峠のブログ

年越しリニューアル...の予定

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エミコ

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五月にしては少し暑すぎる昼下がり、近所のホームセンターに電動ドリルを買いに出かけた。店内には、数年前ヒットした聞き覚えのあるポップスが流れていた。それでぼくは不意にある女のことを思い出した。その曲を聞くのが数年ぶりなら、その女のことを思い出すのも数年ぶりで、ずっしり重いドリルを手に、少し感傷的な気分になった。

彼女のことにかぎらず、当時のことはあまり思い出したくない。なにもかもが、うまくいかなかったからだ。

思い出したといっても、たいしたことは覚えていない。徳島の病院の娘だとか、実家には五つのガレージがあるとか、生まれてこのかたラーメン店に入ったことがないとか、どうでもいいことばかりだ。

そう、彼女の名はエミコ。南国的な大味なつくりの、決して美人とはいえない顔立ちだった。背はやや高め、腰が締まって、膝下がすらりと長かった。スタイルは悪くなかったが、不思議と男好きのするところがない女だった。いったい何を話していたのだろう。早口で、おしゃべりだった。いつも違うブランドのバッグを持ち、世間知らずで、小生意気だった。

ある夜、ぼくらはいつものように駅前のバーでビールを飲んでいた。宇野と高木の他に数名の男女、そしてエミコがいた。それからどういうわけか、ぼくらは宇野の車に乗り、少し遠いのでふだんなかなか足が向かない街外れのディスコに出かけた。少し前に事故で車を廃車にしてしまった宇野は、親父の持ち物だという、5000ccの巨大なメルセデスに乗っていた。宇野と高木とぼく、女はエミコひとりだった。

そういえば、エミコが夜遊びに付いてくるのは珍しい。彼女に声をかけたのはどうやらぼくのようだ。二人はエミコをまくつもりだったらしく、後で口の悪い高木から非難された。といっても、彼らがエミコを嫌っていたわけではない。送ってと言われれば、家まで送り届けただろう。彼らにとって、ディスコはナンパする場所で、女連れで行くべきところではなかっただけだ。

やがて、宇野がどこからか三人組の女の子を見つけてきたので、ぼくらはテーブルを囲んで一緒に飲み始めた。宇野が目をつけたのは、モデルといっても通りそうな、背の高い、小麦色の肌の女の子だった。なるほど、宇野が引っぱってきたのだから、彼に選択の自由があるのは当然だ。高木が狙いをつけたのは、なんとなく不幸そうな顔をした十人並みの子で、相手がちょうど三人組だったせいか、三人目の相手は自ずとぼくに決まった。かなり太目の、どうみても魅力のない子だった。口のきき方も知らない、まったく話にならない女だった。

二人はそれぞれお目当ての子を口説こうと、ウォッカ入りのドリンクをさかんに飲ませていた。ところが、真っ先に酔いつぶれたのは三人目の子だったので、ぼくはすっかり手持ち無沙汰になってしまった。いや、彼女だってきっと手持ち無沙汰だったのだ。

結局、その夜は何の収穫もなく、女の子たちはタクシーを拾って帰ってしまった。ご丁寧にも、酔いつぶれて樽みたいにソファーに転がっていた女さえ片づけてしまった。なんのことはない、ウォッカを飲ませまくって散財し、喉がかれるまでしゃべり倒しただけだった。ウォッカの存在を信じない人間には、たぶん、ウォッカはその効力を発揮しないのだろう。

外へ出ると、夜が明けかけていた。烏が行き交う灰色の街を駆け抜け、目についたファミリーレストランに飛びこむと、ぼくらはステーキを食べながらビールを飲んだ。朝っぱらから食べるようなものではなかったが、どういうわけか、無性に肉が食べたかったのだ。まるで何かの罰ゲームみたいに、硬く、味気ない、ステーキとよぶには薄すぎる肉だった。しゃべり疲れたぼくらはすっかり無口になっていた。

そういえば、あの夜エミコはどうしたのだろう。いつの間にか、姿が見えなくなったが、数年後の今日まで、それを疑問に思ったことはなかった。その朝も、次に会ったときも、そのことが話題になった覚えはない。きっとどこかの男に声を掛けられて、ふらふら付いていってしまったのだろう。エミコはそんな女だった。気づけばそこにいて、いつの間にか姿を消しても誰も気づかなかった。

