おゆみ野自転車共生会議

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ちゃりオタクの日常

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あけましておめでとうございます

みなさま、2010年になりましたね。
人類は第二ミレニアムを超え、切りの良い10年目の節目を迎えました。

地球では温暖化や新型インフルエンザなど、
人類にとって新たな課題が次々と発生しています。

その関係の中で、皆さんはどのような自分であろうとしているのでしょうか?

***********

さて、チャリ会のオヤジとしては、
昨年秋から、一家が新型インフルエンザの荒波を受けました。

幸い、みんな症状は軽く済みました。
新型が強毒性を帯びる前に、免疫をそなえたと前向きに考えることにしています。

また、経済ではWindows7が発売されましたね。

パソコンパーツの小売流通の倉庫で仕事をしているオヤジにとっては、
景気の二番底云々が喧伝される中、大変忙しい年末でした。

これも、仕事ができることの幸せを感じることにしています。

***********

さて新年を迎えたオヤジをはじめ、チャリ会の活動はすでに始動しています。

1月9日(土)には「おゆみ野女性の会」主催の講演会に出席し、
地域活動の勉強と、地域の団体との交流を図りました。

10日(日)には久々のぷらっとおゆみ野ふれあい市で、
自転車無料点検を行いました。

そして本日11日(祝)には、第二回おゆみ野四季の道駅伝大会の実行委員会に出席しました。
今回もチャリ会は最後尾係をおうせつかりました。

これは最終ランナーの後を自転車で走り、レースの終了を告知するのが役割です。

***********

今年のチャリ会の予定は、

 々岷蕾颪粒催
◆ー転車安全教室のプログラムの完成
 遊歩道での自転車と通学生徒とのすみわけのための道路標示実施

など、楽しみな内容です。

なかなか、ブログに書きこむ時間がないオヤジですが、
地道に報告をしてまいります。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

子育て真っ盛りの中年チャリおやじになると、
生活のすべては子供が最優先。

大好きな自転車屋めぐりも、今は子供を遊ばせながらやっています。
(一か月に1回は自転車屋さん行かないと禁断症状が出ます)

そこでうれしいのが、ららぽーと船橋にある、セオサイクルです。

子供を遊ばせるには、ららぽをめぐり、自転車屋には、
「ちょっと立ち寄る」といった風情で自転車に興味のない、
わが子をごまかすことができます。

この間も、クリスピードーナツを食べようと、
ナナをごまかし、セオサイクル詣でに出かけました。

そこで、最近気になるミニベロで、
スイス生まれの「ブルーノ」のミキストを見つけました。

(ミキストはトップチューブを下に下げて、スカートの女性でも、
エレガントに楽に乗れる様に設計されたフレームです。)

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写真が下手で見にくいのですが、渋い抹茶色のフレームです。

グリップとシートは茶色の革風でまとめてあり、手触りは良好。
エンブレムも、さすがヨーロッパの自転車で、風情があります。

20インチのタイヤサイズのため、路面のショックを伝えやすいのが、
ミニベロの特徴といえますが、ブルーノは、
シートステーを、やや曲げて、ショックを逃がす構造をしています。

ひきかえ、フロントフォークはストレート。
こちらは力を逃がすよりは、はやりでしょうか?

このほかに店内には、ピンク、ベージュ、白のモデルがありました。

籐かごを取り付けて、街のカフェなんかに颯爽と出かけると、
似合いそうな、自転車ですね。

これで、5万円でおつりがくるとは、財布にもありがたいです。
(おっと、私は子供最優先なので、これ以上の自転車の子供はもう打ち止めですよ)

なお、ららぽにはかつての船橋そごうにセオサイクルがもう一軒あります。
こちらにはGiantのスペースがあります。

前回にご紹介したエスケープミニの2009年モデルが2台だけ残っていました。
価格も、4万ちょい。お買い得です。

ぜひどうぞ

2010年モデル登場

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ここのところ爽やかな秋晴れだニャ。
なのにオヤジは今日、休日じゃ無かったみたいだニャ。

そうなんだ。最近、仕事が多くてね、今日は休日出勤だったんだよ。
Windows7がよく売れているようで・・・

にしても、ご自慢の「ペガサス」が部屋に無かったニャ。

うん、休日出勤を利用して、最近はやりの、
「自転車ツーキニスト」をやって見たんだよ。

「ツーキニスト」って?ツーリストじゃニャくて?

