慈遠の創作小説.

創作小説、活動中。 不定期になりますが、Upしていきたいと思います。宜しくお願いします。

・残された気持ち、託された言葉

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《説明》
 ⇒ある事件。親友とそして、その親友の彼女に
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 最初、どうして『二人』なのかが分からなかったが、健二は自分の身に何かが起こったら、朱美さんと産まれて来る赤ちゃんの事を頼むと言ったのだ。
「失礼ですが、お名前は何とおっしゃるのですか?」
「ごめんなさい、自己紹介もしないまま・・・・・。私、坂下秋実と申します」
 名前を聞いてはっとした。
「アキミさんですか」
「ええ、アキミです」
 彼女はそう答えてから、軽く頭を下げた。
(朱美さんと、アキミさんか・・・)。
 健二は偶然隣に居合わせたこの女性に、朱美さんの未来の姿を見たのかもしれない。そして、何が何でもこの女性とお腹の赤ちゃんを守ると決めたのだろう。
「それで、あの・・・・・・。ちょっとお願いしたい事がございまして」
「私にですか?」
 このタイミングでお願い事をされるとは、全く思っていなかっただけに驚かされた。
「ええ。実はこれを広谷さんの御身内の方にお渡しして頂きたくて・・・」
 と言って、坂下さんはちょうど封筒程の大きさで綺麗に包まれた包みを、私の前に差し出した。とても大切そうに。
(謝礼なのだろうか?)
 私は一瞬、尋ねるべきかどうか躊躇したが、敢えて尋ねた。
「この中身は?」
 彼女は、はっきりとした口調で答えてくれた。
「中身はハンカチです。実はあの時、広谷さんが席を立たれる時ですが、私に『無くさないで下さい』と言って、手渡されたのです」
「『無くさないで下さい』・・・・・、ですか?」
(使って下さいでもなく、あげますでもなく?)
 俺は健二の言葉の使い方に疑問を頂いた。
「ええ、間違いないと思います。無くさないで下さいと。だから、私絶対捨ててはいけないと思っていましたから」
「そうでしたか」
「あの時は、私も何が何だか分らず、断る事も出来ずに受け取ってしまったのです」
 今思い出しても、確かにあの状況では俺だって同じ事を言われれば、断る事は出来ないだろう。
「でもやはりこれは、どなたか御身内の方にお返しすべきだと考え直しまして。でもどなたにお渡しすべきか迷ってしまい、とにかく森さんにお願いすべきだと思ったのです。申し訳ありませんが森さんから、しかるべき人にお渡し願えませんか?」
 俺には、断る理由が無かった。
「それでは、確かにお預かり致します。このハンカチは、私が責任を持って、しかるべき人に必ず御渡し致します」
「ありがとうございます。本当にありがとうございます」
 彼女は何に対して感謝して、何に対してホッとしたのか分らなかったが、私を見つめる二つの目から、今にも涙かあふれようとしているのが分かった。
 彼女は改めてお礼を言ってから、出口に向って歩いて行った。
 彼女の歩く先に、こちらを見守るようにして立っている男性がいるのが分かった。私の視線に気が付いたようで、その男性は私に向かって最敬礼をした。きっとアキミさんのご主人だろうと思った。彼女がその男性の所に歩き付いた時、改めて二人一緒にこちらを見て、同じタイミングで頭を下げた。
(健二は、あの家族を守ったんだな。
 なんて凄い奴なんだろう)
 あいつは、この世に生きていた足跡をこの世にはっきりと残したとも言えるだろう。
 そして俺は・・・・・。

 俺は、二人を見送っていた。出口の外に見えなくなる時、二人は改めて振り返り、揃って俺に頭を下げてくれたのが見えた。もちろん俺じゃなく、健二に対してお礼を言ったのだろうけれど。
 俺はアキミさんから渡された包みを右手に持ったまま、会場に戻る為に歩き始めた。
 先ずは三人の所に戻ろうと。
 そして、しっかりと三人に誤ろうと。
 それから、健二が何故あの時あんな事をしたかを教えようと。あいつは3人の家族を、いや、あの時バスに乗っていた全ての人を、そして朱美さんと新しい命を守ったのだと。

