慈遠の創作小説.

創作小説、活動中。 不定期になりますが、Upしていきたいと思います。宜しくお願いします。

・しゃぁ〜とる

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全8ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8]

[ 次のページ ]

    七

 菊代は、住み慣れた実家で応接台の前に姿勢良く座っていた。彼女の前には便箋があり、桐の箱があった。
 彼女自身、これが最後の退院になるだろうと自覚していた。亜紀は笑顔でまた何度でも戻って来ましょうねと気を使ってくれていたが、それが無理である事は彼女自身が一番良く理解していた。
 それは亜紀の優しさであり、嫁として十分過ぎる気遣いであると感謝していた。今も、菊代の好物である駅前の老舗和菓子屋に水羊羹を買いに行ってくれていて、家には彼女一人だけだった。
「さてと。やっぱり、むっちゃん驚くわよね」
 菊代に表情には、悲壮感も怨みも怒りも無く、至極穏やかな表情をたたえていた。いやむしろ、イタズラをたくらんでいる童女の顔があった。
 太文字のペンを手に取ると、顔を便箋にぐっと近づけて、大きな文字で書き始めた。それは一文字一文字が大きくて優しくて、生き生きとした文字だった。

封は開いているけれど、今度は見たらだめよ。
でも、ありがとう。

 書きたい事は、菊代の中で山ほどあった。伝えたい事、教えたい事は数え切れないほどあった。自慢したい事、聞いて欲しい事もたくさんあったが、結局二行書き終えるとそれを丁寧にたたみ、別の便箋をそれで包み込むと封筒の中に入れた。桐の箱に入れて紐で結ぶまで、菊代は終始にこにこと笑っていた。
 そして応接台の上に恭しくそれを置くと、ゆっくりと立ち上がった。五体に力を入れてゆっくりと庭に面した窓に向かって歩き出した。窓の向こうには真っ青な空が見えて、木々が僅かに揺れていたが、彼女にはその景色は鮮明には見えない。
 だがその事は、彼女にとって幼き時も、そして昔も今も変らない事だった。
 ゆっくり窓を開けると、心地良い風がそよいでいて、彼女の頬を優しく撫でた。心地良い風は、彼女の所に木々が息づいている証拠を届けてくれた。花だけではなく、木々の葉の匂いも含めた全ての香りだった。
「しゃぁ〜とる」
 嬉しい香りだった。
 藤二の所を離れる時、あの炭焼き小屋の周りに咲いていた花の種を、当時は大切に紙包んで彼女に手渡していた。名前は知らないが、僕の好きな花だからと言っていた。
 娘なら誰でも知っている極ありふれた有名な花だったが、それを知らない藤二を、菊代は本当に彼らしいと思った。
 栄太と生き始めた菊代は、それを人に告げず、静かに庭に蒔いて育ててきた。遠くからは彼女には見えなかったが、この季節が来れば、彼女はこの花を感じる事が出来た。いつも、藤二を感じる事が出来ていた。
「しゃぁ〜とる」
 これまで、過去何度もそう呟いた言葉をもう一度呟いた。
 すると、古い柱時計が三時の時を告げた。時間を考えると、そろそろ亜紀が戻ってくる時間であった。
 菊代はゆっくりと振り返ると、置きっぱなしの桐の箱に向かって歩き出した。それを今から隠す為に・・・・・・である。
 菊代の顔は、女の顔からイタズラ好きの童女の顔に変っていた。

           終わり




これまでのお話はコチラ

==================================================================
 ランキングに登録しました。
 本小説を気に入って頂いた方、下記の(絵じゃなくて)文字クリックして頂けると嬉しいです! 是非。
https://novel.blogmura.com/img/novel125_41.gif
にほんブログ村 小説ブログへ(文字をクリック)

