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ちょっと間が空いてしまいましたが、岡山県の旅行のつづきです。
倉敷から岡山県北東部の美咲町にある、柵原(やなはら)ふれあい鉱山公園に行きました。
ここには1991年6月まで、片上―柵原間を走っていた、同和鉱業片上鉄道の車両が保存されていて、毎月1回第一日曜日に展示運転がされています。
約400mほどの距離ですが、ちゃんとしたレールが敷かれていて、同和鉱業片上鉄道の現役時代の古いディーゼルカーが、1日に何往復かしています。
僕も実際に乗ってみました。
車内は当時の雰囲気を残したまま、うまく整備されています。最近レトロ調の車両を走らせている鉄道会社が多いですが、あーいうのはいかにも「レトロ調にしました」という感じがあって、どうも馴染めないのですが、ここのは本当にレトロだから好感が持てます。
子供連れのご家族など、けっこうたくさんの人が乗りに来てました。
当時終点からひとつ前の駅だった吉ヶ原の駅舎も、ほぼその当時のままの古い姿が保たれていていい感じです。
運行はボランティアの方々によってされていて、タブレットの交換や踏切の上げ下げなどもきちんと行われてました。
まるで保存鉄道の盛んな、本場イギリスの保存鉄道の雰囲気で、国内の保存鉄道の中では1番充実しているように思えました。
YOUTUBEに動画がありました。これを見ていただくほうが、現地の雰囲気がよく伝わると思います。
古いディーゼルカーの「ガリガリガリ」という音が、何ともいい雰囲気です。
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鉄道趣味
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鷲羽山から瀬戸大橋を眺めた後は、近くの下津井に行きました。
下津井に行ったのは、1990年まで児島―下津井間を走っていた、下津井電鉄の廃線跡を見るためです。
下津井駅のあった場所には、かつて下津井電鉄で走っていた車両が保管されていました。正確には、手前の駅名票のあるところが昔の駅で、奥の車両の上にある屋根の建物は、かつて温室だったそうです。
近づいて見ると、屋根はほとんど吹き飛んでいて、見るも無残な姿になっています。
車両は「下津井みなと電車保存会」により整備されているそうで、割ときれいな状態が維持されています。
下津井電鉄はレール幅762mmの特殊狭軌と呼ばれる、狭いレールでした。写真では比較するものがないのでわかりませんが、普通の電車よりはかなり小さいです。1番左側の赤い車両は「メリーベル号」という物で、瀬戸大橋が開通した時に観光路線として生き残りを賭け、新調した車両です。そうした努力もむなしく、瀬戸大橋の開通後2年で廃止になってしまいました。
僕は下津井電鉄の現役時代には乗ったことはありませんが、往年の映像や写真では小さな電車大きく揺れながらコトコトゆっくり走る姿は何度も見てます。今もこのように当時の車両が大切に保存されているのを見れて、うれしかったです。
かつて電車の走っていた場所は、サイクリングロードとして整備されてました。
鷲羽山駅の跡です。ホームは当時のまま残されています。
鷲羽山駅から撮った、瀬戸大橋。
鷲羽山駅は高い場所にあるので、電車が走っていた当時も、相当眺めが良かったと思われます。やっぱり、現役時代に乗っておきたかったなあ。
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相老駅で、東武から「わたらせ渓谷鉄道」に乗り換えます。
第3セクター鉄道の車両は、デザイン的にどうも馴染めないものが多く、ローカル線の風情を損なっているように感じるのですが、ここのは茶色一色のシンプルなものなので、そんなに悪くないですね。
駅舎も古い木造の物がいくつか残っていて、なかなかいい感じでした。
途中の神戸(ごうど)駅で、カメラの機能を使ってモノクロで撮ってみました。
