慈遠の創作小説.

創作小説、活動中。 不定期になりますが、Upしていきたいと思います。宜しくお願いします。

・恋叶わぬ刻に、愛あり

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私は、読み終わった手紙を折って、封筒に戻した。そして、それをお爺ちゃんに手渡した。
お爺ちゃんは、一言だけ、「ありがとう」と、私に言った。
か細い声で。

お爺ちゃんは、手紙を右手で持ったまま、左手でジャケットのポケットから、小さな袋を取り出しました。その大きさから、その中身があのもみじのブローチである事は、直ぐに分った。
お爺ちゃんはゆっくり腰を下ろし、そこに置いてあった金属のお菓子の箱にそれらを収め、蓋をとじました。そして、一言・二言そのお菓子箱に向って、何か呟いているが見えたが、その内容は聞こえなかった。
その後、いつの間にか、家から持ってきていた小さなスコップを、バックから取り出し、その箱を木の下に埋めた。私は、そんなおじいさんの背中を、見守るように見つめているだけだった。
立ち上がったおじいさんは、
「高志、立派なもみじだろう」
と、右手でその大きな幹を二度叩いて、
「タクシーの運ちゃんが待っているから、帰るぞ」
と言ってから、さっき登って来た道を降り始めた。お爺ちゃんの背中は、急ぐでもなく、焦るでもなく、しかしゆっくりと坂を下って行った。
「うん、帰ろう」
と私は答えて、お爺ちゃんに従い、歩き始めた。お爺ちゃんは振り返るそぶりすら見せず、真っ直ぐ正面を見て、しっかりとした足取りで歩いて行った。
私は、そんなお爺ちゃんに隠れるようにして、一回だけ、後ろ振り返った。そこには立派なもみじの木が、やはり立派にそびえていた。
その時一羽の山鳥が、木の先端に近い高い位置の枝から、ゆっくりと飛び立っていった。その為に、もみじが少しだけ、震えたように見えた。
それは、ちょうど、手を振ったようにも見えました。



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 私は、その手紙を開けた。若々しい字であった事と、お婆ちゃんが目が不自由であった事から、和美さんが代筆した事が、直ぐに推測できた。
「読むよ」
 うん、と低い声が返ってきた。


 背景、板倉様。

 ご無沙汰いたしております。 お元気でいらっしゃいますでしょうか。
 既にお聞き及びかと思いますが、近年目が不自由になってしまい、孫娘の和美に代筆を頼んで、手紙を出させて頂きました。
 本日、遠い所からわざわざ起し頂き、誠に恐縮でございます。本当は、お会いして直接お話する事が出来れば、どれだけ楽しいかと何度も考えましたが、私という者は、それほど人間が出来ておりません。十話すうちの九まで面白おかしくお話をしても、一つでもあなた様に心ならぬ事を申すかもしれません。
 それは決して私の本意ではなく、注意すれば大丈夫かとも考えましたが、私はだめです。折角ご足労頂いたのに、ごめんなさい。
 また、この前他界いたしましたタエさんの件。
 和美からお聞きと思いますが、ごめんなさい。でも、彼女を責める事は出来ません。今この歳になってみれば、彼女の気持ちも分りますから。
 怒っていらっしゃるかもしれませんね。どうか、お許し頂きたく、お願い致します。
 最後に、私からあなたに。
 私は、幸せでしたよ。あなたに添い遂げられなかった事は、残念ですが、決して不幸では有りません。
 あの時、あなたを想い、あなたから、あれほどまでに想われた事が、私には幸せ過ぎただけですから。だから、あなたには、ありがとうと申し上げたいのです。
 ありがとう。
 手紙って不思議ですね。言葉ではいえない言葉も、この様に伝えることが出来るのですから。
 とは、申しても、やはりこの歳で孫娘に代筆をさせている身としては、それなりに恥ずかしくも有りますので、これにて失礼させて頂きます。
 板倉さん、お体、大切にされて下さいね。
 ありがとう、えり」





