アッーと驚く?徒然日記【不定期版】

最近更新出来てませんねえ・・・・うむむ

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伝説巨神イデオン

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 この間、イデオンの劇場版(接触篇・発動篇)を見ました。この作品、衝撃的なエンディングは余りにも有名ですが、本放送時にはあまりにハードなストーリー展開ゆえか視聴率的には苦戦し、4話分を打ち切られてしまっています。で、真のラストを「発動篇」として、総集編にあたる「接触篇」とセットで映画作品として製作しているという作品。ロボット自体は三機のメカ(俗にAメカ、Bメカ、Cメカ)が合体して形成されるいう割とオーソドックスなもの。しかし、この作品の異色たるゆえんはそのストーリーにあります。

 ストーリー展開も非常に重たい、ハードなもの。ソロ星に移民する人々は、第六文明人の遺したロボット、イデオンや宇宙船ソロ・シップを発見する。一方、無限の力「イデ」を探し求める異星人バッフ・クランもソロ星へやってくるが、このときに行き違いと誤解から両者は戦争状態に陥いってしまいます。そして、ソロ・シップのクルー達は宇宙を彷徨いながらバッフ・クランと戦い、やがて無限の力「イデ」の発現を目の当たりにし、命を、星を人の業までも巻き込んで滅亡への道を進んで行く事になる・・・。
とこんな感じです。

主人公側の人間であるソロ・シップのクルーたちもとにかく自己主張が強く、エゴとエゴがぶつかり合います。そして、ついにはメンバーの一部が脱走を計ったりもします。しかし、そんな中でも主人公のコスモや
弟分のデクは作中で大きく成長します。とくに、序盤は弱虫だった少年(といっても6才だが)ファードが、自分を叱咤激励してくれたモエラ(イデオンのBメカのパイロットをつとめた)の死をきっかけに強くなっていき、終盤では最後まで戦い抜く姿は印象的でした。

終盤、人類とバッフ・クランの抗争は壮絶な総力戦、消耗戦に発展していき、登場人物が次々と命を落としていきます。世に言う死亡フラグもへったくれも無い勢いで死んでいきます(しかも救い様が無いくらい惨い死に方をするキャラクターも多いです・・・)。接触篇・発動篇のみでは、明確に死亡フラグというようなものが立ったのはモエラくらいではないでしょうか?

そして、発動篇では「イデ」の何たるか、何故両者が争うのかなどが徐々に明らかになっていきます。
まさに、発動篇あたりはダンダムシリーズなどで知られる富野喜幸(由悠季)監督のカラーが出ているのではないでしょうか?

音楽もすぎやまこういち氏によるもので、作品の雰囲気にあった秀逸な物となっております。

ただ、テレビ編をよく見るあるいはスパロボなどのプレーヤーである程度の予備知識がある、という状態でないとかなり省略された接触篇のストーリーが掴めないかもしれません・・・。発動篇序盤でも、キッチンやギジェの最期は開始数分でまとめられていました。自分もスパロボを見て,本屋にあったコミカライズ版を買って・・・という形で多少の予備知識があったので良かったんですが・・・。

ちなみに、スパロボα3だと、イデのゲージにより使える技(強力な物は本編どうよう凄まじい威力を発揮する)が変動し、扱い辛い印象を受けます。

とにかく、未見の方は一度見てみたらいかがでしょうか?

ちなみに、写真は当時の絵本ですが・・・・イデオン自体の対象年齢では無い気が・・・・

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さて、先週の風林火山の作中で、武田信繁(嘉島典俊)らが大井夫人(風吹ジュン)を訪ねた際に、仏の絵を書いていた子供がいたのを覚えているでしょうか?孫六くんです。

(注:史実の内容にも触れます。従って若干ネタバレとなる事になりますがご容赦ください)

彼は信玄や信繁と母を同じくする弟で、のちの武田信廉(逍遥軒信綱)である。彼は武将としての活躍よりも、むしろ芸術面で才能を発揮した人物だった。
作中でも仏像の絵を描いていたが、やはりこの信廉は絵が得意だったようで、自分の父母、つまり武田信虎と大井夫人や、雪田和尚(甲斐恵運寺の開山)の肖像など、何点かの作品が現在まで伝わっている。
とくに、武田信虎(写真・大泉寺蔵)、大井夫人の肖像は、当人の雰囲気というか、容貌を中々よく捉えているように思われる。

また、彼は信玄によく容姿が似ていたと言われており、影武者をしばしば努めていたらしい。信玄の死んだときの事、それを嗅ぎ付けた北条氏政は早速真偽を確かめようと家臣を武田家に遣わしたが、信廉が信玄のふりをしてごまかし通すことに成功したというエピソードも残っている。
黒澤明監督作品「影武者」の冒頭で、3人の信玄が映し出されるシーンがあるが、あの中の一人が信廉(山崎努)である(ちなみに本物の信玄と刑場からスカウトされた主人公(仲代達矢・二役)が残り二人)。

