慈遠の創作小説.

創作小説、活動中。 不定期になりますが、Upしていきたいと思います。宜しくお願いします。

・みあげる檜の下で

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《説明》
 ⇒九州を舞台に展開する、ある女性のお話です。
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 お墓は、大檜からそれほど離れていない所にありました。
 木内さんが墓の前にしゃがみ、そして合掌してから、私達に無言のまま手の動きだけですすめてから、去っていかれました。
 私達は持ってきた花束をお墓に供え、線香に火を点け合掌しました。
 随分長い間合掌していたのですが、目を開けると、お婆ちゃんはまだ合掌の姿勢のまま、なかば固まった様にして祈り続けていました。
 きっと、思う事や伝えたい事が沢山あったのでしょう。
 私は静かに立ち上がり、お婆ちゃんが祈り終わるのを待っていました。暫らくして合掌の姿勢をとき、お婆ちゃんは立ち上がりました。
 お墓参りをしてほっとしたのか、お婆ちゃんはよろめき、そしてその場に座り込んでしまいました。
「お婆ちゃん、大丈夫?」
「はは。お婆ちゃんも歳だね」
「お婆ちゃん、少し休んだほうが良いよ」
 大檜の影で、腰掛けるのにちょうどいい石があり、そこにお婆ちゃんを腰掛けさせました。ちょうど、英一郎さんの墓と向かい合う形で、お婆ちゃんは腰を下ろしました。
 お婆ちゃんが休んでいる間、ふらりと墓の裏手に回りました。そこから、墓の中に眠る人の名前が刻まれてあるのが見えました。そして、その中に、確かに英一郎さんの名前が有りました。
『木内英一郎 三十三歳』
(三十三歳?)
 そしてその行には、昭和三十年と今から五十年前の日付が記されていました。
(お爺ちゃんがついた嘘って・・・・)

 私は、黙って墓の前に回り出ました。
 今まで興奮してたから分からなかったかもしれないけれど、うだるくらい暑かったのに、この大檜の下では木が風を呼ぶようで、心地良い風が両頬を撫でて通り過ぎるのが分かりました。
 見上げた大久保の大檜は、お婆ちゃんと英一郎さんのお墓を見守るようにそびえていました。無数にある枝と葉の間から、真っ青な空が見えました。
「お婆ちゃん。英一郎さんとゆっくり話してて。私、少し歩いてくるから」
 スニーカーに柔らかい土が食い込む土の上を、木々の匂いを嗅ぎながら歩き始めました。
 そして広島に帰ったら、お爺ちゃんのお墓参りにお婆ちゃんを連れて行こうと思いました。

      --- 完 ---








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 私はお婆ちゃんの両肩を後ろから包み込んで、話し始めました。
「祖父は・・・・、覚えていらっしゃるか分かりませんが、あの時木内さんと英一郎ともみ合っていた、坂田次郎さんです」
「ああ、あの時の。何となく覚えています」
「祖父は亡くなる直前に、祖母にその事実を話しました。祖母は、息子である父にも話さず、一番近しい距離に居た私にだけ話してくれました。知らぬ事として五十年近くを生きてきた祖母ですが、それを思い出し、そして祖父が残した言葉を叶える為に、ここにやってきました。
 正直に申し上げて、お身内の方にお会いするとは思っていませんでした。ただ、英一郎さんが眠るお墓にお参りできればと思い、やってきたのです。心中穏やかではないかもしれませんが、英一郎さんの墓前で手を合わせることを許して頂けないでしょうか」
「・・・・・・・」
「お願いします」
 何かを悩み、考える顔がそこにありました。でも、私は必死でした。お婆ちゃんの為、そして亡くなったお爺ちゃんの為に。
(お爺ちゃんお願い。力を貸して・・・・・)
「お願いします」
 気が付けば、私は頭を下げていました。つられる様に、お婆ちゃんと一緒に。
「分かりました。今年は、ちょうどあの日から五十年。父がお二人を呼んだのかもしれません。こちらへ」
 背を向けて歩き出した木内さんに、私はありがとう御座いますと言いながら何度も頭を下げました。そして、お婆ちゃんの手を取り、お墓まで付いて行きました。







