荒野の狼

気張らずにありのままの自分でいよう。

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二老人

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この物語には二人の老人が出てきます。
一人は裕福な百姓・エフィーム。一人は富裕でも貧乏でもないエリセイ。
二人は予てからエルサレムへお参りしようと約束をしていました。さて旅立つ事に決まり、エリセイは家じゅうの有り金を集め足りない分を蜜蜂の巣丸太を売って何とか100ルーブリの旅費をつくり旅立ちの準備をしました。
一方のエフィームは預金の中から100ルーブリを取り、200ルーブリを老妻に残して、二人はエルサレムへの長い巡礼の旅に出かけて行きました。
旅に出てからもエフィームは息子に託してきた家の事が心配でなりませんでした。エリセイは上機嫌で家のことなどすっかり忘れ、祈りながら歩いて行きました。そんな旅の途中、エリセイがのどを潤そうと、エフィームにすぐに追いつくから先に行ってくれとわかれて一軒の農家に立ち寄りました。するとその家では、凶作のために家族全員が餓死寸前の状態でした。人のいいエリセイはそれを捨てておけなく、食べ物ばかりではなく土地を買い戻し、売ってしまった農機具や馬まで買い戻してやったので、巡礼のための大切なお金を使い果たしてしまったのです。エリセイは巡礼を諦めて家に戻りました。家に帰って驚いている家の人に「いやあ、金をなくしてしもうた」と人助けをした事はいっさいおくびにも出しませんでした。一方のエフィームは旅をつづけ念願のエルサレムへ着いたものの、巡礼者が多くてなかなか教会の中まで入れない。ところが、三日通って三日とも、帰ったはずのエリセイが最前列で礼拝している姿を見つけました。確かにその横顔はエリセイでした。近づこうとしても余りにも多い巡礼者に阻まれてエリセイを見失ってしまいました。エフィームは巡礼を終えて村に帰ってくると、エリセイはとっくに帰っていて、一生懸命に働いていました。
 
エフィームは帰りにエリセイと別れた農家に立ち寄りました。そこの人たちは去年とは見ちがえるようでした。
去年の凶作で苦しんでいたのとは別人のように不自由なく明るく暮らしておりました。今年は豊年万作でした。
エフィームはエリセイのことを聞いてみました。すると家の人たちは、その時のようすを、エリセイがどこに座り、どのように話していたかその時の事を事細かに覚えて感謝して、よろこび溢れて話しかけてくれました。
そこへ亭主が馬に乗って帰ってきました。それでまたエリセイが自分たちの家でどんなふうに暮らしたかを語るのでした。
 
「あの方がおいでにならなんだら、おらたちみんな罪に沈みこんだまま、死ぬばかりでやした。もう頼みの綱も切れて死にかかりながら、神さまも人間もうらみやしただ。ところがあの方は、おらたちを助け起こしてくださっただ。あの方のおかげでおらたち神さまを知り、世間にはええ人たちがいるってことを信ずるようになりやした。キリスト様、どうかあの方をお守りなすってくだせえまし!以前にゃ、おらたち畜生みていに暮らしてたんだけんど、あの方のおかげで人間になれただ」
エフィームはもてなしを受けみんなから見送られながら帰路についたのでした。

トルストイのこの民話はどこか「善きサマリア人」の話しにも似ています。

善きサマリア人\¤\᡼\¸ 1
ルカの福音書10章30〜35
10:30 イエスは答えて言われた。「ある人が、エルサレムからエリコへ下る道で、強盗に襲われた。強盗どもは、その人の着物をはぎ取り、なぐりつけ、半殺しにして逃げて行った。
 10:31 たまたま、祭司がひとり、その道を下って来たが、彼を見ると、反対側を通り過ぎて行った。
 10:32 同じようにレビ人も、その場所に来て彼を見ると、反対側を通り過ぎて行った。
 10:33 ところが、あるサマリヤ人が、旅の途中、そこに来合わせ、彼を見てかわいそうに思い、
 10:34 近寄って傷にオリーブ油とぶどう酒を注いで、ほうたいをし、自分の家畜に乗せて宿屋に連れて行き、介抱してやった。
 10:35 次の日、彼はデナリ二つを取り出し、宿屋の主人に渡して言った。『介抱してあげてください。もっと費用がかかったら、私が帰りに払います。』