 そして、この預かったハンカチを誰に渡すかは、包みを手渡された瞬間に決めていた。


                             完



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 しばらく歩いていると、出口の所で私を見ている女性がいる事に気が付いた。最初、見間違いかも知れないと思ったのだが、明らかに私を見つめていた。記憶の糸を一生懸命に辿ったが、その顔が誰なのかを、どうしても思い出せなかった。
 俺が彼女の存在に気がついたのが分かったからか、その女性はゆっくりと私の所に向って歩き始めた。そして目の前に来て、立ち止まった。それから、ゆっくりと頭を下げた。私は、いったいこの見知らぬ女性が何をしたいのかが、全く分からなかった。
 顔をあげて、目の前に表れたその顔を至近距離で見てもなお、俺はその女性の名前を思い出す事が出来なかった。
「失礼ですが・・・」
「私、あのバスの事件の時に、広谷健二さんの横に座っていた者です。覚えていらっしゃいますか?」
 彼女はゆっくりと答えた。
 私は健二の横にいた女性の顔など全く覚えていなかったが、お腹の大きな妊婦さんである事だけは覚えていた。ゆったりしたつくりの喪服の下には、確かに大きなお腹である事が分った。
「ああ、あの時の・・・」
 という言葉は私の口から自然と発せられたが、次の言葉が出てこなかった。その女性がいったい俺に何の用があるのかと、少し警戒した。だが、新手のレポーターでも無いように思えた。
「それで・・・・」
 彼女は一瞬暗い顔をした。しかしその後、ポツリポツリと話し始めた。
「失礼ですけど、森真治さんですよね。広谷健二さんのご友人の」
「はい、そうです。でも、どうして俺の名を?」
「あの日病院の廊下で、警察の人が色々聞いていたでしょう。たまたま隣にいて、森さんが自分のお名前を答えられた時、横にいて偶然に聞こえてしまったものですから。勝手に覚えていて。はい。すみません・・・・・」
「ああ・・・」
 俺は、彼女が俺の事を何故知っていたのかが理解できた。
 だが、目の前で話にくそうにしている女性の意図が、俺には全く分からなかった。次の言葉を促すように、
「あの-----、それでどういった御用件で?」
 俺は出来るだけ困惑の意志を表情に表さないようにして、尋ねた。
 彼女は何かを躊躇っているようで、開けかけた唇を、一旦閉じた。
「失礼ですけど、何か私に御用がおありのようですが・・・・」
 俺はじれてしまい、ファーストフードで何を買っていいのか決めかねているお客をあしらう店員のような口調で、丁寧かつうるさげに聞いてしまった。
 彼女は一瞬私の目を見ては、視線を足元に落とした。だが、やっと吹っ切れたようで、ゆっくりと顔を上げ、そして話し始めた。
「あの日広谷さんは、もし隣に座っている人が妊婦ではなかったら・・・・。つまり私でなかったら、こんな事にはならなかったと思って。それがどうしも申し訳なくて・・・」
「え?」
 私は彼女が何を言っているのか、意味がさっぱり分らなかった。
「あの事件の日。森さんも覚えていらっしゃると思いますが、広谷さんが偶然にも私の横にお座りになりました。あの事件が起こる直前まで、広谷健二さんは、私のお腹の事を色々と尋ねていらっしゃいました。予定日はいつですかとか、妊娠中に大変な事はありませんかとか、不安な事はありませんかとか」
「健二はそんな事を聞いていたのですか?」
 俺と健二の席の間に通路があった事と、何より半分居眠りをしていた事もあって、二人の声は聞えていなかった。それにあの人見知りする健二が、初対面の女性にそんな個人的な事を聞いていたなんて想像できなかったし、全く知らなかった。ただ何となくだったが、健二が隣の女性と話していた事は、記憶の断片として残っていた。
「はい。広谷さんは、妊婦である私に大変興味がおありだったようで」
「そうですか。それは知りませんでした」
 俺は正直驚いていた。
 確か健二は、そう言った事には興味は無かったはずだ。でもそれは、俺にとって、今から聞く事に比べれば、試合開始直後の些細なジャブでしかなかった。
「だって広谷さん、お父さんになられるはずだったのですよね?」
 私の思考が固まった。まさに、「え!」であった。
 彼女からの言葉は、質問ではなく確認として発っせられていた。思わず硬直してしまった俺の表情に気付いてか、
「え? ご存知ではなかったのですか?」
「いや-----。いえいえ、もちろん知っていましたよ」
 俺は慌てて、その場を取り繕った。
「ですよね。だから広谷さんはすごく熱心に、色々な事を質問されていました。そして何度も何度も『お 体大事にして下さいね』とおっしゃったんです」
「そうだったのですか・・・・」
 と機械的に俺は相槌を打ちながら、朱美さんが健二の子供を身ごもっていた事を考えていた。もちろん結婚を目前にした二人の間に、そう言ったことが起こりうることは理解できる話だった。だが、そんなに大事な事を、健二が俺に黙っていた事に驚いていた。
 健二はこれまでに、いつでも色々な事を俺に相談してきた。
 振られた女性の事はもちろん、加入する生命保険の事や、どのスノボーを買うと良いだろうかといったちょっとした内容まで相談するやつだった。今思うと滑稽だが、俺は健二のことを百二十%知っていると思っていた。だからこそ、この秘密には心底驚いた。
「そしてあの事件が起こりました。バスの中であの犯人が凶行に及んだ時、広谷さんは右のこぶしを握り締めて、左の手のひらを何度も打ちつけながら、酷く怖い顔をしていました」
「酷く怖い顔ですか?」
「ええ、酷く怖いと言うより、怒っていると言った方が正確かもしれません。もちろん私は、あの凶悪犯に対して怯えていましたけど、広谷さんは何か聞き取れない声でぶつぶつとつぶやきながら、手を打ちつづけていたのは間違いないと思います」
「あいつは、優しさが服を着たような男でした。健二が怒ったなんて事は、今まで記憶にありません」
「優しそうな人だなって、私も思いました。でもあの時は、本当に怒っていたように見えました」
 俺は黙って頷いて、彼女の次の言葉を待った。
「そして広谷さんは、急にとても優しい顔に一変をして、『体、大事にしてくださいね。そして、可愛らしい赤ちゃんを』とおっしゃってから、立ち上がりました。そして、森さんに何かをおっしゃったように思いましたが・・・・・。その後は・・・・」
 私は彼女の言葉を聞いて、健二が最後に言った

