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この記事は書かねばなるまいて。 本日、神宮球場で今シーズンの東京ヤクルト最終戦が行われます。 県外に住んでいることと、東京ヤクルトと同じくらい大事な用事が ある為、私は球場には行けません。 それでも時間は進み、引退の時はやってくるのです。 本日の記事は長文ですので、お時間のあるときにお読みください。 外野ならどこでも守れ、好打も光る選手です。 何年前だか忘れましたが、当時のヤクルトでは飯田選手が不動のセンター そして不動の一番として君臨していました。 その飯田選手が不調だかケガだかの時に代わりにスタメンに名を連ねるように なったのが真中選手でした。 私は飯田選手が大好きでした。 だから飯田選手を追いやったようにみえて、当時は真中選手のことが あまり好きではありませんでした。 ちなみに「池山⇒岩村」の時も同じことを感じました。 世代交代を理解していなかった、私自身の考え方が若かったのだと思います。 その後飯田選手も復活し、真中選手も大活躍しました。 二人ともヤクルトの欠かせない戦力です、 何度も優勝してくれました。 何度も全力プレーを見せてくれました。 阪神ファンの後輩が真中選手のコマのように全身を回したバッティングフォームを 真似してくれたことがありました。 「あの打ち方はすごいっすね! 全力ですよ!」 我が事のように嬉しかったことを覚えています。 どあい。 「わたらい」の名字が読めずに「どあい」と読んでいました。 それが度会選手とのファーストインプレッション。 セカンドインプレッションはゲームの「実況パワフルプロ野球」。 度会選手はゲーム上の設定でファースト・サード・外野が守れ、 しかもパワーもそこそこあるという非常に役に立つ選手で、後半の 勝負どころでいつも活躍してくれました。 「そうだ、ベンチにはまだ度会選手がいる、だから大丈夫!!」 現実の世界でもまさしくそういう選手です。 今年、初めて戸田球場に行ったときに間近で姿を拝見しました。 超かっこよかった。 ずっと昔から名前を知っていて、本当に頼りになる人で、優勝する為に 欠かせないメンバーで。 そんな憧れの選手を間近で見ることが感動でした。 「西城陽高校出身のプロ野球選手がいるぞ!」 マイフレンドゆうに教えてもらいました。 しかもその選手は我が愛するヤクルトスワローズに入団していました。 セットアッパーとして大車輪の活躍でヤクルトを優勝に導いてくれました。 さらに当時の背番号は「26」。 「じろー」と読める番号「26」。 どんだけ自分好きなんだ、との批判もあるかもしれません。 でもそんな縁もあり、私は河端龍選手が大好きです。 何年前だったか、まだ肩のケガが無かったころだったのか。 神宮球場で河端龍選手のピッチングを見たことがあります。 「河端ー! 河端ー!! 西城陽ーーー!!!」 その時の私のあまりの興奮っぷりを見た周りのファンはどう思ったでしょうか。 応援する気持ちは伝わっていたでしょうか? 自分のことばっかりで、興奮しすぎてスミマセンでした。 でもあなたの活躍は僕の心に焼き付いています。 一生忘れません。 |
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2008年10月12日
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