荒野の狼

気張らずにありのままの自分でいよう。

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松沢牧師の思い出

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 松沢家に初めて電話を入れた時、最初に電話に出られたのはよし子さんだった。そのときはまだ松沢家

 の事情を知らなかったので、幼い子供さんが出られたのかと思い、「お父さんはいらっしゃいまか?」

 と言ってしまった。あとで知ったとき、その方が奥さんだと知ってびっくりした事を思いだします。

 結婚したての頃、不幸にも脳腫瘍を患い、医者が見放していたにもかかわらず、祈りが通じて奇跡的に

 命は助けられたけれど、知的障害が残ってしまったのだそうでした。 初めて会った私のような者にも

 松沢さんは隠そうともせず、当たり前にふるまっているので、私の方が逆に気を使ってしまった。

 安っぽい同情だけど気の毒に思った。 このことは後々、松沢牧師に与えられた神の試練だったのかも

 知れない。 アーサーの“不良牧師”の中で「 死んでしまえばよかった」 なんて書かれていたらし

 いけど、死んだあと、チャンネル2の羊の掲示板の中で、その発言に対して松沢牧師は牧師として資格

 の無いひどい人間だと非難されていたのを私も読みました。彼は確かにそう言ったかもしれない、でも

 それは、彼独特の言い回しであって、本心でないのは、アーサーも知っていて書いたはず。そうでなけ

 れば親友のことを、本には書いて出せないはずです。牧師の中には善者ぶった偽善者が多い、俺達はそ

 こを通りぬけよう、良いことも、悪いこともさらけ出してパウロのいう罪びとの頭でもいい、この宣教

 力の弱い日本のキリスト教の一般的な牧師にはなりたくない。そういう気持ちで書いたはずです。アー

 サーの気持ちも私にはよくわかります。アーサーの親しい友達でもあったのだから。 

 ある時、松沢さんは好きな人ができて、牧師を捨てて駆け落ちしようと思い悩んだ時期もあったそうで

 す。牧師だって二十歳代の若い人間です、そうゆう気持ちになることは仕方の無いことで、批判は出来

 ないと思います。 松沢さんは私にこう言いました「大口さん、その時俺はよし子を捨てることはでき

 なかったんだよ。」って。「今はね、よし子は妻というより、妹を思うような気持ちで愛しいんだ。」

 としみじみ話していたことが思い浮かびます。 結婚したての頃の写真を見せてもらったことがありま

 す。それはとても美人で愛らしい人でした。女優さんになってもおかしくないくらい、素敵な人でし

 た。今のよし子さんとは似ても似つかぬ人でした、松沢さん、本当は変わってしまったよし子さんを見

 るにつけとても辛かったんだろうなと思いました。ある時カラオケに行ったときのことです。その時は

 めずらしく、こんなことは、ほとんど無いことなんですけど、ほんの内輪のことだったので、よし子さ

 んも行くことになりました。そこで、“神田川”の曲がかかったら、よし子さんが泣き出したんです。

 私はびっくりしました。

 そしたら松沢さんは「よし子、思い出したんだね昔のこと、大口さん よし子はこの神田川を聞くと

 昔のことを思い出して泣くんだ」と話した。私は泣いているよし子さんを見て,切なくも愛おしく感じ

 た。ほんのわずかな幸せだった時のことが、よし子さんの失った記憶のなかに残されていたのかと思う

 と切なくて、・・・松沢さんは私達には計り知れないぐらい切なく寂しかったんだろうなと思う。

 松沢さんは寂しさを一杯抱えていた、誰にも知れず一人ぼっちで・・・・

 そのぶんイエスさまにすがってた、一杯一杯すがってた・・・・

 大口さん、昨日 イエスさまの夢をみた イエスさまに土手の上で手を引かれて、歩いている夢を見た

 と嬉しそうに話してた。 はやく御国へ行きたいと・・・・・死ぬ半年ぐらい前のことだった。



  夢をみた

  キリストが

  夕焼けの土手の上を

  私の手を握りながら

  歩いてくれた


  キリストは私を見て

  微笑んだ


  夢から覚めた私は

  さめざめと泣いた          詩・・・・・松沢秀章

 

  

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閉じる コメント(6)

松沢先生については、表面的なことしか知りませんでした。私も同じく罪深いのにも関わらず、真実を知らない私は心の奥底で、牧師ということで松沢先生を裁いていました。以前、私のブログに松沢先生の事を触れてきた兄弟がおられました。私は、その時からずっと何故か、松沢先生のことが気になっていました。。。荒野の狼さんの記事を読んで、松沢先生という方は深い痛みと孤独を抱えておられた方だったということを知り、泣きました。そして、心の奥で裁いていたことを悔い改めました。親友である荒野の狼さんの目から見た松沢先生の事をもっと知りたいです。

2009/3/30(月) 午後 2:26 Fruit  tree 返信する

〉「死んでしまえばよかった」

クリスチャンでも牧師でも、死にたくなることってあると思います。私だって、何度も思いました。


〉松沢さんは、好きな人ができて牧師を捨てて駆け落ちしようと思い悩んだ時期もあったそうです。


二度と愛さないと思っていても、許されない愛だとしても、愛してしまうことってあると思います。

その愛が、痛みや悲しみ苦しみを支えてくれたりもします。
人は愛される者であり、愛する者ですもの。。。

2009/4/1(水) 午前 2:01 Fruit  tree 返信する

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実の木さん「死んでしまえばよかった」の意味がよくわかりません。
その意味をもうすこし詳しく教えてください。
実の木さんはもっと深い意味をもって言われていることと思いますから。

2009/4/1(水) 午前 8:15 荒野の狼 返信する

「死んでしまえばよかった」「早く御国に行きたい」・・・生きる希望がないとか、信仰が弱っているとか、そうではなく、、、


主によって赦され、憐れみを受け、生かされても、尚、消えることのない耐え難い痛みと、犯した罪の重たさ、


「どうして、あの時、死ねなかったのか」
「神様、生きていてすみません」と、


イエス様にすがるしかない中にあっても、


酷く、ひどく、疲れ果ててしまう。。。


死にたくても、イエス様に申し訳なくて、自ら命を絶つことのできない苦しみ、


「もう十分です」と、「早く命をとって下さい」という叫び。


肉体はまるで、生きている様で、死んでいて、死んでいないのに、生きていなく、


境目を立っているかの如く、


山の頂きと頂きを結ぶ稜線を必死に歩き、


いつ谷底に落ちてもおかしくない極を、


ただ、ただ、目に映るところを越えた遠くを見るしかなく。。。。。。


歩かれていたと思います。。。

2009/4/2(木) 午前 4:58 Fruit  tree 返信する

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実の木さんはそのように受け取り感じたんだね、ありがとう。彼の中には生きているのが、精一杯というところがあったと思う。あんなひどい死に方さえしなかったら、素晴らしい牧師だったと思う、だから悔しい。

2009/4/2(木) 午後 0:46 荒野の狼 返信する

〉あんなひどい死に方さえしなかったら、素晴らしい牧師だったと思う、だから悔しい。

悔しいのですね。。。

2009/4/2(木) 午後 2:41 Fruit  tree 返信する

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