エミコには誰にでもやらせるという噂があった。実際、彼女のおかげで、ぼくらのまわりはいつの間にかみんな「兄弟」ということになっていた。セックスの最中に相手の男の名を叫ぶという性癖を持ち、それでも相手の名を呼び間違えたことがなかった。

いつだったか、エミコが作ったというカレーを食べたことがある。市販のルーを使った、どこにでもあるカレーだった。甘くもなければ、辛くもなかった。うまくもなければ、まずくもなかった。

それにしても、どうしてこんなつまらないことばかり思い出すのだろう。

年齢層の高いホームセンターの客のなかでも、立ち止まってBGMに耳を澄ましているのは、電動ドリルを手にしたぼくだけだった。

いまになってふと記憶に甦ったのは、そこで耳にした曲を、エミコがよくカーステレオでかけていたからだ。気に入っていたのか、当時流行っていて、たまたま手元にあったのか、彼女の車の助手席で何度か耳にした覚えがある。甘ったるい女性ヴォーカルは、あらためて耳をこらすと、ロマンチックな純愛を歌っていた。


目を閉じて 手を当ててみて
私の胸 ドキドキしてるでしょ?
どう? あなたも同じ気分?
それとも私が夢を見てるだけなの?
この思いはずっと燃え続けるのかしら?


運転しながら、メロディーに合わせて、エミコは鼻歌を歌った。もちろん、彼女が歌詞の内容を気にとめていたとは思えない。あのころのぼくと同じように、甘い歌声がただ耳を通り過ぎていっただけだろう。聞けば聞くほど、エミコには似つかわしくない歌詞だった。彼女にもそう言ってやりたかったが、当時のぼくには、それを皮肉っぽくなく言うのは無理だっただろう。いや、いまだって無理かもしれない。

ただ、エミコは本気で腹を立てたりしないはずだ。そんな気がした。



                  

閉じる コメント(8)

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長い文章を読むのが苦手な私でさえトリコになりますね。
若い頃の上沼さんではないですよね。

2007/6/1(金) 午後 0:54 ▲

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いつも短くしたいと願っていますが、ついつい長くなってしまいます。短くして、もっとコンスタントに更新するのが目標です。

エミコについてはその通り。柏▲さんの頭の中のエミコを想像してください。

2007/6/2(土) 午前 9:14 jir*q*ici

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本当に引き込まれます。。。

私は、これだけ短い文章なのにこの余韻、すごいなぁ〜って思いましたm(__)m

寂し気なお話ですね。。。

2007/6/2(土) 午前 9:47 [ ono**2002pe*ce ]

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ははは。ブログ記事にしてはかなり長いほうですが、ほめ言葉として受け取っておきます。

余韻については書くほうにはなかなか計算できないものですね。実は書き終わった後、書き間違った、という気がしました。でも、書き直すならはじめからすべてという感じだったのであきらめました。でも、次に何か書くとしたら、もう少しましなのが書けそうな予感がします。

たしかにすこし寂し気なお話だと思います。その「気」のようなものが伝われば今回は十分です。

2007/6/2(土) 午後 9:11 jir*q*ici

思い出してもらえるだけで、素敵です。記憶の片隅にも残らない人間なんて、世の中多いですから。

2007/6/3(日) 午前 3:08 LINA

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ほんとにそうですね。で、後で思い出すのは、その当時一番心をとらわれていた人や物ではなかったりすることもあります。人の記憶の不思議ですね。

2007/6/9(土) 午前 6:57 jir*q*ici

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この曲、私も口ずさめます。キーの高さが丁度いいから。歌いやすいという理由だけですが。
jiroquiciさんの青春時代をチラリと覗かせていただいたような気分です。ちょっとほろ苦い。

2007/6/17(日) 午後 10:59 karen

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実はもっと昔に流行った曲のカバーだったんですね。青春時代というのは、きっと多くの人にとって、ほろ苦い思い出なのかもしれません。もう終わってしまったとしたら、残念なのですがw

2007/6/21(木) 午前 0:41 jir*q*ici


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