強盗にあった人が身ぐるみ剥がされ傷ついて倒れていた。最も神を愛しているはずの、祭司とレビ人は関わりになるのを恐れて見て見ぬふりをして反対がわの道を歩いて通り過ぎて行った。
はたして!感じませんか?・・・・・・・最も助けて上げなくてはならないのは、神さまを愛する司祭やレビ人ではなかったのではないでしょうか!神様を愛する!
救ったのは・・・・・・・ユダヤ人が軽蔑し嫌っているサマリア人だったのです。
これを聞いて何を感じましたか?
『YOU DID IT TO ME』
 25:35 あなたがたは、わたしが空腹であったとき、わたしに食べる物を与え、わたしが渇いていたとき、わたしに飲ませ、わたしが旅人であったとき、わたしに宿を貸し、
 25:36 わたしが裸のとき、わたしに着る物を与え、わたしが病気をしたとき、わたしを見舞い、わたしが牢にいたとき、わたしをたずねてくれたからです
 
愛するイエスさまはあなたに何を望まれていますか?\¤\᡼\¸ 2
素晴らしい礼拝ですか?
教会を大きくする為の献金ですかそして奉仕活動ですか?
 
 
 
(この記事は私が以前ブログに載せたものです)

『二老人』の話しに入る前置きにヨハネ4章19〜21節が載せてあります。
イエスさまは弟子と離れてヤコブの井戸でサマリヤの女に喉を潤す一杯の水を求めた。

4:19 女は言った。「先生。あなたは預言者だと思います。
 4:20 私たちの父祖たちはこの山で礼拝しましたが、あなたがたは、礼拝すべき場所はエルサレムだと言われます。」
 4:21 イエスは彼女に言われた。「わたしの言うことを信じなさい。あなたがたが父を礼拝するのは、この山でもなく、エルサレムでもない、そういう時が来ます。
 4:22 救いはユダヤ人から出るのですから、わたしたちは知って礼拝していますが、あなたがたは知らないで礼拝しています。
 4:23 しかし、真の礼拝者たちが霊とまことによって父を礼拝する時が来ます。今がその時です。父はこのような人々を礼拝者として求めておられるからです。

そしてこの民話を読んでいると、もうひとつ思い浮かぶ箇所があります。
それはマリアとマルタの話です。マルタはイエス様をむかい入れるべき、もてなしの仕事に一生懸命働いています。けれどもマリアはイエス様の話に聞き入って手伝おうともしません。マルタはイエス様にマリアへの不満を言いますが、イエス様はマルタをたしなめます。
ルカ10章41節
主は答えて言われた。「マルタ、マルタ。あなたは、いろいろなことを心配して、気を使っています。
 しかし、どうしても必要なことはわずかです。いや、一つだけです。マリヤはその良いほうを選んだのです。彼女からそれを取り上げてはいけません。」
 
マルタはイエス様の為に一生懸命に働いていますが、イエス様は言います。奉仕することは大切なことだけれど大切なものを見失ってはいけない、マリアは一番よいものを選んだのです。
 
エフィームもエリセイも一年以上の長旅をしてエルサレムへの巡礼に旅立つほどの敬虔な信徒ですが、エフィームは残してきた家の事が頭から離れません。そして人ごみの中で金を盗まれる心配ばかりしていました。
この本の解説者もこう言っています「心のこもらない聖地詣でよりも、エリセイの行為のほうが、神の心にかなったものだということをトルストイはいいたかったのだと思います。」
 
エリセイはエルサレムへは行けなかったけれど『父を礼拝するのはエルサレムでもない』の御言葉どうり父の居るところ、それは小さき者、弱き者にてを差し伸べることは父にしたことだ!これこそ真の礼拝である!
マザー・テレサは言います。「弱き者、小さき者に触れることはイエス様に触れさせてもらっている事だから、喜び感謝しなさい!」と。
 
教会の奉仕に一生懸命に働いている素晴らしい人達に敬意を称します。でも一生懸命のあまりマルタのように大切なものを見失わないように。
 
『私は、神のあわれみのゆえに、あなたがたにお願いします。あなたがたのからだを、神に受け入れられる、聖い、生きた供え物としてささげなさい。それこそ、あなたがたの霊的な礼拝です。
 この世と調子を合わせてはいけません。いや、むしろ、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えなさい。』
 
教会の運営上どうしても この世と調子を合わせてしまうことが大いに有ります。
どうぞ、その時はイエス様がマルタに言われたとおり一番善いものを選んでください。
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“自分と同じことを説いている人間がいれば、
           その人を偽善家と呼ぶだろう“
                                          レフ・トルストイ
 
