慈遠の創作小説.

創作小説、活動中。 不定期になりますが、Upしていきたいと思います。宜しくお願いします。

・例えばそんな、失恋物語

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 今まで考えた事も無い疑問が、ふっと、磁石に吸い寄せられる蹉跌の様にして彼女の脳裏に浮かんできた。あんなに大好きだった帽子をかぶらなくなる様な何か特別な嫌な事があった記憶も無く、思い当たる原因も結局浮かばなかった。多分きっかけがあったのではなく、なんとなくかぶらなくなった様な気がすると言う結論に至った。
(そう、生きている間には、なんとなく変わっていく事ってあるんじゃないかな?)
 亜美が思った時、車内アナウンスが次の到着駅の名前を告げた。女の子はそれにピクンと反応して、開いていた本を閉じ、バックの中に戻した。亜美は、その女の子が降りる駅に近づいたのだと推測していた。車内アナウンスは、列車が特急待ちの為に五分ほど停止する事も付け加えていた。
列車の速度が少しずつ減速を始めても、女の子の表情に変化は無かった。小さなバックには、きっと数日分の着替えが入っている事だろうと亜美は思った。
 この辺りには、高校生の時に来た事があり、遠くに見える山々と、綺麗な川が流れていた事を思い出した時、女の子がさっと席を立った。亜美が自分の事を見ている等気が付く事も無く、彼女は通路から出口に向かって歩いていった。
 車窓から見える景色の流れが緩やかになり、そして完全に停止した。車掌のアナウンスと共にドアが開く音がした後窓の外を眺めていると、白い帽子が厳しい夏の紫外線を反射させている先ほどの女の子が歩いているのが見えた。その歩みは彷徨っているものではなく、目標を見つけて駆け寄るような力のある足の運びだった。亜美の位置からは横顔しか見えなかったけれど、あれほど難しい顔をしていた女の子が、愛嬌のある可愛らしい少女の顔に変わっていく様に見えた。
 そして彼女が歩み寄って立ち止まった所に、お年寄りの女性としては大柄なお婆ちゃんらしき年代の女性が立っていて、にっこりと笑いながら胸の位置で小さく手を振っていた。きっと車中無表情だったあの女の子も、にっこりと笑っているだろうと亜美は想像していた。
(私にも、無邪気に人と会える喜びを持ち合わせた時期が会ったはず。・・・・・なのよね)
 体からふいと力が抜けて、窓をもっと開けようと無意識に窓枠に触った瞬間、それが夏の太陽に焼かれて暑くなっている事を、身をもって知ることとなった。
「熱っ!」
 夏が、鉄が焼けるくらい熱くなる季節であると言う事を、亜美は身をもって思い出した。「そうだよ」って、太陽が天高い位置から彼女を見て笑っていた。「かかかかか」と言う笑い声までが聞こえそうだった。







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 荷物の片づけを終え、ラフな洋服に着替えたオヤジがやってきた。
「やはり家が落ち着くなぁ」
(そうでしょう、そうでしょう)
「それからカイヤちゃんを見つけた事。安寿さんに伝えようと思って。黙っていようかなとも考えたのだけれど、天文学的確立でカイヤちゃんを見つけた事って、何か運命的な匂いがしてさ」
オヤジは、これまでに無く積極的になっている気がした。何が変わったのか良く分からなかったけれど、カイヤを偶然に見つけた事に何かの影響を受けたのだろうと思った。それは、良い兆候だと僕は思った。
「膳は急げと言うし、さてと」
 早速受話器に向うオヤジを見て、オヤジの変わり方はやはり本物だと思った。
(オヤジ、頑張れ!)
 僕は愛すべきこの大好きなオヤジにエールを送った。
(大治さん、ファイト)
 最高に可愛いい声が、僕の横からオヤジの所に飛んでいった。

 部屋の奥から、受話器越しに話すオヤジの声が聞こえた。
「安藤です、お久しぶりです。実は、びっくりするような素晴らしい事がありまして・・・」


                          完






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 僕は、彼女がいない間に起こった色々な事を教えてあげた。津軽からこちらに来る間、オヤジからも色々と聞いていた様だけど、初めて聞く事のように一生懸命に聞いてくれた。あのジンが、アカネさんと言うとても綺麗な人と結婚した事も話した。カイヤは、信じられないと驚いていた。
 それから、彼女のママである水城安寿さんが離婚し、地元の静岡に戻っている事も伝えた。そして、活動を封印されていた人形師として生活を再開した事も教えてあげた。彼女を水葬し、その上人形師としての生活を捨てた彼女のママの事を伝えるべきかどうか迷ったけれど、やっぱり話すべきだと思い、そして伝えた。
 彼女は淡々と話を聞き、冷静に事実を受け入れているように見えた。
 以前だったら、何処か少しわがままな面があるように思っていた彼女の性格が、何度も何度も死線を越えた経験からか、非常に温和になっているように思えた。そして話を聞き終えた彼女は、ポツリと言った。
「ママが人形師として復活してくれた事は、やはり嬉しいかな」
「会いたい?」
「そうね、今すぐって事じゃないけれど、いつか会えたら良いかな」
「そっか」
 カイヤは、きっと色々な事を考えているのだろうと思った。うん、と答える彼女の声が、少し泣き声でくぐもっていたのが分かった。
「ねえ、カイヤ」
「ん?」
 聞き返す彼女のその声は、心に響く心地よい波長をしていた。
「もう少し落ち着いたら、話したい事があるから」
「え?」
「貴女に、伝えたい事があってね」
 僕は彼女に対して、初めて貴女と言う呼称を使った。ちょっと恥ずかしく、照れてしまったけれど。
「それって、嬉しい事? 楽しい事?」
 カイヤの目が、笑っていた。僕が何を言い出そうとしているのか、分かっていてとぼけているように思えた。恥ずかしくもあったけれど、なんとなくこそばゆい心地よさもあった。
「多分――――――――ん、両方かな」
 僕も、あえてとぼける様にして答えた。
「それなら、聞く!」
 カイヤの目が、ぱっと花が咲いたように開いた。そして、笑っていた。






