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26日13:30から瑞浪市地域医療協議会通常総会が文化センター講堂で開催されました。協議会の会員は医師会53名、歯科医師会28名、薬剤師会25名と思ったより多い人数です。実際の総会出席は30名ほど。その他は委任状ですね。規約は委任状も含め3分の1以上の出席で成立とのこと。3部会それぞれの活動のほか、毎年秋に開催される健康まつりの参加が主な事業です。挨拶では23年度決算より介護保険の保険給付費が国民健康保険の保険給付費を上回り、24年度はその差がさらに拡大と報告しました。国保も保険料が大幅に上がります(9.5%平均8,300円)。平成27年度全国の自治体でも第6期介護保険事業計画の策定が予定されていますが、介護保険料もアップは確実でしょう。それよりも団塊の世代が75以上になる2025年には全国で100万人の介護人材が必要といわれています。今後は介護にまつわる医療課題がさらに大きくなるのでしょう。それぞれの現場で地域の医療課題を感じてみえる先生方と一緒に目指すべき健康づくりの方策や地域医療の課題克服について話ができればありがたいとお願いしました。
瑞浪市国民健康保険(24年度決算)
被保険者9549人(住民登録39741人)加入率24.03%
保険給付費24億37百万円
瑞浪市介護保険(24年度決算)
被保険者10529人(住民登録39741人)割合26.49%
要介護(要支援)認定者1595人 居宅介護サービス受給者967人 地域密着型サービス受給者113人
施設サービス受給者290人
介護保険給付費 25億66百万円
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25日10:00より議会改革・議会基本条例特別委員会の協議会が開催され、条例案作成の大詰めの作業が行われました。本日は前回までの基本条例案の確認と前文の作成でした。事前のたたき台案をもとに私が作成した25日提出案を基本に作成することになりました。今後文言などの調整を行い正式案が決定されます。
瑞浪市議会は、市民から選挙で選ばれた議員で構成される市民の代表であり、住民自治をかなえる重要な機関である。
日本国憲法は、議事機関である議会の議員と執行機関である長を直接選挙で選ぶ、二元代表制を地方公共団体の制度としており、議会と市長とは、対等の立場で、抑制と均衡を保ちながら、住民福祉の向上と市勢の発展をめざすことが求められている。
瑞浪市議会は、この制度の下、議会及び議員の活動原則、市民と議会の関係、長および執行機関の関係を明らかにして、公正性、倫理性を確保し市民に開かれた議会運営につとめ、市民の負託に応えることを決意し、議会における最高規範として、ここに瑞浪市議会基本条例を制定する。
今期中に制定する目標何とかなりそうです。議長在任中の制定のやりがいと責任を感じています。
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みずなみ焼と販路拡大事業 ブランド確立事業の背景
ブランド確立事業の背景
瑞浪市の陶磁器製品は、磁器の和洋食器製造が中心で、海外へは主にOEM(相手先商標による商品の受注生産)として出荷してきた。国内外の高級ブランドの製品等を受注生産してきた実績から、生産量、品質には定評がある。また、納期的にも対応できるよう、受注から出荷まで速やかに行える分業体制が整備されている。総合的に高い評価を受けているものの、こうしたOEM生産への依存は、消費者ニーズの把握、製品の企画開発力、ブランド確立のための努力に欠ける結果となっていた。
販売面においては、中国をはじめとする海外からの低価格製品の大量な流入や、生活様式の変化に伴う個人消費の多様化などの影響により、厳しい競争を強いられている。また海外への販売では、かつては日本の代表的な輸出産業として、欧米や中東地域へ多く輸出されていたが、1985年のプラザ合意による円高などによる影響で、国際市場における価格競争力を失い、ここ数年の輸出額はピーク時の1/10程度となっている。このため市内の陶磁器産業の事業所や従事する従業員、製造出荷額等は、1990年代前半をピークに減少が続いている。出荷額は48%と半減している状況である。
この報告続く (2013年8月7日)
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みずなみ焼と販路拡大事業 (陶磁器産業の歴史)
瑞浪市の陶磁器産業の歴史
瑞浪市の「やきもの」の歴史は、7世紀の須恵器に始まると言われています。古代の焼き締め技法から平安時代の白瓷を経て、やがて釉薬をかけて焼成する施釉陶器へと技術改良が重ねられた。
16世紀には、茶の湯流行や南蛮文化等の影響も受け、日本独自の陶器である黄瀬戸、瀬戸黒、志野、織部などの「桃山陶」を生み出し、周辺地域を含め日本を代表する産地となった。
17世紀には、生産の主力を日常雑器に転換し、国内の消費地に向けて、「せともの」の名前で製造、出荷し、その優良な陶土と品質により国内最大の生産地の一つになった。
1846年には、美濃地方では最初となる銅版絵付による「里泉焼き」(市内稲津町)が考案された。従来の陶器から磁器へと転換の一歩が踏み出された。幕末1858年には、市内釜戸町の足立岩次が函館奉行の要請により北海道に渡り、殖産興業「函館焼」を創設。その後地元で「荻之島焼」に取組んだ。市内陶町では、中村弥九郎が洋食器である扇面バター皿を制作した。以降、陶町では日本を代表する貿易陶磁器生産の町として発展することになった。
このように幾多の時代の変遷の中で、常に新しい技術を開拓し、それぞれの時代に即応しながら発展し、今日では和洋食器製造、型製造、絵付け、転写、釉薬・坏土製造など陶磁器製造に関連する事業所が集積する、日本を代表する一大陶磁器生産地を形成するに至っている。
この報告続く(2013年8月6日)
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「みずなみ焼」ブランド確立事業の報告書を昨年10月一般社団法人瑞浪コーポレーションがまとめた。
はじめに
『岐阜県南東部の東濃地方に位置する瑞浪市は、上質の陶土に恵まれ、歴史育まれた製陶技術により知られてきた。しかし、近年の産業構造や消費構造の大きな変化に伴い、地場産業としての生き残りをかけ、製品の高付加価値を図る必要が認識されていた。このため陶磁器産業界は、他の産地との差別化を図るべく「みずなみ焼」ブランドの確率を目指して取組みを進め、今年度で事業開始後、10年が経過することとなった。
「みずなみ焼」ブランドは、事業開始後、内外で徐々に認知が進んできたが、ブランド確立は、短期間でできるものでなく、長期の粘り強い確固とした取組みが必要である。この間で得た成果を更に発展させ、真のブランド確立を実現するためには、随時その成果を見直し、次の展開につなげていかなくてはならない。
瑞浪コーポレーションでは、毎年度海外出展の取組の成果をまとめているが、この10年間の成果を総合的に振り返り、ここに「みずなみ焼」ブランド確立事業の報告書をまとめるものである。』
この報告続く(2013年8月5日)
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