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狼さん、お久しぶりです。記事更新 あまりされてないようで、忙しいのでしょう。たまに更新を みると嬉しいです。 また会えるの楽しみにしています。デンジャラスより

2012/5/17(木) 午後 0:28 [ 一匹侍 デンジャラス ]

今、教会の在り方に疑問を感じています。
今一人の老女が助けを求めております。その教会の牧師さんはとてもよく対応して彼女の為に努力なさっています。が教会役員や教会員の方々の教会運営方針上の壁が牧師さんのこころの妨げになっているのです。神さまの前で約束されたことが果たされていません。詳しくは申し上げられませんが、躓きそうです!

2012/5/17(木) 午後 0:48 荒野の狼

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狼さん、、こんばんは、。
御無沙汰しています。
なんか、大変そうですね、。
今、教会組織は堕落しているところが多いようです。

本来、人のためにある筈なのですが、、、人のためになっていない部分があるようです。
そういう現実を見てしまうと、、心苦しいですね、

お辛いですね、。

教会も、罪ある人が経営に関わってしまっているので、、こういう事態が起きてしまうのでしょうね、。

仕方ないと言えば、仕方ないのですけれども、、
少しづつでいいから、、土足でも拒まないで、受け入れて、会堂の中へ入れてあげれる新しい教会が増えていけたら、、と思います。

くだらない、こだわりのない教会が出来たら、、いえ、作れたら良いですね、。

2012/5/17(木) 午後 11:52 Mary Magdalene

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新しい息吹の教会が、、必要な気がします。

人を想いやって労わる人が集う教会。
誰でも受け入れれる教会。
温かな教会が、、、必要ですね。

教会は、、神様のものであって、
この世のものではないのだから、。
この世のもののようなことはない方が良いですね、。

あなたのお考え、、、心の痛みは、、
父さまはご存知ですから、。大丈夫ですよ、。

いつか、、教会員の皆さんにもね、、この世の風潮に流されていることに気づいて、、理解して貰えると良いですね、。

お祈りしています。負けないで下さいね。

でも、、頑張りすぎないでね、、コンを詰めると、、、体に良くないです、。

2012/5/17(木) 午後 11:52 Mary Magdalene

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どうにもならない流れの中で、どうすることもできないとき、魂に刻んでおくことにしています。

いつか荒野の狼さんの魂のメッセージとなりますように!

ただ、問題が老女であれば捨てておけないです。
老人は助けてがなければどうすることもできないのだから。

教会に一人でも心のある人がいることは、その教会が教会である真価といえましょう。
荒野の狼さんがその教会におられることは、慰めです。

2012/5/18(金) 午前 3:53 [ - ]

お久しぶりです。

本当に大切なことは何かを語ってくれる良いお話ですね。
(*^_^*)
以前紹介されていた『神の小屋』も私の愛読書です。

今おいでの教会には、きっと神様が荒野の狼さんを遣わされたんだと感じました。
本当に大切なことは何かを、どうぞ叫んでください。
きっと、同じことを感じながら周りを気にして言えない人がいるような気がします。

神様の御摂理を感じるんですが。。

2012/5/19(土) 午後 3:46 [ 野の花 ]

>いつか、、教会員の皆さんにもね、、この世の風潮に流されていることに気づいて、、理解して貰えると良いですね、。

本当にそう祈ります。
熱心さが、自分が何をしているのか分からなくなって、本来見つめるべき神さまから離されて行ってしまう。それは只、憐れと言うしかありません。気が付いて欲しいです。

2012/5/20(日) 午後 5:13 荒野の狼

すちーぶ@ワンダフルさん!
ただ、牧師さんがキチット対応してくれているのが救いです。古参の役員の的外れさに呆れるばかりなんです。
でも、今彼女から連絡がありました。牧師さんがキチット対応してくださり、解決しそうです。この教会は前にいた教会です。
個人的なプライドの侵害にも係わってくるので、詳しく説明できなくてごめんなさい。

2012/5/20(日) 午後 5:30 荒野の狼

野の花さん!
実はこの教会は成増教会なんです。
親鳥の翼の下の雛のように、その翼の温もりの中で癒される教会であって欲しい!テレ待っています!

2012/5/20(日) 午後 5:39 荒野の狼


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