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 そして、お爺ちゃんの葬儀があり、二年後の夏、私はお婆ちゃんを連れて宮崎県の椎葉を訪れていました。
 そして、お婆ちゃんが英一郎さんと呼びかけた初対面のおじさんから、お婆ちゃん事を『溝口智子さん・・・・・ですか?』と言われたのでした。
 本当に驚いてしまいました。

「ど、どうして、お婆ちゃんの名前を・・・・」
「やはり、溝口智子さんのお孫さんでしたか」
「え! ええ・・・」
「私は、木内勇次と言います。木内英一郎、旧姓、鳥越英一郎の息子です」
「英一郎さんの・・・・」
 私とお婆ちゃんの声は同時に発せられました。
「以前。・・・・と言っても、私が子供の頃です。あの時。そう、あの博多駅に、実は私もいたのです。母の後ろに。その時、私は溝口智子さんを見ていましたから。見ていた時間は短かったですが、強烈なインパクトでしたから、顔をはっきりと覚えていました。でも、もし溝口さんがお一人だけで、今のお姿でここにいらしていたら、私は分からなかったと思います。ただ、こちらのお孫さんが、あの時の溝口智子さんにそっくりでしたから、分かったのです」
「私が祖母の若い時に似ていると・・・・」
「ええ。とても」
 そう言った木内勇次さんの表情から、何を私達に思っているかを読取る事は出来ませんでした。お婆ちゃんの事を、怒っているかもしれないし、敵のように思っているかもしれないし。塩を撒かれて追い払われるかもしれないし・・・・。
「ご家族には、多大なご迷惑をかけてしまって・・・・、申し訳なく・・・・・・」
 気が付くと、私の横にいたはずのお婆ちゃんが前に進み出て、深々と頭を下げていたのでした。
「思い出されたのですか? 記憶喪失になられたと聞いていましたが」
「その事もご存知だったのですか?」
「風の噂で・・・・」
 人は、記憶を無くす事も有れば、ひょんな事を知る事もあるのだと思いました。
「祖母は記憶を無くして生きてきました。でも、祖父が亡くなる直前まで、あの事以前の記憶が全く無かったのです」
「そうでしたか・・・・。とにかく、先ずは頭を上げて下さい」
 お婆ちゃんは、それでも黙ったまま頭を下げ続けていました。
「溝口さん、頭を上げて下さい。もう、五十年も昔の話です。当時なら力ずくで追い払っていたかもしれませんが、私もいい年をした男になっています。ここに来られるまで、どれほど悩まれたかを想像できる分別ももっております。ですから、先ずは頭を上げて下さい」
 無言で頭を上げたお婆ちゃんの目には、涙が溢れていました。






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 私は、お婆ちゃんの話しを聞きながら、お爺ちゃんが元気な頃の姿を思い出していました。
 お婆ちゃんと、とっても仲の良い時の姿を。
 私の頭を優しく撫でてくれた手の暖かさを。
 お菓子を食べさせてくれた時の顔を。
 転んで泣いた私を抱っこしてくれた事を。
 両親と一緒に遊びに行った帰り、お婆ちゃんと二人並んでバイバイする小さな体を。