 『真治、二人の事頼む』
と言った意味がやっと分った。



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 通路を歩く時、例のおっさんの横を通った。
「おい、何の真似だ。今更謝っても遅いんだぞ」
 椅子に腰掛けているおっさんを見ると、視線が見下げる格好になった。にらみ合うかたちになってしまい、俺は足を止めた。
「今は、健二の死を悼めませんか?」
「何だと。この、人殺しが」
 会場が、一瞬にして『ざわっ』としたのが分かった。皆、俺とこのおっさんの会話に注目していてから尚更だった。
(人殺し・・・・)
「俺は・・・・・」
 言いかけて、俺は通路を歩き始めた。
「話は終わってないんだぞ!」
 背中に浴びせ掛ける言葉を無視しつつ、俺は歩いた。
 先程まで立って居た壁際の位置に戻ったが、そこは俺の指定席のように、だれにも奪われてはいなかった。むしろ、誰も近寄ろうとしなかった結果なのかもしれないが。
 壁に背中から寄りかかりて、俺は逆側の壁を見た。
 そこには先ほどまでと全く同じ姿勢のまま、斎藤さんが立っていた。その時、彼女の視線がたまたま俺と合った。彼女は軽く頭を下げたのが見えた。先ほど、俺が健二の焼香をしたからだろうか。もしくは、遺影を長い間見つめていた姿勢に対して、何か感じたからだろうか。彼女が頷いた真意は良く分からなかったが、この数メートル離れた距離で、俺は彼女と少しだけ話せた気がした。なんとなくだけど・・・・。
 祭壇の横では、いつもにも増して低姿勢のおじさんとおばさんの姿が見えた。
 二人は、今何を思っているのだろう。心の底から、お悔やみを言いたかった。そして、もしおじさん達の気が済むなら、俺を好きなだけ殴ってもらっても構わないと思うようになっていた。決しておじさんは望まない事と知っていても、お二人が健二の死を乗り越える手伝いが出来るなら、俺はそれをやりたいと思い始めていた。