ただ、彼は武将としては、兄二人には似なかったらしい。長篠でも早々に退却したらしいし、天正10(1582)年、織田信長が甲斐へ侵攻してきたときも、ろくに戦う事無く遁走している。もっとも、逍遥(ふらつく、うろつくの意)という号からも信廉が武将的な気質では無かったことが想像出来るが、どうあれ信廉は戦線を離脱した。しかし、武田家の重鎮だった信廉に追手が来ないはずは無く、結局織田信忠の手のものに捕らえられて処刑されてしまった。

やはり、武将としてはあまり優れてはいなかったようだ。

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昔、私は結構ヒーローのビデオを見た記憶がある。ウルトラマン系は大体記憶に残っているんだけど,その中で「レオ」はかなり印象に残っている。

まず、ヒーローがM78星雲出身じゃない。しかも、正式に地球防衛の任務を帯びてきたんじゃなくて、言うなれば宇宙難民である。レオはL77星の出身で、故郷が宇宙人に滅ぼされてしまい、地球へ逃れてきていた男で、普段は「おおとりゲン(真夏竜)」と名乗ってスポーツセンターで指導員をやって生活していた。ところが、その自分の故郷を滅ぼした宇宙人が地球にまで攻めてきて、その時地球を守っていたウルトラセブンに重傷を負わせてしまう(足をやられ、モロボシダンの姿のときも杖が必携になる)。
このときにセブンが変身能力を失ってしまい(!)レオは地球防衛を頼まれるのだ。

で、例によってゲンは、防衛チーム(MAC)に所属するんだけど、その防衛チームの隊長がなんと、モロボシダン(森次晃嗣)。で、ダンはレオを地球を守れる戦士とする為に、すさまじい特訓を課す事になる。
レオはもともとが戦闘要員では無いので(L77星の王子、武術の心得くらいならあるようだ)、敵の宇宙人相手に、序盤は返り討ちにされてしまうことが多かった。そこで、ダンはその対処法をマスターさせるための特訓をゲンにやらせるんだけど、それが「川の流れを切れ!」とかジープで追いかけ回して「逃げるな!」とかいうような過酷なものばかり。ゲンを演じた真夏竜氏もこれには大変だった旨を後に話している。この作品でのモロボシダンのポジションは、未熟な若者を鍛え導くといところにあり、とにかく厳しい。レオ全体でも怒鳴っていることが多いし、ゲンを手持ちの杖でぶん殴ったりもしている。正直、「ウルトラセブン」のモロボシダンとはまるで別人である(それでも、時折見せる笑顔や、温厚な様子からは、ダンの本来の人格が出てくるんだが)。

ただ、この特訓路線は視聴率的にはあまり振るわなかったらしく、中盤で完全にその姿を消す。「ダンが恐い!」という意見(苦情)もかなり多かったようだ。そして、中盤以降も視聴率相手に苦闘すrことになり、遂に最終クールで大決断をすることになる。

なんと、今までの全レギュラーのうち、主人公とトオル少年(新井つねひろ)を除き全取っ替えしたのである!!地球にブラック指令率いる円盤生物が襲来し、防衛チームのMACを滅ぼし、さらに町を襲った円盤生物によって、主人公の恋人・弟分・仲のいい少女を失ってしまうのだ!!

MACときたら、女性隊員の誕生日パーティを開いているところを襲われ,ろくに抵抗出来ないまんま基地ごと円盤生物に飲み込まれてしまい、本編開始数分で哀れ全滅である。ちなみに、隊員のなかには、「メカゴジラの逆襲」でヒロインを演じた藍とも子氏や、ジーパン刑事を射殺した犯人役で知られる手塚茂夫氏がいたりする。ここでなんと、モロボシダンまでもが基地と運命を共にし消息不明となってしまう。
このあとレオは頼れる仲間達を失い、一人闘っていく事になる。
そして、ここら辺の円盤生物編は、精神的にぐっとくる話が多いと思う。

ちなみに、レオはこの頃続いていたテレビシリーズの最終作でもある。そのために賛否両論あるようだが、DVDも今出てるらしいので見てみたらどうだろう。

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 第13回「招かれざる男」では、実は原美濃が金槌だったことが判明したり、勘助宅に太吉一家が転がり込んだりしていたが、その中で、晴信(=信玄)の次男が失明してしまう描写があった。