ああ、造語でね、通勤+イストで「ツーキニスト」なんだよ。
自転車通勤するひとのことだね。

ニャにィ?職場まで自転車で行ってきたニャ?

うん。

国際水泳場のある、新習志野までニャ?

の、海側の茜浜だよ。

そんな、遠くまで走ったニャ。
どれくらいかかるニャ?

う〜ん、だいたい一時間弱かなあ。

オヤジ、もう年なんだから、無茶しないようにニャ。

こりゃどうも。
あっ、そうそう、帰り道にちょいと自転車屋さんに寄ったら、

GIANTのミニベロの2010年モデルが置いてあったよ。

オヤジのお気に入り自転車ニャ。

そうなんだ、20インチのシティ感覚のミニベロで、
何といっても、軽い!重さは10Kgちょっとしかない。

なら、オヤジのロードレーサー「ペガサス」とタメ張るニャ。

そうなんだよ。

2010年モデルでは、前カゴが写真の通りに、
アルミパイプでできたカゴになってたよ。

去年のモデルは、キャリアだけだったから、
より気軽に使える感じだニャ。

そして何より、値段が安いんだ。
今日のお店では、48,800円で販売していたよ。

うん、それは安いかもニャ。
お店はどこにあるのかニャ?。

千葉みなとのポートアリーナ知ってる?
前に、テプコ地球館があったところだよ。

???

TAMTAMっていう模型屋さんとか、
トップマート入ってる建物だよ。

それなら知ってるニャ。
問屋町のところニャ?

そうそう、その建物の向かいにある自転車屋さんだよ。
自転車館(白木屋輪業蝓ってところだ。

店員さんたちも、親切な人ばっかりで、
ドラも好きなお店のひとつニャんだな。

ジャイアントのミニベロは人気車種だから、
気に入った方はお早めにお買い求めくださいね。

・・・・・・オヤジは、自転車屋の営業か?

前世の話2

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前世というものが、いくつもあるとは思っていませんが、
潜水艦乗りの夢を見た後、再び昨夜、前世の夢を見ました。

見ていた時間は短いと思うのですが、
文章にしてみると、意外と長くなるんですね。

みなさま、どうかお付き合いのほどを・・・
何故、前世だと思うのか不思議なのですが、
普段見る夢とはリアル感が明らかに異なる上、
非常に特徴的なことがあるのです。
それは、夢の始まる前にその時の人生の目的が、
イメージとして浮かんでくるからなのです。
それは感情やイメージなので言語化することは非常に困難なのですが
何とか言葉に表しますと今回の目的は、

殺しあうことで勝とうとすることは不毛だという感情を味わうことでした


前回の夢と同じく、えっ?それって何?と戸惑っている間もないうちに、
その時の人生の一場面に変わります。

どうも、関が原の戦い前後の時代、
農家の兄弟の何番目かに生まれたようで、家を継ぐことも出来ず、
剣で身を立てようとしていたようです。まるで宮本武蔵ですね。

さて、武士でもない私は、剣の修行といっても、
道場に通って習うでもなく、戦国の世ですから、
落ち武者相手に、腕試しをすることでのし上がるしかありませんでした。

そうするうちに、似た境遇の仲間が一人出来て、お互い切磋琢磨しながら、
少しずつ剣の腕を上げていったのでした。

私は、農民でしたが剣の天びんがあったのでしょうか、
順調に腕が上達していったのですが、仲間はそうはいきませんでした。

はじめはライバルとして意識していたようですが、
やがて実力にハッキリ差が出来始めると、
ライバル意識がいつしか私を敵視するようになっていったのです。

そんな毎日がいつまでも続くわけには行きません。
程なくして敵意を露わにした仲間は、
私とわかれてどこかへ姿を消してしまいました。

月日は流れ、見る見る剣が上達した私は、道場を構え、
弟子を取るようになり、ひとかどの剣士として暮らすようになりました。

ところが、強くなればなるほど、剣を目指す者達から、
仕合を望まれるようになってきたのです。
初めは道場での木刀での立会いでしたが、
幾人かからは、真剣での勝負を挑まれることがありました。

