|
前回の記事で、2010年の夏は殊の外暑く、腫瘍マーカも基準値を超え続け、体調も芳しくなかったと書いたが、本当に結構辛かった。
会社を早退するほどお腹の調子が悪かったり、左目尻の上に脂肪の塊が溜まって切開してもらったり、口内炎と口角炎に悩まされたり、おまけに目のゴロゴロ感も続いたりで、毎日のように愚痴を綴っている。
対処療法しか手がなく、アパートでの一人暮らしの間は不安も感じたが、週末も体調不良で帰宅できないこともあった。
【2010年7月29日のメモ書き】
暑い日が続いている。
今日は雨天でムシムシしていることもあって、お腹の調子が良くない。
処方してもらっている整腸剤は効果なしで、わかもとを買ってきた。
昨日はYR病院での検診だったが、腫瘍マーカがまた少し上がっていた。
例年、夏前からは数値が上がるので今回もそれなのか、はたまた別の何かがあるのか?
食事は美味しく食べられているので、良しとするか?
でも、心配は心配!
今更だけど、大洲はやっぱり良かった!
伯父さん、伯母さん、○○(伯父夫婦の従妹)、みんなありがとうございました。
話は変わるが、そんなある日、ちょっと面白いことがあった。
会社から帰ると、アパートの部屋のドアの取っ手にビニール袋が掛っていた。
「何だろう?」と中を見ると、色々なお菓子が取り混ぜて入っていた。
「???」
気味が悪いと言うよりも不思議だった。
何日後かに、お隣さん(偶然にも同じ事業場に勤める若者で、何とパラリンピックにも視覚障害のマラソン選手の伴走者として出場した。)に話をしたら、近所のおばあさんの仕業らしかった。
そのおばあさんは、少し痴ほうの症状を持たれているのか、孫にでも届けるつもりでお菓子とかを置いて行かれるらしく、その若者にも届いたことがあったとのことだった。
申し訳なかったが、そのお菓子は食べずに処分してしまった。
体調不良は何とか凌ぎながら、会社では入社志望の学生たちの相手をしたり、その頃取り組んでいた改善活動の発表をしたり、そこそこ忙しかった。
7月に自分の故郷に帰省したのに続き、8月には連休を使って妻の故郷の福島に行った。
妻は実家に泊まったが、自分は少しのんびりしたかったのと、色々思うところもあって湯宿に泊まった。
【2010年8月24日のメモ書き】
相変わらず、暑い日が続いている。 今月に入って、左目のゴロゴロ感と充血に悩んでいる。 オドメールで何とか抑えているという感じか! 何かと症状が出るので、この暑さで免疫力が落ちているのは確かだろう。 8/9〜8/11は福島へ行ったが、だんだんと実家にも寄り辛くなるのは仕方がないことだろうね。 ところで、○○さん(会社の役員)と話をした。
勤務先も職場も変わることになるか? まぁ、良く考えてみよう。 妻の実家には、それまでは当たり前のように泊まらせてもらっていたが、義父夫婦から義兄夫婦の代になり、結婚して子供も出来た姪っ子夫婦も帰ってくるようになり、それまでのようには甘えていられないと感じ始めたのだ。
義母もいるし、妻はそれまで通りで良いのだろうが、以降、自分は何かと理由を付けて近くの湯宿に泊まることが多くなった。
また、この頃から(翌年に控えた)役職定年後の話を上司や役員とするようになった。
上の希望は、10年前まで在籍していた職場に戻って欲しいとのことだったが、担当業務は未経験の分野だったし浦島太郎状態でもあったので、二つ返事と言う訳は行かなかった。
*この記事は、2003年に胃ガンが発覚して以降、日々の体調や出来事等をメモ書きしたものを、読み返しながら書いたものです。
|
闘病記(改)
[ リスト ]