 この子は信玄と正室・三条の方との間に生まれた子で、母を同じくする兄弟に義信や北条氏政夫人、穴山梅雪夫人などがいる。大河ドラマの作中でも描写されたように、早くに病を得て失明してしまう。なお、伊達政宗や勘助も疱瘡がもとで失明している(それがもとで勘助は作中では三条夫人に怖れられていましたね)。

 さて、失明した次郎は、長延寺の実了の元出家して、「竜芳」と名乗った。ただし、完全に僧侶となったわけではなく、信濃の海野氏の家督をついで海野信親と称するなど、いわば半僧半俗の生活を送っており、御聖道様と呼ばれていた。
後年信玄の長男の義信は、今川義元亡き後の駿河への方針を巡り対立し(義信夫人は今川氏出身)、とうとう義信と飯富兵部らが謀叛を画策する事態にまで発展してしまう。この時義信は幽閉され(事実上の廃嫡)、やがて病死とも自害とも伝わるが、没してしまう。
ここで、もし竜芳が健康体であったならば、多分彼が武田氏の後継者となったであろう。しかし、如何せん盲目だったため、結局四男で、しかも母親が側室(諏訪氏、由布姫とか湖衣姫とかの名前で知られていますね)の勝頼が家督を継ぐことになる(三男も正室の子だが夭折)。

 そして天正10(1582)年、織田信長は遂に甲斐へと侵攻を開始する事になる。この頃の武田氏は長篠での大敗以来、衰退しており、家臣や一族などの裏切りが相次いでいた。信玄の弟の逍遥軒信廉ですらまともに抗戦することなく逃走する有様で、同じく一門の穴山梅雪は徳川家康を介して信長に内応していた。そんな中、竜芳は入明寺(写真参照)に匿われたものの、結局武田家と運命をともにし、自害している。

 しかし、竜芳の子・信道は生き延びるのに成功し、子孫は幕府の高家(儀礼を司る旗本。名門多し)となって、何回かの養子入りを経て存続している。

なお、以前「トリビアの泉」で上杉知彦氏(謙信の末裔)とオセロ対決をした武田邦信氏は、この竜芳の子孫にあたる。
 

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曹操の息子・文帝曹丕

 三国志の主役の一人である曹操だが、彼の場合は劉備や孫権と異なり、生前には皇帝の位に就く事はなかった。正確には曹操の死後、漢の献帝から禅譲を受けたのは曹丕である。
曹丕は父の陰に隠れており、今ひとつ影が薄い感があるのだが、魏の諸制度を整えたのはこの曹丕である。
陳羣の提案を容れた九品中正法(=官吏登用システム)は、その後も長く隋の時代まで適応された。
また、文人としても彼は当時一流の人物のひとりだった。詩作に才を発揮し、また文学論評である『典論』を編纂、その中に収められた「論文」は、現存する最古の文芸評論である。

しかし、曹丕の場合評判となるとすこぶる悪い。帝位を半ば強制的に譲らせたこともそうだが、彼の場合度量の狭い、または陰険なエピソードが多く伝わっているからだろう。

例えば,関羽に敗れて降伏し捕虜となった、魏の将軍・于禁が孫権のもとを経て魏へと送還された際の事。
曹丕は一旦于禁を引見し、苦労を労った。そして、曹操の墓を詣でるように命じたんだが、いざ于禁が曹操の陵墓へ行くと、そこには絵が書いてあった。その絵とは于禁が関羽に命乞いをしているものだった。これを恥じた于禁は憤死してしまう。

また、若い頃、一族の曹洪に借金を断られたのを根に持ち(曹洪は守銭奴の節があったようだ)、曹操の死語に理由をつけて誅殺しようとしたこともあった(結局曹丕の母がとりなして役職を奪われるだけですんだが)。

他にも、夏侯尚の妻は曹氏一族の出身だったものの、妾ばかり寵愛していたらしい。そこで曹丕は刺客を放って妾を殺させてしまった。夏侯尚はこれがショックで発狂してしまい、葬儀の後に墓を掘り返して妾の顔を見るようなありさまであった。そしてほどなく死去してしまう。なお、夏侯尚と曹丕は非常に親密な間柄であったという。

ほかにも、皇后や弟にたいする苛烈な態度など、評判の悪い逸話が多い。三国志の著者陳寿も「好悪の激しすぎる点を改め、広大無辺の度量、仁慈の心を持ち合わせていたのならば、古代の聖王と比較しても何ら劣らない」と評しているが、中々的を得ている。

曹丕は皇帝の位に就いて7年目に、40才で死去した。ちなみに曹丕の子・曹叡も若死にしている(二人合わせて19年の治世)。もしこの父子に十分な寿命が与えられていたなら、魏もあっけなく滅亡する事も無かったと思われる。


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