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「カイヤ。本当に久しぶりだね。ずっと君に会いたいと思っていたのに、心のどこかでそれは不可能な事かもしれない、諦める様に思い込まないといけない事なのかなって、思っていたんだ」
「誰でもそう思うわよ。私自身あの小さな箱舟に入れられ、そして外から釘で何重にも封をされ、そして海に浮かばされたのですから。最初の十日間ぐらいは、日にちの感覚もあったのよ。でも何度も何度も荒波に揉まれ、床と天井がひっくり返るようなうねりの中に身を置いているうちに、それすら分からなくなってしまって」
「でも、オヤジが海岸で見つけたのでしょう?」
「そう偶然にね。でも本当の事を言うと、あの海岸に打ち上げられたのがいつだったのかすら記憶が無いの。気が付いたら、海の上にいないのじゃないかなって思うようになったの。だって揺れなくなったから。でも折角上陸したのに、波が荒い日には、何度か海に戻された事もあったのよ。それでも偶然に、また海岸に打ち上げられたの。そして最終的に、私を乗せた箱船はあそこに辿り着いたのよ」
「大変な航海だったんだね」
「何度も、『ああ、もう駄目なんだ』って思うことがあったの。このまま、海底深い所に連れて行かれるのかなって」
 彼女の横顔が、本当に大変だったと言っていた。本当に辛い旅だったと思う。それも、必ず助かると分かっている旅ではなかったはずなのだから、尚更だ。
「箱舟が、がたがたと揺れて、私を取り出した人の顔が見えてきたの。大治さんだとは最初気が付かなかったの。だって、まさか彼だとは思わないでしょう。でも『カイヤちゃんじゃないか。なあ、カイヤちゃんだよね』と何度も言われているうちに、この人大治さんなのかなって思えて。
でも考えて見ると、本当に不思議なのよね。だってあの海岸にはずいぶん前に打ち上げられていたはずなの。その間、他の人に気がつかれる事も無く、沖縄からやってきた大治さんに見つかるんだから。本当に驚きね」
「本当に」
「そう、本当に」
「でも、君に会えて嬉しいよ。こんなに嬉しい事はない」
「ありがとう。私も」
 カイヤが笑ってくれた。想像の世界の中ではなく、目の前に実在する彼女が笑ってくれた。そう、僕の為に。







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 「僕はその木の塊を詳しく見る為に、海水に靴とズボンを濡らしながら近寄ったんだよ。木は海水によりぼろぼろになっていて、その上岩とぶつかった時の衝撃で、ほぼ原型を留めていなかった。それでも僕は、その廃材の塊となったそれに近づき、中を見た。すると、箱の様な物を発見した。その箱の中に入っていたのがこれだよ」
 オヤジはそう言ってから、厳重に包まれていた緩衝材を全て剥がした。すると、薄い油紙に包まれた塊になった。
(うふっ)
 突然、女性の声が聞こえた。それは懐かしい響きがする心の声だった。
 でも、それがあまりにも急だったので、最初その心の声が包みの中から発せられた事に気が付く事が出来なかった。考えてみると、今この工房の中には女性はいないはずだった。
ぱっ、と全てが分かった。
 まさかの展開。
 どこかで期待していて、一方で有り得ないと思っていた事。
 嬉しいはずなのに、自分を抑える為に、いつも我慢していた事。
(そんな事、あるはずがない)
 オヤジの手が、最後と思われる薄い油紙をゆっくりと剥がした。そして現れたのが、僕が待ち望んだ彼女だった。
「カイヤ!」
 僕は、懐かしい顔を見る事が出来た嬉しさに、声の限り叫んでいた。
「カイヤ、カイヤ、カイヤ、カイヤ、カイヤ、カイヤ。 カイヤ!」
 彼女は、まずゆっくりとほんの少しだけ微笑んだ。そして一瞬の間の後、言った。
「レン、貴方に会いたかったの」
 全身を何かで押し込まれた様な強い衝撃の後、背中の辺りがぶるぶる震えたのが分かった。僕は猛烈に感動していた。
 僕を見つめる彼女の瞳が、にっこりと笑っていた。

 オヤジは彼女の体をゆっくり起こし、僕の直ぐ横に並べて座らせてくれた。
「レン。嬉しそうだね。まあ、積もる話もあるだろうから、ゆっくり話てくれ。僕は荷物の整理をしなくちゃ」
 オヤジの声が、本当に心地良く頭の芯に届いた気がした。そして、オヤジは荷物を持って寝室に入っていた。







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