木の温もりを求めて

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鉄道趣味

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最初の予定と狂ってしまったから、出雲市駅での待ち時間が長くなってしまったけど、ここからは予定通りの浜田行きの快速列車に乗りました。
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山陰本線の、出雲市から江津までの区間は、まだ乗ったことがなかったから、今回の旅行で一番楽しみにしていたところです。 この区間は海のそばに線路が引かれてる所が多いから、景色がきれいでした。人家も少なく、コンビニや工場などの都会的な目障りになるものもほとんどなく、やっぱり乗って良かったなと思いました。 窓から見えるのは日本海と、街というよりは集落と呼んだほうがふさわしいところが時々あり、そんなところに小さな駅があるという繰り返しです。名前は本線だけど、実態は長い長いローカル線です。
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浜田で1回乗り換えて、島根県の西端の益田まで来ました。次の列車まで1時間ほどあるから、外へ出て夕食を取りました。 この益田駅前の光景は、ちょっと異様でした。駅前には立派な新しいビルや、バスターミナルがあるのに、人がほとんどいないのですよね。バスに乗る人は1人くらいだし、通行人もほとんどいません。ちょっと離れたところにある幹線道路にまで行ってみたけど、車の交通量もすごく少なかったです。 商店街がシャッター通りになってしまった地方都市はたくさん見てきたけど、立派な建物があるのに人がいないというのは、異様な光景でした。
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1時間待って、山口線の列車に乗りました。ここで嬉しかったのは鉄道ファンの間で『首都圏色』と呼ばれてる、国鉄時代の朱色に戻したディーゼルカーに乗れました。
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これが電光掲示板じゃなくて、『サボ』(行き先を書いた板を差し込むタイプ)だったら、なお良かったのですが(笑)
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夜8時半に、津和野に着いて、長い1日が終わりました。
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出雲大社の参拝を足早に済まし、一畑電鉄の出雲大社前駅に急いで来ました。知らなければ鉄道の駅だとは思えない、瀟洒な建物です。
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車両もなかなかローカルな雰囲気で良かったです。
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これは駅のそばに置かれていた、かなり古い車両です。これが現役で走ってくれれば、なお良かったのですが。
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川跡駅で、出雲市行きの列車に乗り換えです。
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ローカル私鉄には珍しい、クロスシートでした。
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電鉄出雲市駅に到着です。10年くらい前に来た時は、JRの駅の裏の目立たない小さな駅でしたが、高架の立派な駅に変わってました。ちょっとローカル私鉄っぽくないのが残念ですが(笑)
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建物そのものも、すごくきれいなホテルになってました。
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でもホテルの名前をよく見ると、『一畑』の名が・・・創業以来の、由緒ある田舎くさい名前を守り続けてるのは、個人的には好感が持てますが(笑)客観的に見れば、もうちょっとオシャレな名前にしたほうがいいと思うけど。 ちなみに、『一畑』の名前は、宍道湖の北側にある『一畑薬師』から来てます。一畑電鉄は、大正時代に『一畑薬師』への参拝客輸送を目的に、建設されたのでした。

山陰・山口の旅 その1

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島根県と山口県に旅行に行ってきました。新大阪から新幹線「さくら」に乗って出発です。
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新大阪始発の列車なのに、九州へ行く人が多いのか、結構混んでました。博多までの区間で降りる人は「のぞみ」に乗ったほうがいいかもしれないけど、「さくら」4列シートで座席がゆったりとしていて良かったです。カートを引っ張って通路を歩くのも楽でした。
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岡山で、出雲市行きの特急「やくも」に乗り換えです。
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今回の旅行で用意したきっぷは「大阪市内−新山口」というものですが、岡山から伯備線・山陰本線と日本海側を遠回りするルートです。いろいろ行きたい所があったので、こういうルートできっぷを買いました。
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「やくも」の中で、岡山名物「栗おこわ弁当」を食べました。
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ちょっとマニアックな話で恐縮ですが、岡山と米子の中間地点の新見の近くの、「布原」というところです。昭和40年代に、国鉄で最後までSLの三重連が見られたのはこの場所だったそうで、当時はたくさんのカメラを持ったSLファンが詰め掛けて、たいへん賑わったそうです。売店が出たり、いい場所を取って人に売るヤツまでいて、大騒ぎだったそうです。 もちろん僕は当時のことは、写真や映像でしか知らないですが、D51の三重連が煙を吐いて走る姿は、たいへん迫力があります。タイムマシンがあったら、生で見たいなあと思う光景です。 ただ帰ってから調べてみたら、撮影地として賑わったのは、この写真より一つ手前の鉄橋だったようです。
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米子に近づくと大山が見えてきましたが、雲を被ってました。
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ちなみに鉄道旅行に行く時は、地図と乗る列車の時刻表をプリントしたものと、市販の時刻表の巻頭地図をコピーしたものを用意しておいて、それを随時見ています。時々写真も撮るから、なかなか忙しいです(笑)
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3時間かかって、出雲市に到着です。でもこんなところで写真を撮っているのが、大失敗でした。 つづく

