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今朝見たAの夢
思い出は美しく、哀しい。
近年、人との邂逅が川下りのように感じられることがあります。
人はどんどん通り過ぎてしまい、その多くは二度と会うこともありません。
中原中也の言葉もよく思い浮かんできます。
----私は苦労してきた。 苦労してきたことであった。----
人は近づこうとすれば遠ざかってゆく
ここでは恋愛のことをいうつもりはありません。
人は皆同類を求めます。
私は他人の内に自身のドッペルゲンガ―を見い出そうとします。
しかし結果は皮肉にも何万光年もの距離の痛感と、孤独の深化なのです。
それがわかっていながら、幻想を捨てられない弱さといいますか・・・。
元来私は人づき合いが苦手で、能書きを垂れるのも好きではありませんが、たまには思いつくまま書いてみ ます。
ーーー今の経済の半分位はいらない経済だと思います。ーーー
ビル・トッテン氏 2010.10.7 朝日新聞
会社経営者にしてこの直言にはびっくりしました。
私はとっさに八木重吉の言葉を連想しました。
----なくてよいものをあえぎもとめるのは
なんというおろかしいことであろうか----
私はたまにインターネットでCDを求めますが、速いものでは2日後に届きます。
しかし考えてみれば10日後でも1カ月後でもかまわないし、送料が安ければその方がいいのです。
そういう選択肢がもっとあってもよいと思うのです。
社会全体がいつからスピードや効率ばかり追求し、こうも忙しくなってしまったのか?
数十年前は正月の5日・6日までどこの商店も開いていなかったものでした。
そもそも私にはなぜ競って経済成長しなければならないのか理解できません。
私たちは皆お金持ちにならなければならないといわんばかりです。
議員のセンセイや地方自治体の長は豊かさの大合唱ですが、実態は開発という名の自然破壊を先導してい るように思われてなりません。
何が必要で何がいらないものか?
私がそういうことを真剣に考えるようになったのは、おそらく父が亡くなってからだと思うのです。
私の提案する「野草・野鳥そしてシューベルトのある生活」というのも、実はどれも父の死後に見えてきたもの ばかりなのです。
親の死がどれだけ人を覚醒させるものであるか!
父自身の趣味は詩吟や大正琴でしたが・・・。
そして今日私は悟りました。
このブログの目的はすでに達成されているのだと。
おそらくまたやりたくなったら別な趣向でブログを始めると思います。
おつき合いいただいた皆様には厚く御礼申し上げます。
最後にこのブログを亡き父に捧げたいと思います。
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