やっぱり僕にはディズニーランドのような、人の多い騒がしい所より、こういう田舎のローカル線にゴトゴトゆっくり乗るのが似合うようです。
この写真の場所とは違うのですが、渡良瀬川に大きな岩がゴロゴロ転がっていて、見た目にはきれいな渓谷でした。
かつて日本の公害の原点と呼ばれた足尾とは、別の場所のように思えました。
終点の間藤に到着です。
かつて足尾銅山からの鉱毒で、足尾の山はハゲ山だったそうですが、今は植林をして緑を取り戻そうとしてるそうです。ただ大きな木は、まだまだ少ないようです。
間藤駅は、僕の大好きな鉄道作家、宮脇俊三が国鉄全線完乗を達成した駅で、1度来てみたかった駅です。駅舎の中には、宮脇俊三氏に関係したものが展示されていました。
ご記帳ノートがあったから、僕もしたためてきました。
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2日目の夜は浅草に泊まりました。
翌朝、浅草駅まで行く途中、仲見世を通りました。
まだ9時前だったから、閉まっている店が多かったです。
ビルの間から、スカイツリーが見えました。右手前に見えてるのは、アサヒビールの本社です。
東武浅草駅に着きました。
東武伊勢崎線の始発駅であり、かつてはターミナルでしたが、駅の構造上長い編成の列車は入線することができず、JRの駅とも接続していないため、今はターミナル駅の役割は、実質的にJRや地下鉄と接続する北千住に移り、かつての賑わいは無くなっています。それだけに、浅草駅には独特の郷愁があります。
僕も北千住から乗ったほうが便利だったのですが、特急に乗るからには始発駅から乗りたかったから、わざわざ浅草から乗ったのでした。これは鉄道が好きな人なら、わかってくれると思います(笑)
浅草駅を出ると右へ急カーブして隅田川を渡るので、ホームの端は大きくカーブしています。そのため、これ以上ホームを延伸できないのです。
先頭に近い車両では、ホームとの間隔が大幅に開くので、安全のためこのように板を渡してあります。
りょうもう7号赤城行きに乗りました。
途中、羽生・館林・太田市など、関西人には馴染みのない地味な所を通ります。
僕は有名観光地より、こういう地味な普通の街に惹かれます。本当ならどこかで降りてぶらっとしたかったけど、今回は妻と一緒だったし、先を急ぐのでどこでも降りなかったです。
終点の一つ手前の、相老で降りました。
つづく
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関東の鉄道旅行の続きです。
成田空港からJRに乗り、成田駅で成田線の列車に乗り換えて、我孫子まで行きました。
我孫子からは常磐線にちょこっと乗って、取手で降ります。
取手からは、この日のメインディッシュ?である、関東鉄道常総線に乗ります。
関東鉄道常総線周辺の地図です。
関東鉄道は非電化だからローカル線だと期待してたのですが、途中の水海道(みつかいどう)までは複線だし、沿線にもけっこう住宅が多く、ローカル線という雰囲気ではなかったです。
当初の予定では水海道から森谷まで引き返して、つくばエキスプレスに乗るつもりでしたが、本格的なローカル線になると思われる水海道より先の区間にも乗ってみたくなり、終点まで乗ることにしました。
水海道から終点の下館までは、人家も少なくなりました。
このような非電化単線の線路がまっすぐと伸びる中を、ディーゼルカーにコトコト揺られて走るのは、僕の大好きな瞬間で、都会の雑踏から離れられたのだと実感し、心が洗われる気分です。
下館に到着し、関東鉄道常総線を完乗しました。
この時点で夕方6時くらいでしたが、水戸線で小山、東北新幹線を1区間だけ乗って大宮で降り、上野まで在来線、日比谷線で八丁堀、そして京葉線というルートで、8時過ぎには舞浜まで着きました。舞浜駅前で、妻と合流しました。
ちなみに、新大阪から乗った新幹線を含めて、この日は合計18本もの鉄道に乗りました(笑)
この日は、ディズニーランドの近くのホテルに泊まりました。
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