腕に自信はあったのですが、そのおごりのためか、
万が一にも負けることに、恐れをいだくようになっていました。
そうして、真剣の勝負は、断りつづけていたのです。

ところが、剣を極めようとする者達は、執拗でした。
ある夕方、ひとけの無い小道を歩いていた時に、
数人の者に取り囲まれ、有無を言わせず斬りかかられたのです。

勿論、私の剣は冴え渡り相手を退散させることが出来ましたが、
その時の刀傷がもとで、その後は自在に剣を振るうことが、
出来ないからだとなってしまったのです。

最強の剣士から、手負いの老剣士の立場になり、
今後の人生に向け、あらたな考えを持ち込まなくてはならなくなりました。

弱い者がいるから、強い者がいることが出来た。
同じように、強者がいるから、弱者がいることが出来る。
強者を目指し、弱者を全て斬り殺していったら・・・・
自分以外の者はいなくなってしまう。
弱い者、強い者それぞれがいるから、世界は成り立っている。
そう思えたとき、頂点から転がり落ちた私に、
ただ穏やかな時間と日々がやってきたのです。

そうして、道場では、強い者、弱い者全てが集い
それぞれが、おのおのの目標に向かって切磋琢磨する日常となり、
私は幸せな日々を過ごしたのです。

ところが、穏やかな日々は長くは続きませんでした。
かつて、袂を別って行方不明になっていたライバルが、
武者修行の末、鬼気迫る勢いで私の居所を突き止めて、
真剣勝負をしたいと言って、私の前に再び姿をあらわしたのです。

私はすでにまともに戦える体ではなくなっていましたが、
かつてのライバルは私を倒したい一心で生きてきたのでしょう。

本当のことを言って、仕合を避けることも出来たでしょうが、
そうしては、相手のそれまでの人生を否定してしまうことになります。

私は、相手の長く寂しい人生のことを思って、あわれを感じました。
そして私も全人生を掛けて真剣勝負を受けることを決意したのです。

かつて剣士たちに襲われた場所を仕合場に選び、
私は、今や重く感じる、使い慣れた細身の太刀を下段に構え、
ライバルの剣筋を探りました。

白い剣先が波のように届くさまが見えた刹那、
ライバルの体が、うねるように向かって来ました。

すでに相手の動きに従って左足を軽く踏み出していた私は、
体をやや左に傾けながら、相手の剣をかいくぐり、
首筋に虹の一閃を放ったと思ったそのとき、
肩に衝撃を感じて前に倒れ、小石と砂を噛んでいたのです。

見えるのは、横に傾いたライバルの、はかまと草鞋だけでした。

私が強かったのは、弱いものがいたからこそだ。
強さだけを求めても、たった一人になっては、何も得られはしないぞ。
ライバルに伝えたつもりの声は、うめき声にしかなりませんでした。

やがて私の急に気づいた弟子達が、駆けつけてきました。
倒れている私の姿に激高して、師の敵討ちを誓うぞと叫び始めました。

ああ、むなしい、命を奪うことで人に勝つなんて、不毛なことだ。
剣の腕をいくら磨いても、相手を尊重し、自分に打ち勝つことこそが強さなんだ、
弟子達をたしなめる言葉は、すでに音になることはありませんでした。

こうして、この時の私の人生は終わりました。

現代になっても、恨みが恨みを呼び、
お互いが血で血を洗う争いの日々を、人類はいまだに繰り返しています。

その渦中にいる人たちには、せめて心からの祈りを、
そして、なんだかんだ言いながら平和な日本に暮らしていることに感謝を、
最後に、せめて、その考えを表す行動を、日々の暮らしの中で表現していきます。

前世の話

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ゴールデンウィークが終わってしまいましたね。

子ども達には、楽しい休みだったでしょうか?
お父さん達には、仕事の息抜きになったでしょうか?
お母さん達には、家事から解放されましたでしょうか?

