荒野の狼

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謙遜

イメージ 1フランシスコにみる謙遜
『わたしの愛する兄弟たちよ、単純な人々の口を通して、神の英知の宝を示そうとおぼしめされた神にお礼を言いなさい。なぜなら、神は子どもたちや口の利けない人の口を開き、単純なものの舌で、この上なく見事なことを現そうと思し召されたのですから』

あるブログの中でこのようなコメントを読んだ。

『 聖さから愛を規定したらおかしなことになってしまいます。
正しさから愛を規定してもおかしなことになってしまいます。
だから、倫理や道徳論は福音を歪めてしまうのです。
というのも、愛は根元であって私たちは神の愛に浸るのみで、
人の愚かな考えで規定するものではないからです。

イエスさまはルカ書にて、教会は不正の富であるとおっしゃっています。
まさに教会は不正の富です。
罪人が主イエスにその罪をなすりつけてスケープゴートにして、
自分は天の御国に入ろうとする。
これほどの不正はありません。
ですから、ある意味で福音は道徳や倫理に対するアンチでもあり、
また挑戦でもあります。

神の愛は、このような福音という一見不可解な使信を私たちに伝えます。』

このブログに対して、そのコメントは確か「あなた、どうかしている、おかしいんじゃないの」という意味合いのコメントだったと思う。

私には素晴らしい内容のブログだと感動していたから、逆に「こいつ、どうかしている」と思い、彼のブログを開けてみた、 
確かに彼のブログの内容も素晴らしいと思った、良く勉強しているし、知識も豊富で研究、分析なさっていた。恐れ入りました。
でも、これほど知識も豊富で研究、分析なさっている方が、なぜこの事が理解出来ないんだろうか?と不思議に思った。

人間はすぐに物事を分析、既定して理解しようと考える!そういう思考で考えた人間の論理、道徳論で神の技、福音に接したら福音をも歪みかねない、相反するものになってしまう危険性があると指摘しているのに何故理解出来ないのかなぁ?

『 罪人が主イエスにその罪をなすりつけてスケープゴートにして、
自分は天の御国に入ろうとする。
これほどの不正はありません』

人間の道徳論理、正義で考えたらこれ程の不正はないよね!!

このような考え方で聖書を読んでいたら人間の思考では届かぬ偉大な神の愛の本質から的外れになる危険性がおおいにあると思う。



2:8 あのむなしい、だましごとの哲学によってだれのとりこにもならぬよう、注意しなさい。それは人の言い伝えによるもの、この世の幼稚な教えによるものであって、キリストによるものではありません。

一度、すべての知識を捨てて裸の身を神の御前で曝し見つめ直してみる事も大事だと思う。
フランシスコの謙遜を見習う事も大切なのかなぁ・・・

「実るほどに頭を垂れる稲穂かな」の名言どおり、謙遜を忘れないように!

イメージ 2
 荒野を駆ける狼の風のささやき

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こんばんゎ〜!!!☆^^☆ 美笑

フランチェスコの謙遜ゎイエスさまの謙遜に愛つながっているからこそ、そう思うのでしょうねっ

2009/11/27(金) 午前 2:32 憩 ヨハネ


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