 焼香の列は粛々と流れていき、終り近くになって斎藤さんの順番が近づいてきた。
 真っ黒なその服が、細い彼女の体を更にか細く見せていて、後ろから抱きしめたら折れてしまうのではないかとさえ思えた。おじさんやおばさんには申し訳ないが、この会場の中で、一番寂しそうな背中をしていたのは間違いなく彼女だと思った。
 彼女の順番になった。俺は、彼女の背中を見つづけていた。
 彼女は焼香を済ませ、少し横にずれてから、遺影を見上げた。健二と何を話しているのだろうかと思った。遺影の健二は笑っていたが、彼女の背中は泣いていた。
「おいおい、いつまで突っ立っているんだよ!」
 通路中央から、例の嫌な声が聞えた。
「後がつかえてるんだよ。元婚約者かなんか知らないが、お前が来て良いところじゃないんだぞ」
 脳の血管が、二本ん程音がして切れたのが聞えた。気がつくと、俺は大またで通路の真中に歩いていた。
「さっさと帰れ!」
 嫌な声は、なお続いていた。
「だいたいな、お前」
 椅子に座っていたそのおっさんの襟首を掴んで立たせたのと、健二のおじさんが目の前に現れたのは同時だった。
「なんだよ、お前」
「真治君。いかんよ。いかん、いかん」
 きっと、俺は怒りに目が血走った、それはそれは恐ろしい顔になっていた事だろう。俺の肩ぐらいしか身長が無い健二のおじさんは、それでもひるむ事無く冷静に言った。
「真治君。先ずは手を離してくれんかね。おじさんのお願いだ」
 それでも俺は右手に力を入れ、ぐっとそいつの顔を鼻先までに近づけた。さっきまで鼻息のあらかった男は何処かに消え失せたようで、その目が恐怖に怯えていた。
「さ、真治君。・・・な」
 俺は、右手の力を抜く事は出来なかった。ただ、なんとか余っている左手でそいつを殴らないように我慢していただけだった。
 その時だった。
「おじちゃん、あのね・・・・・」
 いつの間にか、健二のおじさんの横に、見覚えのある六歳ぐらいの女の子の顔があった。健二の姪っ子だ。何度が会ったことがある。確か、健二からみっちゃんと呼ばれていた。
「今日はね。健二おじちゃんにお別れする日でしょう?」
 何より重く、そして分かりやすい言葉だった。
 狭い範囲でしか見えなかった俺の視野が、ぐぐっと急に開いた気がした。すっと右手から力が抜け、そのおっさんは椅子に一回腰から落ちたが、膝の力が抜けていたのかそのまま床に滑り落ちた。おっさんは、自由になった首をさすりながら俺を見上げたが、その目には力が無かった。
 殺伐としていた場の空気は、みっちゃんの一言で、がらりと変わっていた。こんなに小さな女の子の一言が、改めて、今日何の為に皆が集まったのかを全員に教えてくれたのだった。
 健二のおじさんが俺の横を通り抜け、そのおっさんが起きるのを助けた。俺を見上げるみっちゃん前に、俺は膝まづいた。
「そうだね。みっちゃんの言うとおりだね。ごめんね」
 俺は、しっかりと詫びた。そう、ごめんと言う言葉が極当たり前の様に出たのだ。終えの口から。
「私ね、健二おじちゃんのお嫁さんに成りたかったの。でも、出来なくなっちゃった・・・・」
 なんと可愛らしい女の子だと思った。
「そうか。それは残念だったね。じゃあ、俺のお嫁さんになってくれるかい?」
「だめーー」
 みっちゃんは、やっと笑ってくれた。そして、去っていった。俺に見せたその背中は本当に小さかったが、今日この会場で非常に大きな役割を彼女は果たしたと思った。
 健二のおじさんが、席に戻ろうとした時、俺に言った。
「真治君、よく我慢してくれた」
「いえ、みっちゃんに救われました」
 横を過ぎ去ろうとしたおじさんは、急に足を止めた。そして、両手を口の周りに添えて、俺に内緒話をするような姿勢をとった。
「本当は私が殴りたいくらいでね。よくやってくれた。ありがとう」
 おじさんは俺だけに見えるように笑ってから、通路を歩いて行った。おっさんは、俺に目を合わせたくないのだろう、正面をぶすっと見ていた。

 その後、式は粛々と進み、結局、俺は式の最後まで会場に居る事が出来た。
 おじさんとみっちゃんのお陰で、俺は健二と同じ空間で、最後の時を送る事が出来た。
 そして俺と反対側の壁の所で、斎藤さんも立ち続けながら、健二との最後の時間を過ごした。
 終わってみて、良い式だったように思えた。