さて本日は、私が昨年、欧州で開催された、自転車医療学会に出席のために、
シルクロードの西域を旅している時にあった不思議な体験についてお話します。

前世の話


トルファン近くの小さな村で、満天の星と天の川に覆われた一夜を過ごした時、
ふと、思い出したのです。

私の前世は、許すという感情を体験するために、この世に生まれたということです。

前世の私は軍人だったようです。
そして、潜水艦の乗組員でした。

戦争のさなかのある日、私の乗り組んだ、潜水艦は、
敵駆逐艦の激しい攻撃を受け、ろくに戦果をあげることもなく、
降伏してしまいました。

そして、捕虜となり、収容所へ送られました。

収容所では尋問官が、私に執拗に尋問を繰り返しました。
敵国は、潜水艦の技術について少しでも得ようとしていたようです。

一方、我が軍でも、潜水艦の技術については、最高機密でした。

そのため収容所での私は、軍人としての誇りと、
友軍を殺戮する敵国人への激しい怒りから、
尋問を受けても、一言もしゃべることはありませんでした。

収容所の所長は、そんな私を、好意的に見ていたようです。

それは、口を割らない軍人として、尊敬の念を抱いていたのか、
尋問官のひどいやり口への反発だったのかわかりません。
(なにしろ、敵国とは言葉が違うのですから)

ただ、ほかの捕虜に比べて、所長の私への扱いは、
好意的だったと感じられたのです。

そんなある日、収容所の職員たちが、自転車のタイムレースに興じていました。
(今で言う、クロスカントリーのタイムレースみたいでした)

本国では、ほとんど自転車を見たことの無かった私は、
野山を縦横に駆け巡る、自転車に大変興味を持ち
捕虜の修練の最中に、ずっと見ていました。

そんな私の様子を見て所長は、私にも自転車に乗ってみないか?と、
身振り手振りで、誘ってくれたのです。

私は、職員の乗り方を、見よう見まねで覚え、走ってみました。
敵国の捕虜であるにもかかわらず、自転車で走ることは、
すばらしい開放感があったのを覚えています。

コースを一周走り終えた私は、拍手と歓声で迎えられました。
すばらしいタイムが出たようでした。

その間も、尋問は続きましたが、
私は相変わらず、一言もしゃべりませんでした。

そして、敵国の上層部は、潜水艦の機密をしゃべらない私を、
用の無い捕虜として、処刑を決定したのですが、
そのことは勿論、私の知れることではありませんでした。

それから、所長はときどき私を誘い、自転車に乗せてくれるようになりました。
私も、自転車に乗っている間は、非常に生き生きと楽しむことが出来たのです。

ある日、ついに私は所長に呼び出され、処刑を宣告されました。
(言葉はわかりませんでしたが、処刑宣告であることは理解できました)

それからと言うもの、私は毎日涙を流し続けて過ごしました。それは・・・

自分が処刑されることが、悲しいのではなく、
所長が、上層部から、私に処刑の宣告をするように命ぜられて、
激しく苦悩したであろうこと、に対しての悲しみでした。

そして、処刑される時、私には新たな感情が、沸き起こりました。

あれほど、憎み、恐れていた敵に対し、
自分と同じ、暖かい心を持った人間性を見つけ、いつしか、

心の底から許すという感情が心を満たすのを感じたのでした。


これが、わたしの思い出した前世です。

さて、現在の私の人生は、何を実現するために生まれてきたのでしょうか?

しみず

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