しゃぁ〜とる 第6_6話

 希は小学生のイタズラ娘の顔に戻って、しゅるしゅると箱の紐を引っ張ると、それは簡単にほどけて畳の上に落ちた。あまりのあっけなさに、希のイタズラ心が更に増長され、その勢いのままにさっと蓋を開けさせた。
「手紙?」
 そこには封筒が入っていて、男の立派な文字で、宛名も無くただ『矢野菊代殿』と書かれていた。
 希はその文字を見ただけで、それを誰が書いたものであるのかが分かった。これまで一度も会った事が無いが、今も嫁ぎ先に束を持っている手紙。書き手は藤二さんと。
 その一瞬で、心臓がものすごい勢いで動きだしたのが希には分かった。まるで耳のすぐ下で心臓が伸縮を繰り返しているのではないかと思えるほど、ドクドクと言う音がはっきりと聞こえた。そして箱から取り出して裏を見ると、差出人の所に予想通りの名前が書かれていた。
 改めて表書きを見たが、やはりそこには祖母の名前しかなかった。
「住所が書かれていないのだから、直接・・・?」
 希は一生懸命に、佐伯との会話を思い出していた。確か菊代と藤二さんは一度も再会をしていないはずだから、最後の時の手紙だと言う結論に行き着いた。
 そして結論と共に、さすがに体の動きが停止した。
(やっぱり、これは駄目よね。さすがにね)
 本日最大限の良心の呵責。むむむ、となったのだったが、そこはこれまでのいきさつを知っていて、しかも佐伯に、いや佐伯親子に頼み込まれた経緯がある自分なのだからと言う自己正当化と言う言い訳が見事にその体をもたげてしまった。
 そして封筒の中に指をいれ、中身を取り出した。手紙は三つに折られていたが、その便箋を真新しい一枚の紙が積み込んでいた。
「何かな、これ?」
 希は驚き半分、猜疑心半分でそれを開けると、そこには祖母の字があった。
 それに目を通し終えた希は、驚きの表情で顔を固めたまましばらくの間、指一本動かせずにいた。
 事態があまりにも一気に動き過ぎて、やや瞳孔が開いたまま硬直していた彼女が目に光りを取り戻すのに更に時間を要した。だが一度強く瞬きをすると、体全体に力が入り、動く事が出来るようになった。
 その後は無言のまま、取り出した便箋だけを封筒に戻し、そして箱に入れたうえで元通りに紐をしっかりと今度は硬結びにした。
「ごめんなさい」
 まるで、その桐の箱が菊代でもあるかのように恭しく、深々と頭を下げて希は謝った。そして、明日必ず棺の中に入れるからと強く約束した。







==================================================================
 ランキングに登録しました。
 本小説を気に入って頂いた方、下記の(絵じゃなくて)文字クリックして頂けると嬉しいです! 是非。
https://novel.blogmura.com/img/novel125_41.gif
にほんブログ村 小説ブログへ(文字をクリック)

しゃぁ〜とる 第6_5話

   手紙

 お使い。
 お婆ちゃんの箪笥、下から二番目の引き出しには着物が入っていますが、その奥に桐の箱があります。二十センチぐらいの小さな箱です。それをお婆ちゃんの棺の中に一緒に入れて下さい。お婆ちゃんの大事な物なので、一緒に持って行きたいの。宜しくおねがいします。