 おじさんの喪主挨拶で閉式となり、参列者が三々五々と家路に付いて行った。
 葬儀会場のドアから外を眺めると、獲物に群がるハイエナの様に、メディアの人達が会場の敷地ギリギリの所で、獲物を喰いあっていた。俺は、そこに飛び込む羊の一頭にはなりたくなくて、会場の中で時計の針が進むのを待っていた。
 人が居なくなった会場というのは、荷物を出した後の部屋と同じで、これほど広かったのかと思った。数十分程前まで使用していた祭壇やその他の設備も、淡々と片付けられている所だった。
(あっけないな)
と思った。
 閉式から三十分もすると、門の所で待ち構える人達が少なくなくなっていた。そもそも、既に参列者が殆ど居なくなっていた今、この場所は、彼らにとって無用の場所と言う事だろう。
 健二のおじさんとおばざんに一言挨拶してから帰ろうと思って探したら、二人が斎藤さんと何やら重々しい話しをしているのが遠くから分かった。それでも少し待とうと思ったのだが、三分程待っても終わる気配が無かったので、俺は一礼して会場を後にした。
 俺は、ゆっくりと出口を目指して歩いた。誰とかと一緒に来たわけではないので、当然帰るのも一人である。もちろん、大学の友人が一人でも残っているなど思っていなかった。



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「俺はあんたと違って、本当に健二の事を知っているんですよ」
「何だと!」
「俺は知っていると言っているんです。俺は、あの時あのバスに乗っていた。だから、全部知っているんです」
 俺は、いつの間にか叫んでいた。
 通夜の会場にいる全ての人が聞く事ができただろう。全ての視線が俺に突き刺さってきたのが分かった。場の空気が一変した。
「じゃあ何か。お前は、健二が死のうとしてまで頑張っている時、助ける事が出来なかったわけだな」
「・・・・・・・」
「どのつら下げて、お前はここにいやがる。ええ?」
「・・・・・・・・・・」
「見殺しにしたんだよ、お前は。その場にわしが居れば」
 俺は知らずに右のこぶしを握り締めていた。そして、それを振りかぶろうとした時、喪服姿の男の背中が私の前に現れた。
「今日は健二の通夜ですから。それくらいにして頂けませんか」
 それは健二のおじさんだった。身をていして、そのおっさんに語りかけていた。
「お前は良いのか?息子を見殺しにした男に弔ってもらって。なあ、それで嬉しいのか?健二は浮かばれるのか?なあ、おい」
「彼は健二の親友です」
「俺は認めないぞ。おい、お前。さっさとここから出て行け。聞こえないのか?出て行け!」
 健二のおじさんが、そのおっさんを両手で抑えながら会場の奥に連れて行った。後ろに控えていた健二のおばさんが、私を見ていた。決して、俺を批難した目ではなかった。ただ、無言で頷いていた。
「すみません、出すぎたまねをしました。申し訳ありませんでした。今日は失礼します」
 俺はおばさんに頭を下げて、会場をあとにした。背中に突き刺さる、興味と怒りとねたみと驚きが混じった視線を感じながら。
 会場の中に、はっきりとは見えなかったが、斎藤さんの顔を見たような気がした。

 その流れを受けて、俺は今日の葬式の日を迎えていた。
 不思議と、葬式に行くのを止めようとは全く思わなかった。何があっても、健二の死を悼むこの儀式には参加したいと思っていた。それは義務ではなく、心の底から思った事だった。

 この会場に入る時、何台ものカメラとコンビを組んだリポーターが、ありきたりの言葉を浴びせてきた。俺は、今日も何も答えなかった。
 彼等は、健二を悲劇のスーパースターとして祭り上げ、涙を流す知人友人を捕まえては映像を収拾し、高視聴率の種をTV局に送っていた。
 しかし、それが何だと言うのだ。お前らに、健二の何が分ると言うのか。

 騒がしいマスコミの壁を抜け、俺は受付を済ませた。会場は、健二の死を悼む空間になっていた。つまり、昨日の通夜から参加している人も多数いた。
「ほら、あの人・・・・」
 遠くで俺の事に気がついた人達が、俺の事を知らない人に情報共有の輪を広げていった。一定のリズムで進む葬儀の中にあって、俺の存在は格好の話のネタになったらしい。あちこちで、隣の人の肘や背中を触って教えあうと、必ず俺の顔を見つめるのだった。
(ああ、あの顔なら・・・・)
 なんて思っているのだろうか?
 会場の視線は、とても痛かった。そういう状況になっても、俺は帰ろうとは全く思わなかった。
 噂の波はどんどんと広がり、昨夜やりあったおっさんの耳にも届いたようだった。こっちがおっさんの居場所を見つける前に、ご丁寧に自分からパイプ椅子から立ち上がり、俺の顔を睨んでくれたから。今日はアルコールが入っていなかったからか、もしくは隣にいる妻らしき女性におし留められたからか、俺に絡んでくる事は無かった。