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 金曜日は、すぐにやって来た。
 お爺ちゃんと並んで、熊本行きの特急有明に乗っている。今日の天気は非常に良く、天気予報を見るまでも無く、雨の心配は無いように思えた。
「お爺ちゃん、時間、ちょっと早いと思うけど。このままだったら、約束の時間より、二時間も早く着いてしまうよ」
「そうだろうな。私は十二時に着くように向っているのだから」
「え、二時間も待つの。待ち過ぎじゃない?」
「高志、そうじゃないのだよ。一昨日佐藤さんにはあの様に言ったけれど、やはり、私は会えないよ。それに、エリさんも同じ気持ちのような気がしてね。もし十四時に顔を会わせて、ギクシャクするのも、なんだしな。それよりも、私は、彼女がそこに来ない気がしているのだよ。もし来ないのであれば、それを待つ事も、忍びなくてね」
「そんな事無いよ。きっと来てくれるよ」
「いやいや、それは違うと思う・・・・・。と、高志と二人で言い争っても仕方ないな。とにかく、そうしたいのだよ」
 そう言ったきり、お爺ちゃんは何も話さなくなった。僕は、窓の外を流れていく沿線沿いの小さな家々を漠然と眺めていた。
 駅に着いた私達は、お爺ちゃんの勧めで、タクシーに乗った。お爺ちゃんはある地名を運転手に伝えたが、その運転手が若い事もあって、その場所が分らないと答えた。
 その親切そうな運転手は、無線で他の運転手に尋ね、それを聞いたベテランの運転手から、現在の地名を聞き出す事が出来たようだ。
 とにかく、間違いなく、月日が流れている事が実感できる出来事だった。
 目的地でお爺ちゃんは、運転手さんに交渉して、しばらく待ってもらうよう頼んだ。もともと暇という事もあっただろうが、お爺ちゃんが財布から出した何枚かの千円札を受取ると、ニコニコしながら待っていると答えたのが見えた。
「高志、こっちだよ」
 そう言って、お爺ちゃんは狭い山道を登り始めた。狭い道は、あまり他の人を寄せ付けない様で、人が通った形跡は殆ど無いように見えた。
 目の前を歩くお爺ちゃんの背中を見て、
(最後にお爺ちゃんがココを歩いてから、何年の月日が過ぎているのだろう)
と、思った。
 そんなお爺ちゃん、ゆっくりと私を振向いた。
「ココだよ、高志」
 指差す先に、それは立派なもみじがそびえていた。
 夕日を葉の奥まで染み込ませた様な、真っ赤に紅葉したもみじだった。私は、生れてこれまで、これほど綺麗で大きなもみじの気を見た事が無かった。自然の、とても純粋な所を見ることが出来たような気がして、心の奥底が震えているような感覚をもった。
「なんて、綺麗なのだろう!」
 自然に、私はそう呟いていた。見上げて見上げても、その巨大な老木は、飽きる事はないと思った。
木の根元まで来ても、私はその美しさに目を奪われて、空高く私達を覆っているもみじの葉っぱを眺めていた。
 そんな私に、突然お爺ちゃんが、肩を叩いた。
「高志、足元を見てご覧」
 其処には、十五センチ各ぐらいの、鉄製のお菓子の箱が置いてあった。野犬が何処からか咥えて来たわけでもなく、空から降ってきた様でもなかった。
 その箱がとても綺麗で、しかも見つけてくださいと言わないばかりの置き方だったのだ。ただもしも、見つける人がお爺ちゃんで無いなら、分からないだろうと思った。
「二時間早かった私達よりも、もっと早かったようだね」
 お爺ちゃんの言葉は、手も触れぬうちから、断定的な響があった。私には、さっぱり分らないが。
ゆっくりとかがんで、お爺ちゃんはその箱を取り上げ、そしてゆっくりと開けた。其処には、真っ白な封筒が、一つ入っていた。
「高志。すまんが、この手紙を読んでくれ。私は、今日眼鏡を持ってくるのを忘れたよ。年寄りは、いかんな」
 お爺ちゃんは、わざとおどけていた。いつも冷静なお爺ちゃんと言えども、少し緊張している様だった。
受け取った手紙には、板倉健様と書かれていた。裏の差出人の場所には、エリとだけ書いてあった。
「エリさんからだ」
 お爺ちゃんは黙って、一度だけ大きく頷いた。





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「何がって、熊本行きのことだよ。良いも悪いも含めて、この三日間、改めて考えていた。色々考えて、行ってみるかと」
 突然のお爺ちゃんの申し出は、私を驚かすには十分だった。お爺ちゃんは、逃げていたのではなく、考えがまとまるまで、私を避けていただけだった。それが分かって、私はほっとした。そして、答えも良い方向の様で、嬉しかった。
「お爺ちゃん、それが良いよ。ね、ね、お爺ちゃん」
「ただし、老人一人では行けそうに無いから。高志、頼むぞ。連れて行ってくれ」
「もちろんだよ」
 私は、元から連れて行くつもりだったから、二つ返事でOKした。
「そうしたら、いつにする、お爺ちゃん」
「そうだなぁ。私は土日も平日でも問題ないが、エリさんの都合もあるだろう?」
 お爺ちゃんの言う事は、最もだと考えた。先方の都合あっての事だ。
「了解、私が調整して、連絡するからね。それで、場所はどうしようか?向こうの家が良い?」
「さすがに、家は敷居が高い。それよりも、あの場所でと伝えてくれ。それで、分るはずだ」
「それで分るの?」
「ああ、エリさんなら、分かるはずだ」
 お爺ちゃんの発言は、強気だった。私は、あえてそれを否定する事は止めた。佐藤さんに、そう伝えようと決めた。
「しかし、高志。よくお婆ちゃんが、いつもそうやっていた事、覚えていたな!」
「正直、無意識だったんだ。体が自然にね」
「そうか。・・・・よし、高志。朝飯食うか?」
 ばつが悪そうに、お爺ちゃんは言った。
「まだ早いよ。皆寝てるよ、この時間」
「そうか? あ、そうだな」
 お爺ちゃんは、二人が、今朝早起きしている事を思い出した。
「とにかく、お爺ちゃんは、家に上がるよ」
 私ともみじの木を残して、お爺ちゃんは家の中に入っていった。私は、改めてもみじの木の切り口を、かつてお婆ちゃんがしていた様に撫ぜた。
(確かに、お婆ちゃん、こうしていたな。しかし、完全に忘れていた。もしかしたら、お爺ちゃん、私がこうしていたから、考えてくれたのかな?)
 やがて、もみじの木のはるか後方から、朝日が頭の部分を見せ始めた。久しぶりに見る、朝日だった。
「綺麗な朝日だ」
 一人ごちながら、私は手を合わせた。特に何かを祈ったわけではなく、無心で手を合わせた。
 目を開けると、朝日は早くも、その体の半分を私に見せていた。

