難しておるはずだろうて」
 歩いて五分程の所に住む村の世話好きで、はるさんと呼ばれるこの農婦は、この家の一大事を心配し、身内でもないのだが、昨夜から一睡もせずにその場に控えていた。
 道隆のじっさんとは、この家屋の主である堀田道隆の事である。今年六十八を迎えていた。村の交番に勤務し、その痩身の如くただ真っ直ぐに、そして実直に努め上げての定年を既に迎えていた。何事にも贔屓をせず、その権力を誇示する事も無く、些細な事にも親身になって対応するその姿勢に、村の誰もが、厚い信頼と好感を持っていた。
 定年後は、妻ギンと一緒に土を相手にする生活を始めていた。主に年金を柱にした細々とした生活であったが、道隆もギンもつつましい生活の中に幸せを見つけ、日々ゆるやかに生きていた。
 既に四十四となる息子の太志には一子があり、道隆は十四歳となるその敏信の祖父でもあり、道隆と別居して生活するその敏信にも、非常になつかれていた。
「ばあさん、私達は幸せだね」
 それが、道隆の口癖だった。

 そんな道隆が、昨日、山に山菜を取りに行ってくるとギンに伝え、家を出たのは朝だった。道隆が山菜を取りに行くのは珍しい事ではないし、ギンが手早く作った弁当を持って山に入ったので、戻りは夕方になるだろうと、長く連れ添った妻は想像していた。
 但し、今日は一点において状況がいつもと異なっていた。三時頃から降り出した雨は強い風と厚い雲を更に呼び込み、台風並の大雨へと変って行ったのだった。
 夫が山に慣れている事を承知のギンだったが、さすがに夜の七時を越えて戻らぬ道隆の事を心配し始め、そして日が完全に沈んで辺りが暗くなった八時には、村の顔役である小林の家を訪れ、相談した。
 道隆の人となりを知っている小林だけに、この時間まで戻らないという事実と、地面を這う様な大雨である状況を鑑み、何事かあったのではないかと顔色を変えた。
「ギンさん。私としては、道隆さんを探しに人を出すべきだと思うのだが、何分この時間と大雨では二次災害もありうるので、それもかなわん。すまんが、この雨と日の出を待ってからしか捜索は出来んのじゃ」
 この村に長年住み、小林の言う事も十分理解出来るギンは、明日の朝からお世話ですがお願いしますと言って家に戻るしかなかった。小林の家とはそれほど離れているわけではなかったが、家につくと、彼女の服は下着まで濡れるほどの大雨だった。
 そして連絡を受けていた太志は、妻と敏信を連れ大急ぎで、家主不在となった両親の家へ駆けつけていた。そこにはるさんも現れ、皆が心配の色をその顔に色濃く出しつつ朝を待っていた。
 誰もが一分を十分にも思う夜が過ぎ、そして朝が来た。
 小林は昨夜のうちに村の捜索隊に、朝一番で行動を開始する旨は伝えていたので、捜索は日の出を合図に開始する事が出来た。それに参加者は、道隆に少なからぬ世話になった者が殆どで、だからこそ、しっかり協力したいと言う強い意志が確かにそこにあり、意気が非常に上がっていた。
 そんな捜索隊が道隆を発見したのが、ちょうど昼食の為に隊が戻る直前だった。
 道隆はきつい角度の山道から真下にある沢に降りた岩の陰で、残念ながら息絶えていた。後で分かった事だが、山道には人が滑り落ちた跡があり、更に、そこに残された雨にぐっしょりと濡れた彼の帽子が、それが誰であったかを語っていた。
 道隆はその死体検証の結果、両膝と首を骨折していた事も分かった。岩に強打したのだろう。担当した医師は、滑落した直後に亡くなっていただろうとも伝えた。
 そんなあまりにも突然の事故連絡を、ギンは毅然として聞き、お手数をおかけしましたと気丈に答えた。逆に、太志の妻は慌ててしまい、そのまま倒れこんでしまった。