 それから暫らくして、お爺ちゃんは息を引き取りました。
 本当は医者がさじを投げる程重い状態から奇跡的に言葉を取り戻し、そしてお婆ちゃんに色々な事を伝えた最後でした。
 そして自分の代わりに、一度で良いから数年前亡くなったと聞いている英一郎さんの墓参りをしてもらえないだろうかと、お婆ちゃんに頼んでいたのでした。
 そんなお爺ちゃんが亡くなる数日前、たまたまお爺ちゃんと病室に私と二人きりになる時間がありました。
「ねぇお爺ちゃん。お爺ちゃんって凄いね。私尊敬しちゃう」
「そんな事はないさ」
「いいえ、凄いと思う。私ね、お爺ちゃんみたいな旦那さん見つけたいの」
「ちーちゃんはいい娘だから、すてきな旦那さんにめぐり逢えるさ」
冗談でも、私は本当に嬉しかった。だって、大好きで尊敬するお爺ちゃんの言葉だから。
 そして、思い切って、一つだけ質問した事がありました。
「お爺ちゃん。お婆ちゃんに嘘ついた事ある?」
「・・・・・」
 お爺ちゃんは、何かしら思いを巡らせながら黙っていたように思えましたが、ふと、話してくれました。
「本当の事を言うと、一個だけ、お婆ちゃんに嘘をついている事があってね」
「そうなの?」
「ああ。でも、それは教えないよ」
「お婆ちゃんに言わないから教えてぇ」
「ちーちゃんでもだめ。秘密だからね」
 その後何度尋ねても、お爺ちゃんは何も話してくれませんでした。
 それが、私とお爺ちゃんの最後の会話となりました。






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「それだけじゃないと思うよ、私」
(お爺ちゃんは、きっとお婆ちゃんの事が本当に好きだった。先輩の彼女であるお婆ちゃんの事を)
「ありがとうね」
お婆ちゃんは、少し笑っていた。私の意図を読み取って、恥かしかったのかもしれないし、誇らしかったのかも。
「でも、博多駅のことを思い出した時は辛かったでしょう。だって、英一郎さんは事故に遭われて・・・・・」
「それが違ったの」
「え、何が?」
「実は、英一郎さんは亡くなってなかったの。確かにホームに落ちたけれど、落ちた勢いで、線路の向こう側に転がったらしいの。だから、軽い怪我で済んだって」
「じゃあ、英一郎さんは死んでなかったのね。でも、だったら・・・」
「助かりはしたけれど、あれはあれで大変な事件として、当時新聞やTVに取り上げられたらしいの。それに、私も記憶喪失になっていたし、その上寝たきりでしょう。世間的にも、とても英一郎さんと私が一緒になる事は出来なかったって。そう、お爺さんから聞いたの」
「そうなの・・・」
「そして英一郎さんは仕事は首にされて、仕方なく宮崎に帰って行ったそうよ。次郎さんも責任を感じて、会社を辞めて・・・・。 もちろん、私も首にされたのよ。だって、色恋沙汰で新聞を賑わせたし、記憶を無くして入院している人間を雇ったままにしてくれる会社なんて無いからね」
「冷たいのね」
「ちーちゃん、娑婆とは、そう言う面もあるのよ」
「うん・・・」
 人生経験の浅い学生の私には、知らない事が多いのが世の中だなって思えました。
「でも、どうやってお婆ちゃんは、お爺ちゃんの所に引き取られたの?」
「次郎さんが私を引き取る前、つまり入院中にね、佐賀の実家まで行ってくれたらしいの。引き取りますって事を伝えにね」
「え?次郎さんは、佐賀のお婆ちゃんの実家をどうやって知ったの?」
「実はね、一番上の妹とだけは、福岡に来てからも連絡を取っていたの。年に数回だけの手紙のやり取りだけだったけどね。入院していた私の代わりに、次郎さんが寮の引き払いとかやってくれて・・・・。その時、手紙を見つけて知ったらしいの。その手紙だけを頼りに実家に行ったのね。でも、記憶を無くして廃人の様に寝たきりになっている私の事など知らないって。 ・・・・・捨てられたのね。私の実家を後にする時、私の父親が言ったらしいの。私の事は、あんたが好きにして構わないって。そんな酷い事言われても、お爺ちゃんは私を必ず幸せにしますとだけ言ったらしいの・・・・」
「お爺ちゃんって凄いのね」
「そうね。福岡に戻ってきたおじいちゃんは、寝たきりのままの私を連れて、実家の広島に連れて帰ったの。そのあたりの事は詳しくは話してくれないけれど、きっと沢山苦労したと思うの。私は意識がしっかりしてからの新しい記憶があるけれど、寝たきりの時期は、記憶が無いから・・・・」






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