荒野の狼

気張らずにありのままの自分でいよう。

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  一通の手紙が松沢さんのもとに届いた。それは六本木教会で洗礼を受けた女の子からの手紙だった。

 彼女は横浜でNPO法人の「○○アカデミー」という、不登校、引きこもり、非行、ニート、などの

 問題児をニュージランドにあるファームという名の施設のなかで共同生活をしながら更生させて

 いく目的の施設のスタッフとして働いていました。その手紙には、ファームのなかで誤って一人の男の

 子が死んでしまった。その子はふだんから注意をしてもなかなか言うことを聞かないことが多くその時

 も、数人の仲間で注意をしたけれど言うことを聞かないので、もみあいになり、倒れた時の打ちどころ

 が悪くはいた物を喉に詰まらせて死んでしまったのだそうです。でも世間の見方は冷酷で、日本人の施

 設のなかでの集団暴行殺人事件として取り上げられ、大きな社会問題に発展してしまった。その当事者

 の数人が裁判までファームの中だけでの生活を強いられ監禁状態でいるので、松沢牧師にニュージーラ

 ンドへ来て彼達を救ってあげて下さい、という内容の手紙だった。 事件の大きさに尻込みして、係わ

 るのを嫌がり、頼れるのは松沢先生しかいないので助けて下さいとのことだった。  松沢さんはC型

 肝炎で普段ですら体がだるく大変なのにニュージーランドまで行くのはさすがに辛かったようで、再三

 再四断っていたけれど、彼女のどうしても松沢先生に来て欲しいという願いに屈して行くことに決めま

 した。一人で行くのは寂しいから一緒に行こうと言うので、さすがに私も断りました。

 ニュージーランドの入国管理はかなり厳しく「○〇アカデミー」の関係者は入国許可が降りにくかった

 らしかった。ファームに着いてその日からホテルを用意してくれたのを断って、彼達と一緒にここで

 寝泊まりすると言って、彼達、一人一人と寝ずに話つづけたそうです。この話を松沢さんから聞いた

 とき、馬鹿じゃないのか!自分の体のことも考えろよ思ったけれど、これが松沢さんの牧師たるところ

 なんだろうな。  彼達の中には反発してくる者もいたみたいだ。時には喧嘩腰で怒鳴りあい、ときに

 は広い敷地内をバイクで一緒に走ったり、喜怒哀楽をともにして行くうち、いつしか彼達も心を開き

 友達のように「松ちゃん、松ちゃんと」松沢さんを親しく呼び合う仲になった。 彼達は異国でしかも

 陪審員制という、日本とは違う裁判を控えていることの不安はかなり大きなものがあったに違いない

 し終身刑に成るかも知れないという不安もあった。松沢さんはそんな彼達の中で彼達の相談にのり

 メッセージでイエスさまの愛の救いを語り、自分の体を犠牲にしてまで親身になって彼達を救おうと

 してた。その結果、何人か洗礼を受けた子もいた。 不思議なことがあるもので、日本へ帰ってから

 私に陪審員制という裁判制度は日本では馴染みがないので、それを知る上でも、「“十二人の怒れる男

 達”という映画があるから、それを見ておくといい」と彼達に言ったということを話してくれた。
 
 私はその時、今の家に引っ越して1年ぐらいたっていたのですけど、アンテナを立てるのがめんど

 くさくて、衛星放送を見ていなかった。どういう訳か急に、衛星放送が見たくなって、半日がかりで

 アンテナを立て難しい調整もすんで、映画をみようとスイッチを入れたら“十二人の怒れる男達”を

 やっていた、あまりにも偶然だったのに女房と思わず顔を見合せてしまった。

 その後も、松沢さんは彼達のことが心配で自腹を切って何度かニュージーランドへ行っている。

 裁判の結果は五人は無罪、三人は三年の実刑ですんだ。終身刑は免れたのはほっとしました。

 獄中からリーダー格の青年から、毎月手紙が届いてた。「松ちゃんの弟子にしてくれ。牧師に成りたい

 」と・・・・・・。




  たとい神に見はなされても

  俺は神を信じる

  そおしなければ
 
  生きてはいけぬ・・・・


  そんな  キレイ事

  言ってみたし・・・・       詩・・・・・・松沢秀章


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