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 悲しい出来事の起こった研修会から7日後の2006年12月27日は、その年最後のYR病院での診察、そして翌日の12月28日は仕事収めであった。

 診察の結果については特にメモ書きは残していないので、大きな問題はなかったようだ。


 年末年始休日に入った12月29日は午前中は出勤し、午後からアパートの大掃除を済ませて帰宅した。

 そして、いよいよ年明けから年末まで何かと出来事が多かった2006年の大晦日を迎えた。

 手術をしてから4回目の年越しだ!

 この年は、一緒に仕事をしてくれていた協力会社の元気な若者が、年明け早々に突然亡くなると言う悲しい出来事から始まった。

 春には、手術後初めて片道10時間を掛けて車で故郷の愛媛県大洲市に帰省し、妹や弟たち、伯父や伯母、そして恩師や同窓生に会い、みんなからたくさんの力を分けてもらった。

 その直後には、療養中だった義父(妻の父)が亡くなった。

 結婚の承諾をもらうために、初めて妻の実家を訪れたのがこの年の26年前だ。

 初対面だと言うのに、激しい口論をした。

 普段は無口な義父だったが、この時ばかりは違った。

 でも、その後は私たちに子どもが出来た時、子どもたちの入学、卒業の時、家を建てた時等々、多くは語らなかったが本当に喜んでくれた。


 その他にも、手術後初めての飛行機での出張、私の手術後半年ほどで異動された執刀医であるO先生との再会、長男の退職、25回目の結婚記念日もあった。


 何と言っても私にとって一番大きい出来事は、自分の母校の小学校で、子どもたちと宇宙の話が出来たことだ!

 手術後からずっと思い描いてきた子どもたちとの出会いが叶ったのだ!

 本当に嬉しかった!病気も何もかもすっ飛んで行ってくれたようだった!!

 その夢が実現出来たのは、この年の春の帰省で久し振りにお会いした恩師のKT先生と同窓生たちのお陰だった。

 今もずっと感謝し続けているが、その母校は今年の3月末で閉校となってしまった。


 年末の研修会では、参加メンバーの一人が宿泊中に突然亡くなると言う悲劇も起こった。

 余命半年を宣告された私が生き延び、元気だった若者や研修会の参加メンバーが亡くなる。

 何とも皮肉なものだとも思った。


 とにかく、いろいろな出来事が起こった2006年だったが、無事に大晦日を迎えることが出来た。

【20006年12月31日のメモ書き】

 4回目の年末!

 手も足も目も耳も、口内も痔も蕁麻疹も相変わらずで、不安も恐怖も拭い去ることは出来ないけど、どうにか無事で4回目の年を越そうとしている。

 今年は、O君の突然の死、久々の帰省、同窓会、義父の不幸、そして母校の子どもたちとのふれ合い、将来計画のための研修(ここでも突然の不幸が起こったけど…)等々、多くの出来事があり、少しづつ行動範囲を広げることを再開した年でもあった。

 また、病気を隠れ蓑にするのは卑怯だ!止めよう!と決意した年でもあった。

 でも、全ては支えてくれた人たちのお陰である。

 来年も、この支えに応える!!
 
 
 そして、静かに2007年が明けた。
 
 
 
このブログを開設した当初、2003年に胃ガンが発覚して以降の症状や気持ちの変化、出来事などをメモ書きに残してきたものを闘病記として綴っていました。
 この闘病記は、その頃に書いた記事の見直し版です。

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