東武伊勢崎線

銚子から東京駅に着いたのは、午後4時ごろでした。JTBを通じて8時発の新幹線の指定席を予約してたのですが、それまで時間を持て余すから、自由席ならもっと早い時間の新幹線に乗れるのかと思ったけど、駅員に話したら「そのきっぷは安い値段で買ってるのだから、時間変更は出来ない。」と言われました。 それで8時までどうするか思案しました。新宿か渋谷にでも行ってみようかとも考えましたが、人の多いところは嫌だし、相棒も行きたくないと言うから、検討の結果、関東の主要私鉄でまだ乗ったことのない、東武伊勢崎線に乗ることにしました。
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さすがの僕も東京の地下鉄の路線図までは頭に入ってないから、東京駅から浅草までどう行くか迷いました。地下鉄を乗り継いで行ったのですが、JRで神田か上野まで行って、銀座線に乗り換えるほうが早かったみたいですね。
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東武鉄道の浅草駅です。大阪の人にわかりやすく言うと、梅田のHEPナビオのような、いびつな場所に立ってます。新しく見えますが、昭和6年に完成した歴史のある建物だそうです。 東京の人が東武伊勢崎線に乗る時は、北千住から乗るか、最近相互乗り入れするようになった、地下鉄半蔵門線から乗ることが多いと思います。しかし、わかる人にはわかっていただけると思うのですが、鉄ちゃんとしては初めて乗る線は正面玄関から乗るべきなので、わざわざ浅草駅から乗ることにしたのでした(笑)
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浅草駅のホームです。いびつな場所にある上、駅を出てすぐに急カーブで曲がるからホームを延長することが出来ず、1番右のホーム以外は6両編成までしか止まれないから、ターミナル駅としてはかなり手狭になってます。特急の発車する左側のホームの先端付近は、カーブしてる上にホームがかなり狭くなってました。阪急中津駅より、狭いかもしれないです。
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したがって、手狭になったかつてのターミナル駅浅草から発車する列車は少なくなっていて、日光や伊勢崎方面へ向かう有料の特急列車と、近距離の1部の列車だけが発着します。中距離の区間へ行くには、2つ目の曳舟(ひきふね)駅で地下鉄半蔵門線から乗り入れてくる列車に乗り換える必要があります。
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それで曳舟で、久喜行の急行に乗り換えました。本当は鉄ちゃんなら初めて乗る線には心がワクワクするのですが(笑)もう暗くて景色は見えなかったし、ごく普通の都市近郊の私鉄だったから、あまり感動はなかったです。やっぱり、ローカル線がいいです。
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久喜でJR東北本線の上野行快速に、すぐに乗り換えました。日本の鉄道で1番線路が錯綜し、鉄ちゃん的に非常に楽しめる赤羽―上野間を堪能したかったですが、こちらも夜だと楽しみは半減でした。
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東京駅の中にある『豆一豆』というお店で買った、あんぱんです。ちょっと高かったけど、いい小豆を使っていて、すごくおいしかったです。
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ようやく新幹線に乗り、1日目はディズニー・シー、2・3日目はローカル線三昧という変な旅行(笑)から、帰ってきたのでした。

銚子電鉄

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銚子にまでやってきた目的を果たすべく、犬吠崎の近くまでバスで戻りました。 目的とは、ローカル私鉄の銚子電鉄に乗るためです。
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銚子電鉄は鉄道事業は赤字なため、犬吠駅の構内では「ぬれ煎餅」などの商品がいろいろ販売されてます。 これには深い訳があります。以下、ウィキペディアからの引用です。