            お婆ちゃんより

「オッケー、お婆ちゃん」
 もっと複雑で大変な事かもと思っていた希だったが、全く問題なかった。
「いいよ!」
 窓越しに見上げた空には幾つか星が見えていて、彼女はそこにそう答えて椅子から立ち上がった。
 部屋に戻ると、心配そうにしている母に手紙を見せ、直ぐ戻ってくるかと言って葬儀社を後にした。母はホッとしたらしく、財布からタクシー代と言って五千円を渡しながら、ついでに翌日に着る喪服一式を一緒に持ってきてと頼んで彼女を送り出した。
 実家はひっそりとしていた。
 今は祖母と母が二人で住んでいたこの家に、祖母はもう帰る事は無く、母は通夜の為に家を空けていて誰もいないのだから当然だったが、人のいない家の淋しさが肌を通して分かるほど悲しいものがあった。
「ただいま」
 つい習慣でそう言ってしまう希だったが、もちろん返事は無い。薄暗闇の中、慣れた手つきで照明をオンにしてから希は靴を脱ぎ、希は菊代の指定した箪笥の前に移動して両膝をついた。
「二段目・二段目」
 呟きながら引き出しを手前に引き開けると、確かにそこには綺麗にたたみ込んだ着物があった。それだけでは良く見えなかったが、二十センチほど後ろに移動して更に引き出しを開けると、引き出しの一番奥に桐の箱の一部が見えた。
「これね、きっと」
 上に重ねて見えにくくしてあった着物を避けて箱を取り出すと、それは古めかしいものの、綺麗に磨かれた桐の箱で、手に取ると人が大切に触った事が想像される温もりが感じられた。
(お婆ちゃんの大事なものなんだ)
それが容易に想像できる姿が今彼女の手の中にあり、そして桐の箱には紐が一重に巻かれているものの、簡単な蝶々むすびだけだった。
えっと・・・・。
 希の心に、ふとその箱の中身が何であるかが気になった。一度気になってしまうと、開けて何であるかを知りたいと言う気持ちがむくむくと湧きあがった。一度そうなってしまうと、幼少の頃からずっと、孫のイタズラを許してくれていた菊代の笑顔と優しさが思い出されてしまった。
(あ、でも駄目)
良心が小さく湧き上がったが、本当に見せたくないのならもっとしっかり見せないようにしてあるはずだと自分勝手の解釈が頭をもたげ、僅かな良心など一蹴してしまった。
「いいの、いいの」






==================================================================
 ランキングに登録しました。
 本小説を気に入って頂いた方、下記の(絵じゃなくて)文字クリックして頂けると嬉しいです! 是非。
https://novel.blogmura.com/img/novel125_41.gif
にほんブログ村 小説ブログへ(文字をクリック)

しゃぁ〜とる 第6_4話

 希の所に亜紀から電話が入ったのは、正月帰省をして嫁ぎ先に戻った僅か二日後だった。
「どうしたのお母さん。一昨日そっちから戻ったばかりじゃない」
「むっちゃん、落ち着いて聞くのよ。いい?」
 明るい希の声と対照的に、亜紀の声は低く脆さを感じさせるものだったが、ゆっくりとした口調で菊代の死を告げた。
 あれだけの癌を体中に抱えていながら、明けがた容態が一気に激変し、すっと嘘の様に亡くなったとの事だった。きつかったはずだが、その死に顔に苦悶は無く、どこか開放された面持ちだったと付け加えた。
 葬儀は身内だけのひっそりとしたもので、葬儀社の一番小さな部屋で粛々と執り行われた。
 通夜の席で、亜紀は希と二人きりになった時、一通の手紙を手渡した。
「お母さん、これ何?」
「お婆ちゃんから頼まれていたの。もし亡くなったら、通夜の時にむっちゃんに渡してって」
「私に? 遺書ってことなのかな?」
「良く分からないわ。でもこれだけは絶対に頼むからって強く念を押されたのよ。あなたに必ず通夜の時に読む様に伝えてって」
 二人は見詰め合って、菊代の意図を捜したが、当然二人にその答えが分かるはずは無かった。はっきりしている事は、菊代の遺言どおりに、希が手紙の中身を読めばはっきりすると言う事だった。
「ちょっと読んでくるね」
 亜紀としてもその手紙の中身が気になるところだったが、「ええそうね」とだけ言葉をかけて、希を送り出した。
 葬儀社の廊下の一番奥に自販機があり、カーテンの無い窓の向こうの真っ暗な世界と対照的に、告用の蛍光灯が明々と光っていて、そこだけが暗闇に浮かんでいるように見えた。希はその光りに呼び込まれるように近寄り、横に置いてある丸椅子に腰をおろし、改めて祖母の残した手紙と向き合った。
(なんだろう?)
 希には、本当に全く想像がつかなかった。
 やや小首をかしげたまま改めて手紙の表書きを見ると、大きく分かりやすい字で、矢野希様と書かれていた。思い返してみると、祖母にむっちゃん以外の呼称で呼ばれたのは初めてで、何だか本当に祖母が遠くに行ってしまったのだなと思ってしまった。
 封筒の中には綺麗に三つに折られた便箋が入っていて、さっと手に取っただけでも8枚ぐらいはありそうだったが、縦に開いてみると、菊代らしい大きな文字がゆったりと書き綴られていた。
 表書きと一変し、手紙は「むっちゃんへ」といつもどおりの砕けた書き方で文章が書かれていた。
 そこには明るい感じで、しかし丁寧に、なんどもお見舞いに来てくれた事に対するお礼の言葉が並んでいた。おちゃめに、わずかであるが最後のお使いをお願いしたく、お小遣いの保管場所が書かれていた。
「お使い?」
 希は思い出していた。彼女が小さい頃から、よく希に簡単なお願いをしてお小遣いをくれていた事を。三十歳になったいまでも、菊代にとっては小さな孫娘なのだなとこそばゆくもある瞬間でもあったが、やはりそのお使いはなんだろうという思いをかかえたまま、希は手紙を読み続けた。








