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わたしは信頼し 恐れない 神こそわたしの力 わたしの救い イザヤ 12−2 しばらくブログに手をつける事が出来なかった。“神の羊教会”の中川牧師にブログの掲載記事のことで 納得出来ずに、バイクを飛ばして横浜の彼の教会まで真意を知りたくて会いに行きました。 彼は私の教会と同じ様な試練の中から教会を建て直そうと日々努力している、好青年牧師で私の心は彼に 魅かれていました。偶然いや必然かもしれない!アーサー・ホーランド、松沢秀章牧師の下で求道を志し ていた青年と彼とのつながりなど、少なくとも私との関わりがあった事も、私からの勝手な親しみ感とし てもっていました。息子と言ってもおかしくない年齢差はありますけれど。 フランシスコが好きで、本当にちいさき者達が肩を寄せ合い教会を建て直そうとしている様は、正にダミ アーノ教会を連想させる、ちいさな、ちいさな教会ですけれど完成された大きな教会より素敵だなぁと 思っています。 彼と話していくうちにインターネットの空しさを感じてきました。 私がブログを始めたのは去年の暮 でした。亡くなった友達の牧師の事を少しでも多くの人に知って貰いたいという思いがブログを書き始め た事のきっかけだったのです。 パソコンもインターネットも初めての経験だったのです。 友達から「ブログなんていうのは、痰壷みたいなものだからやめた方がいい」と言われてました。でも 始めてみると、色んな人と交信ができて、色んな人の思考が分かったり楽しい事が一杯あって夢中になり ました。そんな私に最初にコメントをくれたのが中川さんだったのです。イエス様を語り合い、信仰心を 語り合い、悩み、喜び、感動すべての交流にインターネットの素晴らしさを感じていました。 そんな出会いの中で素晴らしい友達も何人かできました。 それぞれの立場の違いはあっても、主と共に 生かされている、素晴らしい信仰の生き様を個々に感じさせられた時、いかに私の信仰生活の軽薄さに 頭を叩かれる思いを何度も持ったことか・・・。 彼と話している時、彼の一つの言葉が私の心の中を突き刺した「私の教会の人達には、私の命をかける 事は出来るけれど、インターネットでの関わりの中ではそれは出来ない」と。私は意外な彼の強い意志に 正直、戸惑いました。 牧師としての立場でも、それがインターネット上であって、迷っている人、悩 みを持っているような人との関わりには限界があり一線を引いている。 よく考えてみると、彼の素直で正直な気持ちで話してくれた事が私の心の中で心地よく理解出来た。 実は私もインターネットの空しさを時々感じていました。 素晴らしい交流をしていても、そこに実態が 無い。ある人は自分に無い理想の自分をインターネット上で演じ切れるし、自分が表に出ないから 好き勝手な事を言う者もいる、炎上などがそうである。私はコメントを貰うと必ずその人のプロフィール をみてからその人のブログを拝見させて貰う。 殆んどがきちっと自分を紹介する記事が書かれていな い。素晴らしい事言っているのだからプロフィールぐらいしっかり書けよ!と言いたくなる。実態が無い 虚構・虚像の世界である。その世界で神が語られるぐらい空しく感じる事は無い。彼の気持ちがよく分か る。インターネットという素晴らしい物の裏に隠された落とし穴が潜んでいる。インターネットの犯罪 が増えているのも、実態が表に現れないインターネットの盲点が原因する事が多分にあると思う。 今、私達に必要なのは生身と生身の人と人の関わり合いだと思います。人の苦しみを肌で感じ、喜びを 共に肌で感じ、共に見つめ合いながら神を語り合い、それでこそ、そこにイエスの愛が豊かに注がれるよ うな気がします。 私はインターネットは否定してはいません。むしろ素晴らしい物である事は確かです。虚像と実像を確り 心に添えて判断してインターネットを楽しむ事が大切だなぁと考えています。 素晴らしい友と出会った時、虚構の世界から実像の世界へ誘っていければ良いと思っています! いつの日か二上山で話しが出来る友を待っています。 中川さん!ブログできつい事を言って「ごめんなさい!」 フランシスコと良寛さん似ているところが あるんだよね!
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ヒロさん、こんな未熟者の私にも想いを注いでくれて、本当にありがとう。
正直に、嬉しいんですよ。
ヒロさんと話すと、そうすると不思議と自分自身に真剣になる。
深い悲しみと痛みの中、罪とうめきの砂漠から、不思議と泉のように湧いて心を潤す神の愛を語るのだから、やはりアーサーの友はすごい。
いろんな経緯で、ヒロさんとの接点をすごく感じていました。
ヒロさんと出会わせてくださったのは、導きだし、きっと神さまの深い理由があるのだと思っています。
〉素晴らしい友と出会った時、虚構の世界から実像の世界へ誘っていければ良いと思っています!
はい。
〉ブログできつい事を言って「ごめんなさい!」
まったく問題ありません。
カスにならねば、見えないものがあります。
本気で思うのです、自分を無価値なものとしなければ、命を捨てることができないから。
不思議とフランシスコは良寛と似ていますね。
2009/10/29(木) 午前 11:27 [ - ]