木の温もりを求めて

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鉄道趣味

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赤川鉄橋 5

写真は、すべてクリックすると大きくなります。 赤川鉄橋の前回のつづきです。

赤川鉄橋の前回の記事はこちら
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陽の沈んだ後、西の空を写すと、ブラウンとオレンジの混ざったような、不思議な色になりました。
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この前日にはけっこう雨が降って、水溜りが出来てたので、水溜りに雲が反射するように撮ってみました。
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すると貨物列車が今度は反対方向からやってくるではないですか!あわてて三脚に着けたカメラを持って鉄橋の近くで写したのがこの写真です。でもシャッタースピード0.8秒だから、変な写真です(笑)この貨物列車は、時刻表どおりでした。
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それでもう一度水溜りに戻って撮りました。空の色はきれいな感じだったけど、何か焦点のない写真ですね。後から思いついたけど、水溜りの向こうに自転車置いて、映り込むように撮ったら良かったかも?
南海汐見橋線

と聞いても、大阪の人でも知らない人が多いだろうし、南海沿線の人でも、おそらく乗ったことのない人が多いと思います。
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上の地図の赤丸で囲んだ部分が、南海汐見橋線(正式には高野線の一部)です。明治33年に現在の南海高野線が高野鉄道として開業したときは、汐見橋駅が始発駅だったそうですが、その後南海鉄道と合併してからは「岸里―汐見橋」間は支線のようになり、本線への直通列車も走らなくなりました。現在は利用者も非常に少なく、都会の中のローカル線の雰囲気を呈してます。 僕はローカル線大好きだから、これまでに汐見橋線に何度か乗ったことあったのですが、途中駅では降りたことなかったのです。こないだ芸術祭をした時に、汐見橋線の途中駅の木津川駅の写真を展示してた人がいて、すごくローカルムードが漂っていたので行きたくなりました。それで南港に行く途中に、寄ってみることにしました。車でですけど(笑)
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木津川駅の正面です。明治33年の開業当初の建物かどうかわかりませんが、かなり古い建物です。大阪市内の駅で、駅前の道路が舗装されてないのは、たぶんここだけでしょう(笑)
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利用者は非常に少ないですが(1日100人以下)、一応駅だから、自動改札機と販売機があります。
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これは駅の反対側の風景。草ボウボウです。この先に駅があるとは、とても思えないです。
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ホームもかなり傷んでますね。屋根を支えてる柱は、レールを再利用したもののようです。
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これより後の写真は、すべてクリックすると大きくなります。 電車がやってきました。2両だけですが、これでも空席がありすぎるくらいでした。
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ここから後はモノクロで撮ってます。
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駅舎からホームへの踏み切りです。こちら側の駅名票は、さび付いて駅名が見えないくらいになってます。
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現在電車の通ってる線以外にも側線があります。かつてこのあたりには貯木場や紡績工場などがあって、この駅も貨物輸送で賑わってたそうです。側線は長い間使われてないようで、草が生えてました。 南海電鉄木津川駅、予想以上の都会の中のローカル駅でした。
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新西金沢駅から北陸鉄道に乗って、終点の『加賀一の宮』駅に向かいました。最初は金沢市内の都市部を走りますが、しばらくするとこのような田園地帯を走ります。
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終点の加賀一の宮駅に到着です。
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終着駅にしては珍しく、カーブの途中にあります。
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反対側には、草むらの中へと線路が伸びてます。かつては加賀一の宮駅より先の白山下まで、金名線という名で線路が通じていました。金名線の名前は、金沢と名古屋を結ぶという壮大な計画の名残りでした。
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これより後の写真は、すべてクリックすると大きくなります。 加賀一の宮の駅舎です。
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昭和2年に作られた、木造の古い駅舎で、情緒がありますね。中部の駅百選にも選ばれてます。
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待合室をモノクロにしました。木製のベンチやガラス戸が、長い歴史を感じさせてくれます。
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しかし残念ながら、この加賀一の宮駅を含む北陸鉄道石川線の末端区間は、10月いっぱいで廃止されることになりました。わざわざ金沢まで足を運んだ第一の理由は、廃線前にこの由緒ある駅舎を見ておきたかったからでした。 つづく

金沢旅行記 1

大阪から1泊2日で、金沢に行ってきました。これから何回かに分けて書きます。

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大阪9時11分発の雷鳥で、金沢に向かいました。
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今回利用した切符は、金沢までの往復は通常特急券込みで14000円ほどなんですが、雷鳥指定席往復きっぷという往復10000円の切符なんです。ただしサンダーバードには乗れません。
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写真はかなりトリミングしてます。途中の敦賀で何かお祭が行われていたようで、馬に乗った人などが行列していました。

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3時間ほどで金沢に着き、改札を出ただけで、すぐに福井行きの列車で折り返しました。
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そして、1駅だけ乗って西金沢で降りました。

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そして北陸鉄道の新西金沢駅に乗り換えです。JRとの乗換駅なのに、無人駅でした。
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金沢に行った一つ目の目的は、北陸鉄道石川線に乗って、終点の加賀一の宮駅に向かうことでした。 つづく
そういえばブログに自分の地元のこと書いてないなあと思って、いろいろ調べてたら、急いで書かねばならないことが出てきました。別に、たいしたことではないですが(笑)

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これは、うちの地元の駅前にある、「天六阪急ビル」です。1階には、阪急ファミリーストアというスーパーや、りそな銀行、他に小さな飲食店が入ってます。
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これは昭和35年ごろの写真だそうです。外観は変わってますが、同じビルだそうです。 まだ市電が走ってるし、車もその時代らしく、オート三輪も走ってます。人力車も見えます。今は正面右側にりそな銀行がありますが、当時は左側の膨らんだ部分に、大和銀行があったみたいですね。 実は昭和44年に地下鉄堺筋線ができて、阪急との相互乗り入れが始まる前は、このビルの2階が駅だったそうです。
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ビルの裏側です。昔は、この2階が駅だったようです。
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これは昭和44年の写真だそうです。先ほどの写真と、右上の部分の柵が同じですね。
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建物の2階です。現在はスーパーの納品所に使われてるようです。
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これも、昭和44年の写真だそうです。子供のころに、地上駅から電車に乗った記憶がかすかにあるのですが、よく覚えてないです。 実は現在の阪急京都線・千里線は、新京阪電鉄という京阪電鉄系の会社によって、大正から昭和初期に作られたものなんです。この天六阪急ビルも、大正14年の開業時に、ターミナルビルとして作られたものだそうです。
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ビルの側面です。レンガ造りの壁と、最上階の丸い窓が、大正時代の建物らしさを感じさせますね。
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ところが最近ネットで検索してわかったのですが、この歴史ある天六阪急ビルは、近々解体されるそうです。このように、テナントも順次閉店あるいは移転していってるようです。
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見慣れたこの景色も、もう見れなくなりそうです。
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先ほどのビル裏側のスロープの下にある、うどん屋さんです。噂によると、このうどん屋の出汁は相当美味いそうです。僕は長い間食べたことないですが・・・無くなるってわかってたら、もう一度味わってたのになあ。しかし、「けつねうどん」って、今時聞かない言い方やなあ(笑)

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