さて、10年間の闘病が功を奏し、完治宣告(”もう大丈夫でしょう!”としか言ってもらえなかったが、自分では完治宣告だと思っている。)から4日が過ぎました。
しかし、やっぱり大きな喜びのような気持ちは湧いてきません。
手術後5年目に抗ガン剤を休止し、当初は体調の変化や腫瘍マーカの変動に慄いたりもしましたが、
ここ2、3年はCTや胃カメラでも再発や転移の兆候はなく、腫瘍マーカも基準値内で安定しているので、自分ではもう完治していると思っていたからかもしれません。
或いは、主治医から離れることや定期的な検査がなくなることに不安を抱いているからかもしれません。
つくづく思うことがあります。
胃ガンが発覚した直後、長年の付き合いだったM先生から呼び出され、不安と恐怖が隠し切れなかった私にこんなことを言われました。
「あなたは、憎まれっ子のようなところがあるけど、人との巡り合わせに恵まれている。何かあれば、必ず助けてくれる人が現れる。病気なったことは不幸だけれども、今回も、良い病院や良い医者、良い人たちに巡り合って、きっと危機を脱することが出来ますよ!」
この10年間を振り返ると、本当にその通りだったと思います。
主治医もそうですが、抗ガン剤の副作用に生きる気力も失いかけていた時に主治医が交代し、交代したその主治医に抗ガン剤の服用量を微妙に調整してもらいました。
副作用にギブアップ状態だったにも拘わらず、抗ガン剤を減らすことに反対して焦る私に、
「今は、辛いかもしれません。状況が状況だけに他の人よりは長く付き合ってもらうことになりますが、今は焦らずに10年後、20年後に『ああ、良かった!』と言える治療をしましょう!」
と言われました。
もしかしたら、主治医の交代がなければ、抗ガン剤を止めざるを得ずガンで亡くなっていたか、無理をして抗ガン剤を飲み続け、その副作用で亡くなっていたかもしれません。
会社の同僚や友人たちにも恵まれていました。
「病気を隠れ蓑にしてはダメだ!もっと前向きに生きろ!」と、散歩に誘ってくれたり、旅行に連れて行ってくれたり、飲みに誘ってくれたり、元気だった頃と同じ接し方で叱咤激励してくれた友人もいました。
家族にも言えないような沢山たくさんの愚痴や泣き言を聞いてくれ、いつも言葉で力付けてくれた友人もいました。
同じグループだった会社のTさんは、「よーし、今日も大丈夫!」と毎日毎日励ましてくれた。
Tさんは、私の病気が発覚する数ヶ月前に他の部署から異動してきました。
先日、メールで完治の報告をした際の返信にはこんなことが書いてありました。
“私が卍郎さんの部下になってから10年と7ヶ月が経ちますが、移動して間もなく病気が分かり、卍郎さんの闘病生活と共にあったような10年間でした。
出来の悪い部下でしたけれど、この間、何かしらお役たてていれば良いのですが…。”
何かしらどころではなく、私はTさんの「今日も大丈夫!」のたった一言に励まされ、立っているのも辛かった日でも会社に行くことが出来たのです。
本当に、私の闘病期間中、ずっと世話になりっ放しでした。
忘れてはならないのは、M先生です。
病気が発覚して以降は、ずっとセカンドオピニオン(それも、実質無償)と精神面でのフォローをしてもらいました。
「気休めは言っても仕方ないけど、同じことを伝えるにも言い方で随分患者の受け取り方は違ってくる。色々な言い方が出来るのは、日本語の良さだ。医者はその良さを活かさなければならない。」
と言われていた通り、厳しいことも言われましたが、診察後にはいつも笑顔になれました。
そのM先生の管理下も、今年の春に離れました。
ご高齢(93歳)もあり、外来の負担を減らしたいと言うのが理由でしたが、
「あなたの病気は、もう大丈夫!」と言うことだったのかもしれません。
亡くなった妹が送ってくれたサプリメントとの巡り合いもありました。
交代した主治医の処方でもどうしようもなかった下痢がこのサプリメントで解消し、食欲が戻り、動けるようになり、その後の闘病を支えてくれました。
他にも沢山の巡り合いがあり、そのお蔭で今を生きることが出来ています。
私はと言うと、どなたにとっても良い巡り合わせにはなってはおらず、迷惑なやつにしかなっていないような気がします。