 会場の中は、昨日の通夜とは雰囲気が変わっていた。とにかく、人が多かった。
 ある意味国民的関心事の中心に祭り上げられた健二には、多くの弔問客が訪れていた。生前、健二の存在を全く知る事無く生きた人。おそらく、半径一キロ以内の空間に一秒でもいた人が何人いるのだろうかとさえ思った。メディアの影響力とは凄まじいと思えた。
 そんな中、少しは見知った顔もあった。同じ大学の同級生だったやつらだった。決して多くは無かったが、少なくとも一度は教室で見た事がある顔が会場の中に見る事が出来。
 そのうち、何人かは俺がバスの中で一緒にいた事知っていたようだった。何かを聞きたそうに近づいて来る者もいたし、露骨に嫌な顔をする男もいた。まあ、いいさと、俺は考える事にした。
 そんな中、俺は部屋の一番外側に行き、壁を背に寄りかかった。パイプ椅子は少し余っていたが、座りたいとは思えなかった。
 部屋の壁際からは、部屋の中が全て見渡せた。何人から未だに俺を見ていたが、さほど気にならなかった。部屋の中央を一通り見渡した後、俺がいる場所と反対の位置にあたる壁際に、斎藤さんの顔を発見した。

 彼女も微妙な位置にいた。
 立場も、席も、扱いも。

 俺から見ると、彼女こそが健二の人生で一番近い存在だったはずだし、生きていたら、これから最も深いつながりになるべき人だった。そう、俺なんかよりもはるかに強烈に。
 そして健二の死は、彼女の人生に多大な影響を与える事に間違いはなかった。それが彼女のポジションだと俺は思っていた。
 だが現実は、俺の想像と違っていた。
 あのおっさんが、確かに斎藤さんは健二と婚約をしていたが、それは単に婚約者にすぎず、現時点では身内ではないはずだと暴れだしたらしい。つまり身内でない者を身内として扱うべきではないと言い出して、昨夜は収拾がつかなくなったらしい。もちろん、俺が帰った後である。俺とごちゃごちゃしたそのおっさんは、次の標的を斎藤さんにしたらしい。
 アホかと思った。
 とにかくそのおっさんのせいで、彼女は身内との席とも弔問者の席ともつかない、居心地の悪そうな場所に立たされる事になっていた。ただでさえ、健二の死という究極の悲しみの中にいるのに、彼女への処遇は、あまりにも辛すぎる様に見ていて思えた。
 そんな事まで俺は考える事が出来るくせに、俺は彼女を避けていた。いや、逃げていた。
 何度謝ったとしても、俺の行動は健二にとってマイナスでこそあれ、決してプラスではなかったのだ。親友を守れなかった男がどんな顔をして、その親友の婚約者に話し掛けるというのだ。
 叱責、追及、罵倒、ののしり。唾をかけられ、蹴られても文句を言えないのが、俺の立場だったはずだ。
 俺は小さな男だ。逃げたかっただけだった。
 健二から、託された言葉あったと言うのに。

 告別式は、淡々と進んでいった。
 多くの弔問客が訪れ、盛大なものとなった。
 初めて見る顔が、現れては消えていく人の流れを見て、自分がもし今死んでも、これほどまでに多くの人は来ないだろうなと思っていた。
 俺の焼香の順番が回ってきた。祭壇の横に控える健二のおじさんとおばさんに頭を下げた。その後焼香台に歩み寄り、焼香を行なった。手を合わせて顔を上げると、生前の健二の顔が、そこで笑っていた。
 その時ふと思いだした。この三日間、俺は健二の事件の事にばかり気を取られていた事を。
 事件当日、確かに俺はそこに居た。バスの中で死に行く健二の手を取って励まし続けたのも俺だった。そして助けることが出来なかったのも、俺だった。しかし、健二は老衰でも病気でもなく殺人事件の中で亡くなったと言うのに、事件に巻き込まれた事ばかり気にしていた。
 そうだった、親友の健二が亡くなったのだ。
 こんな大変な事が起きたと言うのに、俺は健二の死を悼んでいなかった。俺の体全部で、悲しんでいなかった。
(バカか、俺は?)
 見上げた所にあるその遺影は、健二の死を伝えるにしては、あまりにも美しかった。
 だが、健二は間違いなく死を迎えていた。俺は、いや、ここにいる俺達全員が、健二の死を理解しなくてはならない立場にいる事を、今こそ知るべきだと思った。
(健二。どうしてお前は死んでしまったのか?
 もっとやりたい事もあっただろう。
 斎藤さんと一緒に築きたかった事もあっただろう。
 だが、健二。
 俺達はこれから生きていかなければなならない。
 それは健二の死を忘れて生きるのではない。
 健二の死を理解して生きていくことだから。
 しかし・・・・・。
 『二人の事頼む』って、いったい誰と誰だ?
 死ぬほど優しい、おじさんとおばさんか?
 教えてくれよ。なあ、健二)
 合掌した両の手が、小刻みに震えていた。知らぬうちに力が入っていたようだ。
 俺は両手をおろし、ゆっくりと振り返った。すぐ後ろに並んでいた男の人が、不思議そうに俺を眺めていた。もしかしたら、非常に長い間、俺は遺影を見つめていたのかもしれない。



