慈遠の創作小説.

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《残された気持ち、託された言葉》
 ⇒カテゴリー:思い、親友。 短篇。 記載開始:2008/5/17
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しゃぁ〜とる 第3_4話

 藤二の炭焼き小屋では、彼の生活リズムが昨日とも一昨日とも同じ様にして流れていた。日が昇れば目を覚まし、炭を作り、夜になれば眠る。酒を飲む事も無ければ、甘い物を思うまま食べる事も無く、時には村に下りて炭を問屋に届けるし、時間があれば薪を割り、草が背を伸ばせばそれを引き抜いていた。
 彼の体内時計は変らず動き、彼が主となったその家に、まるで大家と店子の様にして菊代と栄太が生きていた。赤子は腹をすかせれば泣くし、おしめを変えてくれと言っては泣き、ぐぜっては泣くのだが、藤二は全く気にしなかった。菊代がいつの間にか作ってくれるようになった御飯は美味しく食べるし、気がつけば掃除・洗濯もしていて、藤二は何一つ文句も言わない代わりに全く注文もしなかった。つまり、菊代のやりたい様にやらせていた。
 最初こそ、その弱視ゆえに捜し物を見つける事が出来なかったが、一度藤二が場所を教えれば、菊代は同じ事を二度尋ねる事は無かった。時にともえ婆が表れてあれこれ教えてもらう事もあったが、菊代は勘所が良いのか、何事も卒無くこなす事が出来ていた。
 いくら他人の様にしていても、限られた人数で生活をしていれば、時に藤二が栄太を抱っこする事もあった。赤子は母が藤二に対する安心感を読み取ってか、藤二に対する警戒心は無く、非常に良く彼になついていた。
 若い男女が一つ屋根の下に寝起きをしていたが、藤二は菊代に対する優位な立場を振りかざす事は一度も無く、口癖は決まっていた。
「ああ、いいさ」
 菊代が藤二に対して、備蓄してあった食材を使いたくて尋ねた時もそうだったし、おしめの為に藤二の使い古した浴衣を使わせて欲しいと願った時もそうだったし、もっとここに居たいですとお願いした時もそうだった。どんな事にも否定も遠慮も再考を促す事もせず、全てを認めていた。
 いつの間にかすっかり菊代の事が気に入ったともえ婆は、このまま三人で家族になってしまったら良いのにとも思ったし、菊代がそう願い出たら、藤二は「ああ、いいさ」と答えるのではないかと思うほどだった。
 だが、彼女が思うような事は、二人の中で全く起きなかったし、進展しなかった。健康な男子の藤二だったが、菊代の体に触れたのは、洗濯物を干そうとしていた彼女の所に大きな虻がやって来た時、さっと上腕を握って避けさせ、そして近寄っていた蛇を追い払った時だけだった。後にも先にも、たったそれだけだった。
 そんな中で月日だけは流れ、栄太が産まれて五ヶ月が過ぎようとしていた。首もすっかり据わり、短い時間なら座っている事も出来るようになっていた。菊代の心配をよそに、栄太の目はしっかり見えているようで、藤二の顔を見て笑う事が一番多くなっていた。
 きゃきゃきゃと笑う栄太を抱く藤二は、良い笑顔をしていた。ともえ婆はよく、菊代が見えないだろうと思ってか、「ぼんが笑っていなさる」と教えてあげる事が多かった。それは、あまり笑わなくなった恩ある家の総領息子が笑顔を取り戻した事に喜んでの事で、伝える事がたまらなく嬉しそうなほどだった。
「無邪気に笑ってらぁ」
 相変わらず口数は少なかった藤二だったが、それでも赤子に接している時は感情が表に出やすいのか、それとも気持ちが和むのか、何かしら言葉を発する事があった。
「本当に、かわいいな」
 藤二の喜びを、菊代は嬉しく感じた。
(なんて幸せなのでしょう)
 人生二十年にして初の、そして最高の幸せだと思っていた。







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