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あどけない眼差し
今朝、女房を駅まで車で送る途中、住宅街の狭い一方通行の道で前の車に轢かれそうになった子猫を見つけました。車を降りて安全な路地の奥の方においてあげました。でも、ニャーニャーと自分の後を追いかけてくる姿を見ると、きっと親を探しているのだろうと思います。
近所の家の飼いネコだったらとか、捨て猫だったらとか、色々なことを考えてしまい、でも先を急いでいたので、後ろ髪を引かれる思いで車を走らせて女房を送って家に帰ってきました。けれど、心配でまたその場所まで行ってみました。もし、車に轢かれていたらどうしよう・・・・・・・。でもその場所には居なかったのでホッとしました。
良い方に考えようと思います。 もし、まだ居たのなら家で飼うつもりでいました。 人の子も、あらゆる動物の子も、皆同じあどけない眼差しをもって生まれてきます。
この眼差しを見ていると、寂しい心も悲しい心も何故か癒され、ほほ笑みさえ浮かんできます。
私たちの心は余りにも汚れきっている。
だからこの「あどけない眼差し」に触れた時、神さまが私たちが生まれた時にも与えてくれていた、純粋無垢な心を取り戻させてくれるのかなぁ・・・・・・・。
神さまは言う「幼子のようなこころを忘れるな」と・・・・
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そうですね、純粋に笑いあった時がありました。
心を通わせて共に祈ったこともありました。
いろいろとあるとそれを失いますね。
かつてそうだったけど、今は違う。
そういった兄弟姉妹がたくさんいます。
悲しい限りです。
でもね、何人かは再び語り合えましたよ。
本当に嬉しかった。
かつて純粋に関わりをもったことを忘れたらダメですね。
そういった想い出までも汚すなら、友と呼び合った意味はないから。
かつて一緒に礼拝をした兄弟姉妹を思いだしました。
2011/10/6(木) 午後 8:53 [ - ]
荒野の狼さんへ♪
素朴に純粋にその日の出来事を感じる心の広さは大切なものだと思いまする。とても素敵でぃぃなぁ〜と思いました。
読んでいてルンルンです♪
2011/10/6(木) 午後 10:17
たかちゃんの詩いつも読んでいます。感性の豊かさにいつもこころを魅かれています。
ありがとう!
2011/10/6(木) 午後 11:09
中川さん!
昔、成増教会で教会に来なくなったと思ったら、半年たって又ひょこっと教会に通い出し、また半年ぐらい経つと来なくなり、それを繰り返していた若い女の子がいました。彼女は一人暮らしでイエス様から離れていて寂しくなると教会に来ての繰り返しをしてました。松沢さんが「かなちゃん!また来たのかぁ!」とからかい半分に言った時、私は「かなちゃんはいいね!来るたんびにイエス様を前より愛することが出来るのだからね。」と言った事がありました。
『かつて純粋に関わりをもったことを忘れたらダメですね。
そういった想い出までも汚すなら、友と呼び合った意味はないから』
そうですよ!「放蕩息子の帰還」の様に大きな恵みとなって戻ってくることを信じることです。純粋に係わった友であるなら必ずや離れるわけは無いのですから。
2011/10/7(金) 午前 1:02
荒野の狼さんへえ♪
こんこんです。
お昼のお弁当食べながらのご訪問でありまする。
今日はおほめの言葉ありがとうございます。キャーーです。
(////////)恥ずかしぃでありまする。汗
2011/10/9(日) 午後 0:36