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      葬儀

 友引という現代の若者には馴染みの薄くなった日が絡んだ関係で、葬式は事件の日から三日後に執り行なわれる事になった。
 場所は、健二の住んでいた町の葬儀社で、大きい葬儀も出来る立派な会場が選ばれていた。あまり目立つ事を望まない健二のおばざんの意向とは別に、大きな力が働いていた。それは、メディアだった。
 健二の行動は、TVのニュースで大きく放送されていた。新聞にも大きく扱われていた。他に大きなニュースが無かった事もあり、そう言った意味ではタイミングが悪かった。
 健二は、日本を震撼させた凶悪犯に立ち向かい、その体に数箇所もナイフで刺されながら犯人と揉み合いになるなか、その凶防犯を押し倒した。倒れた拍子に、その犯人は後頭部を強打し、意識を失った。ぐったりする犯人を、数箇所の刺し傷から血が流れ失れゆく意識の中で、そいつを掴んで放さなかった。
 健二は、自分の命と引き換えに犯人を取り押さえたのだ。
 健二は、犯人を捕まえたヒーローであり、犠牲者として亡くなった悲劇の人になっていた。
「命と引き換えに、凶悪犯を取り押さえた勇気」
「絶体絶命の危機を救った青年の行動」
「刺された少年、一命を取り留める」
「恐怖の車中を、乗客が告白」
 いろいろな言葉が、TVや新聞紙の中で一人歩きをしていた。中には、結婚間近だった事まですっぱ抜いた記事もあった。いったい、誰が喋ったと言うのか?
 身近にいた俺の所にも、容赦ないカメラの攻撃とマイクの砲口が向けられたが、一切答えなかった。よほど酷い顔をしていたからか、俺の映像が使われる事は無かったと、後でお袋から聞いた。

 とにかく、健二の事は、名古屋市や愛知県だけのニュースではなくなっていた。
 それを知っていた葬儀社の人は、社をあげて対応すると意気込んでいた。部屋も一番大きい所を抑え、人員、設備、接客と第一優先で行ないたいと言ってきたそうだ。
 極普通のサラリーマンである健二のおじさんは、自分の身の丈とお金の事を心配して一度は断ったそうだ。だが、葬儀社の人はお金の事は同とでもなると説得した。何より、彼らにとっては、これ以上に無い 宣伝になるのだから。健二の死が、違った意味で他の人に影響を与えていた。