==================================================================
 ランキングに登録しました。
 本小説を気に入って頂いた方、下記の(絵じゃなくて)文字クリックして頂けると嬉しいです! 是非。
https://novel.blogmura.com/img/novel125_41.gif
にほんブログ村 小説ブログへ(文字をクリック)

しゃぁ〜とる 第6_3話

 それに子供の成長する中でのちょっとした出来事等が、何かしら世間とずれている様に感じられる時が何度かあったが、それは将来を予想しての手紙であれば当然の事と言えた。
 仮定が確信に変った時、考えたくは無かったが、認めなくてはならない事実があった。
 
 ------藤二が既にこの世にいない

 そうなのでしょう。そう思うしかないのでしょうとは、本当は信じたくは無かった。でも、事実に違いないと結論に至った。
 ただただ悲しかった。泣きたくて泣きたくて、気持ちとしては、声を上げて泣きたいはずなのに、涙は菊代の体かいつの間にか干上がってしまっていたようだった。
 やや冷静になった時、藤二が本当はいつ亡くなったのかしらと言う思いが膨らんだが、全く分からなかった。想像もつかなかったが、彼が亡くなっている事実に比べれば、それは霞んでしまうほどの事だった。
 更には、やはり何故希がと言う思いもあったが、きっとそれには理由があるからこそあの優しい子が受け入れたはずだと言う考えに落ち着いた。自身の死期を楯に孫娘に白状を求める事もちらりと脳裏を掠めたが、それは彼女に対しても、そして藤二に対して卑怯である気がして、実行は取りやめた。
 悶々とするこれら一連の流れが一気に菊代の中で広がったが、それもゆっくりと押し包まれていった。それは暖かく大きな思いだった。つまり、藤二の気持ちだった。手段はどうであれ、根幹として大きく存在するのは、藤二が何十年分の手紙を準備してくれていた事。
(何の為に?)
 自答していて、その行為が恥ずかしく思えるほど答えは単純だった。菊代の事を思って、気を使って、そして心配したからこそそんな事を書いてくれたのだと。あの真っ直ぐで優しい人は、本当に優しい人だったと気持ちが震えた。
 すると、いつの間にか泣き声も上げずに、頬を涙がつたっていた。枯れたはずだったのではと気持ちが焦ったが、指の腹で頬を撫でると、確かにそこには涙があった。辛くても悲しくても泣けなかったのに、嬉しくて泣いていたのだった。
 そして菊代は呟いていた。
「本当にありがとうございました」
 と。
 ぽつりと。







==================================================================
 ランキングに登録しました。
 本小説を気に入って頂いた方、下記の(絵じゃなくて)文字クリックして頂けると嬉しいです! 是非。
https://novel.blogmura.com/img/novel125_41.gif
にほんブログ村 小説ブログへ(文字をクリック)

全8ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8]

[ 次のページ ]


.
Jio_novel
Jio_novel
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!
お肉、魚介、お米、おせちまで
おすすめ特産品がランキングで選べる
ふるさと納税サイト『さとふる』

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事