 佐藤和美さんと連絡を取り、訪問は、次の金曜日に決めた。時間は、十四時。私がお爺ちゃんを連れて行く旨を伝え、当然目の不自由なお婆ちゃんは、彼女が連れて来る事になった。
 場所は、『あの場所』でと、伝えた。彼女も私と一緒で、
「あの場所?それで分かるのですか?」
と、不思議そうに質問した。私は、お爺ちゃんが、それで必ず通じるはずだ言った旨を伝えた。
 結果、お婆ちゃんは、「それで結構です」と答えたそうだ。現時点では、私達は、場所は分らないが、当日、二人がわかればそれで良いと言う事に、私達の意見は達した。





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 翌日、翌々日と、お爺ちゃんは、私を避けるように、外に用事を作っては、店にいないようにしていた。まるで、私の作戦を見抜いているかのように。それでも、何度か顔を合わせるタイミングがあって、
「あのー。お爺ちゃん・・・・」
「ちょっと、ほら、あれをしないとな・・・・」
 等と言って、その場を逃げるのだった。私の中では、完全に、お爺ちゃんは、自分を避けているように思えた。
(弱ったな・・・・・。先ず、話す事が出来ないと)
 二日が、その様にして過ぎた。

 佐藤さんが店を訪れてから、三日目の朝。私にしては珍しく、朝日が出る前に目が覚めた。いつもだったら、当たり前の様に二度寝する所だが、不思議と起きる事にした。
 顔を洗い、朝の空気に呼び出されるように、庭に下りた。外は、寒いまではいかないが、それなりにひんやりとしている。
 庭の背の低いもみじは、紅葉を控えているかのように、そこにじっとしていた。
 私は、お婆ちゃんが切らせたという、その幹の切り口を、右手の腹で、そろそろと撫でていた。右回転、左回転と、手を通して何かを探すかのように。何故、その様な行動を取っていたのか、理由は、分らなかった。
 不意に、背後に人の気配がした。
 振向くと、首にタオルをかけた、お爺ちゃんが其処に立っていた。
 日頃、このような早朝に顔を会わせる事は無い。もちろん、私が寝ているからであるが。
 そんな私に、「今日は、早いな」と言う事は無かった。かわりに、
「そうやって、亡くなったばあちゃんが、いつもしよったなぁ(していたなあ)」
と、私に言った?
「え? 何が?」
 何をお爺ちゃんが言っているのか、見当が全くつかなかった。
「その右手だよ」
「右手?」
「毎朝な。お婆ちゃんは早く起きて、なにやら呟きながら、その大きな切り口を撫ぜるようにしていたよ」
(そうか、言われてみると、そんな姿を、子供の記憶であるが覚えている)
と、思いついた。
「お婆ちゃんは、木に『ごめんなさい』って語りかけながら、いつもそうやっていた。お婆ちゃん、その木を切ってしまったからな」
「へー、そうなの?」
私は、惚ける事にした。
「お婆ちゃんが、この木を切ったという事、知っとうとやろ(知っているんだろう)?」
「・・・・・・・・・・・・」
 答えに、私は窮していた。
「まあ、いいさ。お爺ちゃんが悪かったのだから。でもな、お婆ちゃん、何度も何度も、木にそう言いながら謝っていたよ」
(お婆ちゃん、何を考えながら、謝っていたのかな?そして、お爺ちゃんは、それを見てどう思ったのだろう?)
 そんな事を考えていた。でも、今朝の自分の無意識な行動が、お爺ちゃんとの自然な会話に、繋がっていた。
(よし、今こそ、説得してみよう)
 私が話し始める瞬間、お爺ちゃんが、口を開いた。
「高志、あれから色々考えていたのだが・・・」
「何が?」





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