 宝くじの一等が当たると、親戚が増えると言う。TVで放送される様な活躍を、例えばスポーツや文化で行なうと、友人が増えると言う。
 健二の死で、いや、彼の葬式でも浮かれた親戚が登場した。
 なんでも、健二のおじさんの遠い遠い関係のおっさんらしい。これまで何度も健二の家に遊びに行ったが、そのおっさんの姿はもちろん、名前すら聞いた事が無かった。そんなおっさんが、地面から沸いて出てきたように、突然に登場した。
 俺がこのおっさんを初めて見たのは、昨日の通夜だった。
 そして、昨日の通夜は最悪だった。
 久しぶりに酒にありつけたのか、そのおっさんは絶好調だった。誰ともなく話し掛けては、まるで自分が準備したかのように言いふらし、まあ飲んでやってよ、と、それは楽しそうに話し掛けていた。そして健二が子供の頃から、そのおっさんがいかに面倒をみてやったかを自慢していた。つまりは、今回の健二の行動は、そのおっさんがあれこれ面倒を見て育てたからこそできた事であったと、自慢していた。
(じゃあ、お前が殺したようなもんじゃないか!)
 周りの冷静な大人たちは、誰もがそう理解していた。だが通夜の席だし、得たいの知れない酔っ払いをとっちめて、場をしらけさせたくないだけだったのだ。また、そのとばっちりを受ける事が嫌だったのかもしれないが。
 最初こそ調子の良かったおっさんだったが、鮭が進み目が段々座ってきた事と、話の内容があまりにも胡散臭かった事から、次第にそのおっさんが会場の中で浮いていった。そして、だれも目を合わせて話す者も無くなった。
 そんな時だった。
 俺は場の雰囲気になじめず、壁際に逃げていたのだったが、不覚にも目が合ってしまった。
「おお、そこの兄さん」
 獲物を見つけた、場の雰囲気を読めないおっさんは、真っ直ぐに会場を横切って俺の前に現れた。一瞬の差で、俺は逃げるタイミングを失ってしまった。
「兄さんは、健二の何だね。俺はね、あいつの・・・・・、まあ、世話をした男ってとこかな」
 酒臭い息が、汚い言葉と一緒に吹きかけられた。
「ああ、あれか。会社の同僚さん。そうだろう?」
「いえ・・・・」
「じゃあ、あれか。そうだ、分かった。健二の大学の友達だろう。な、そうだろう」
「ええ、まあ」
「そうだろう、そうだろう。そうじゃないかって思っていたよ」
 おっさんは、誰でも分かりそうな事を言い当てた事に満足していた。
「じゃあ、兄さんも尾張大学か」
(ちげーよ。健二の大学の名前も知らない奴が、なんで健二が世話になった人間なんだよ)
「・・・」
「とにかく健二はいい奴でな」
「・・・・・・」
「まあ、俺のおかげかな」
「・・・・・・・・・」
「知ってるかい?あいつはバスの中を歩いていってな」
「・・・・・・・・・・・・」
「何度も刺されながら、そのでけーやつに立ち向ったんだよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「俺はいつも言ってたんだよ。男には決して引いてはいけない」
「知ってますよ」
 俺は、話を遮った。何より、健二の人格までもが汚されるようなその発言の数々に、とても我慢が出来なくなっていた。背中に、なにかこうムズムズとした気持ち悪さと言うか、えええい、と、引きちぎっては投げつけてやりたくなるような不可思議な感覚に襲われていた。

 本当は、黙っているべきだった・・・・・・。
 あの日病院で健二の両親と会った時、色々な話しをした。別れ際におじさんから言われた言葉があった。
「真治君。今回の事、私は君を責めるつもりはないんだ。本当に。あまり社交的ではない健二が、真治君の事を本当の親友だといつも話していてね。あいつは、本当に君の事を大切な友人だったと思っていただろう。
 親と言うのは不思議なものでね。子供の死を素直に受け入れたくないものなんだよ。誰かに、その責任を追及したい。そう、誰かのせいにしたいと思っている。その誰かを責める事によって、親は亡くなった子供に対して愛情を示したいのかもしれない。でもね、私達はそうしたくないんだよ。
 何故なら、君を責める事は、健二を責める事になるからね。また、朱美さんに対しても同じなんだよ。彼女を追い詰める事は、健二を追い詰める事になるからね。何より、健二がそれを望んでいないはずだ。それだけは馬鹿な親だけど、分かっているつもりなんだよ。
 ここに来るタクシーの中で、私は妻にこの事を話した。妻は、すぐにそれを了解してくれた。だから、私達は真治くんや朱美さんの事を責めないつもりだよ」
 俺は、言葉を継ぐ事ができなかった。
「今回幸いにも、健二が君と同じバスに乗り合わせていた事も、朱美さんを迎えに行っていた事も、僅かな者しか知らない。知れば、君や朱美さんは責められるかもしれない。だから葬式が終るまで、その事は言わないでいて欲しい。いち友人として、健二の冥福を祈ってくれないか」
「・・・・・」
「な。そうしたほうが良い。世間には色々な人がいるから。な、健二君」
 答える事が出来ない俺を、おじさんは両手で軽く二度挟み込むように叩いて、うんうん、と頷いた。
 その後、斉藤さんの所に歩いて行った。同じ事を、彼女にも話しただろう。この期に及んで、一言も詫びていない俺に対してさえ、おじさんは精一杯の気遣いをしてくれた。心に染みた言葉だった。
「すみません、すみません、すみません・・・・・」
 俺は、心の中でずっと呟いていた。それが、病院でのおじさん達の言葉だった。



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