 小さな村の葬儀は、都会的な洗練された色合いは無いものの、参列者の誰もが故人との縁が深いものが多く、神妙にそして本心から冥福を祈る気持ちは、都会のそれより遥かに強いものがあった。特に道隆は、退職前の仕事柄、多くの人が色々な接点を持って世話になっており、その悲しみをより深く共感していた。
 そして故人の人柄に触れ、「堀田さんは真面目な人だった」「本当に良い人だった」「誰にでも公平だった」「気の優しい人で、色々助けてくれた」等と、賛辞を送っていた。
 道隆が裕福とは縁の遠い生活をし、見方によっては貧しく生きていた事も、彼の様に何事も実直に生きたからこそ素晴らしいと、その苦しく見える生活状況にまで、好感を持って褒め称えていた。
 敏信は、祖父の葬儀に参列しながら、その突然の祖父の死を、未だに信じられずにいた。山の事なら誰よりも詳しく教えてくれた祖父が、その山の中で命を落とすなど、到底信じられる事ではなかった。但しこれだけ多くの人が集まり、そしてついさっき、御棺の中で瞳を閉じた白装束の姿を見ると、これを現実として受け入れなくてはならない事と思わざるをえなかった。
 ――――――だが、悲しいのだ。
 敏信は、辛くて悲しくてたまらなかった。もっと色々な事を教えて欲しかったし、また一緒に、木漏れ日の中を歩きたかったのだ。それが、出来なくなった。何より、『お爺ちゃん』と呼ぶ事が出来なくなった事が、悲しすぎて辛すぎた。
 そして誰もが、その悲しみを自分の中で向き合いながら、葬儀は粛々と進んだ。
 そして誰もが、道隆の人柄と功績を褒め、悼み、心底から残念に思った。
 そして誰もが、自身もその様に生き、この様に皆から見送られたいと思っていた。
 本当に良い式典だった。不慮の事故は確かに痛々しかったが、故人の事を本当に偲ぶ、血の通った素晴らしい葬儀は、静かに終わりを迎えた。
 だがそんな葬儀から僅か二日で、村には噂が駆け回った。小さい村だけに、それは直ぐに村の隅々にまで広がり、朝夕の食事にも、そして昼の休憩時にも、老若男女がそれを一緒に食べ込む様にしてそれを食卓の上の会話として乗せたのであった。
 --------道隆のポケットに指輪があった。
 誰が漏らしか分からないが、限られた人しか知る事が出来ないそれが、誰が漏らしたのかを詮索する人は一人もいなかった。ただとにかく、一円の金も無駄に使わず質素に生活していた道隆が、ダイヤの指輪を胸のポケットに入れていたと言うのだ。しかもそれは、妻の物ではないと言うのだ。
(いったい誰の指輪なのか?)
(何の為に持っていたのだろう?)
(実は、何処かに行っていたのではないか?)
 しかも警察官時代、厳格で通っていた道隆は、悪い者には厳しい態度であたっていたので、悪事を働いたり村人に迷惑をかけたりしていた者達は、厳しくお灸をすえられていたので、ここぞとばかりにその噂話に飛びつき、鬼の首でも取ったかの様にして、風潮して回ったのだった。自分達のやってきた事は棚に上げ、あの堀田道隆と言うじじいは、本当は人を罰する事が出来る様な奴ではないと、声高に叫んでいた。
 この様にして、娯楽が無い閉鎖的な環境である『村』と言う存在の中では、道隆がポケットに残してしまった一個の指輪と言う存在は、彼の存在が無くなってしまったと言うのに、圧倒的な興味の対象として歩き始めてしまった。しかも、それがあの生真面目を取り越して堅物とまで言える道隆が残した物となれば、火勢はいっきに膨れ上がってしまった。
「道隆のじっさん、隣村に愛人を囲っていたらしいで」
「いやいや隠し子の娘がいて、嫁入りが決まったらしく、その祝いの指輪だそうな」
「前々から目をつけていた女がいて、贈りものだったらしいぞ」
 噂は、更に別の噂を呼び、しかも雪だるま式に膨れ上がっていった。さすがに、道隆の遺族が近くにやって来ると、「しっ!」と言ってその会話を無理やり止めるのだが、通り過ぎた彼らの背中が見えると直ぐに、「残された者は哀れだわね〜」と、決して同情とは思えないさげずみの言葉をささやきあっていた。
「父さん、お爺ちゃんの事、本当なの?」
 十四歳になった敏信は、もちろん無条件に祖父の事を信じたい気持ちはあるものの、青年への過渡期にある特有の純粋さから、汚らわしい事に触れたくない潔癖性で、つい我慢しきれずに大志に聞いてしまったのだ。
「敏信。そんな事、誰から聞いたんだ?」
「誰って? みんな話しているよ」
 敏信が少し声を荒げて言い返すと、大志は小さく首を振ってから、諭す様に言った。
「お前、お爺ちゃんがそんな事をする人だと思っているのか?」
「--------ううん、そんな事ないけど」
「人の噂などに惑わされてはいけないよ。家族が信じてあげる事が出来なくてどうするんだ。それに、お父さんは、お爺ちゃんの事を信じているぞ」
 敏信は力強い父の言葉を聞き、小さく頷いた。
「敏信。この事は、お婆ちゃんに言ったり聞いたりしてはだめだぞ」
「うん、分かっている」
 敏信はそう答えてから、自分の部屋に戻った。使い慣れた椅子に体を乱暴に沈め、机の上にある写真楯を見ると、そこには道隆とギンに両肩を抱かれた、小学校入学の時に祖父の家の前で撮った写真があった。敏信はあどけない顔で笑っていたし、考えてみると、その写真楯もこの机も椅子も、道隆が、古いからといらなくなったと言うものをもらってきて、それをリメイクした物ばかりだった。敏信は、どれも大好きな物ばかりだった。
「どうして・・・」
 噂の答えは、翌日、意外な所から沸き上がって来た。



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