1990年1月に経営権が京成電鉄系の千葉交通から、千葉県東金市の総合建設業・内野屋工務店に移り、同社が子会社「銚電恒産」を設立して銚子電鉄はその子会社となった。また、同社社長内山健冶郎(元千葉県議)が社長に就任した。 しかし、1998年6月に同社が781億円の負債を抱えて自己破産申請し、事実上倒産。銚子電鉄に対しては県と銚子市が支援を行った。内野屋工務店破産後も内山が社長を務めたが、2003年5月から7月の間に内山が借入金を横領したことにより解任され、2006年8月には総額約1億1000万円の業務上横領の疑いで逮捕された。 業務上横領容疑の元となった借金は銚子電鉄名義で無断で行われた物であり、「自分が社長をつとめる建設会社の経営状態が悪化しており、鉄道会社の信用を使えば銀行からの融資が引き出せるだろう」との目論見で行ったものとされている。銚子電鉄名義の借金は、個人の借金返済に充てるなど、全額を着服している。また内山は銚子電鉄社長時に内野屋工務店に大量の仕事を発注させて駅舎の改修工事をさせるなども行ったとされている。このことが県と銚子市の補助金を停止させ、さらに金融機関の融資凍結を招き鉄道経営に大きく響いた。 前述の横領事件の発生により銚子電鉄は運転資金の不足を生じ、2006年11月には鉄道車両の法定検査が行えないという事態に陥った。同社は11月15日、ウェブページ上で「電車修理代を稼がなくちゃ、いけないんです。」という文章を掲載して、ぬれ煎餅の購入(後述)などによる支援を呼び掛けた。 この件は2ちゃんねるなどの電子掲示板や、個人の設置したブログなどのウェブサイトを通じて大きな話題となり、マスメディアによる報道も手伝って、支援をしようという人々からぬれ煎餅の注文が殺到、製造が間に合わずに何か月も発送が遅れたり、一時は注文の受け付けを中止するほどであった[1]。後述の通り2008年5月には再開されている。また「電車修理代を稼がなくちゃ、いけないんです。」の言葉は『現代用語の基礎知識』に収載されるほどになった。

この事件のあった2006年11月以前からブログをやってる人ならご存知だと思いますが、その当時は銚子電鉄の鉄道部次長さんが、連日の出来事の模様をヤフーブログに書いていて、ずっとブログランキングの上位に顔を出している状態でした。
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これは、その鉄道部次長さんが書いた本です。この時の「ぬれ煎餅」売り上げや、全国から集まった銚子電鉄サポーターズの支援のおかげで、経営危機を乗り切ったそうです。 今や全国各地で、歴史のある小さな鉄道が廃止されていってますが、やる気と熱意があれば、やり方しだいでは経営を続けていけるということを、銚子電鉄は示してくれたと思います。
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銚子電鉄の売り上げにわずかでも貢献するため、「ぬれ煎餅」買ってみました。その名のとおり、普通のパリッとした食感のせんべいではなく、シトッとしてます。地元のヤマサ醤油を使ってるそうで、甘いしょうゆ味でおいしかったです。
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犬吠駅に1両の列車がやってきました。 よく見るとレールが若干歪んでいます。そのせいか列車はすごく揺れましたが、個人的には、この乗り心地の悪さは、ローカル線の味わいの一つだと、好意的に認識しております(笑)

自分も含めて、ローカル線を好きな人間には、どこか心に悲しみを持ってる者が多いような気がします。例えば子供のときにいじめられたとか、社会からの疎外感や絶望感などを持ってる人が、地方の片隅で細々と走ってるローカル線の姿を見て、自分の境遇に重ね合わせたりして、心を揺さぶられるのだと思います。
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これはすれ違った時に、ガラス越しに撮ったから、きれいには撮れてないです。 このグリーンの車両は、昔、京王線を利用されてた方には、懐かしい車両だと思います。これは2010系という名前で、1984年まで京王線で走ってた車両です。その後は愛媛県の伊予鉄道で第2の人生を走ってましたが、昨年銚子電鉄に譲渡され、色も京王時代のグリーンに塗りなおされて第3の人生を走ることになりました。
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銚子駅に到着しました。 ここから東京駅に戻り、新幹線で帰るはずでしたが、予定外の鉄道にも乗ることになったのでした。

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