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2011/10/14(金) 午前 9:47
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[ 流 ]
2011/10/14(金) 午前 9:45
でもある日息子が兄弟をほしいと言った。息子の時は産後の肥立ちが悪く、5分と座れずおちちも横になり与える日々でした。二年間めまいの身体で震えながらカートに掴まって買い物に出かけました。私は遠く九州から四国に嫁ぎましたので、義母はこうげん病の生死に関わる難病だったので、本当に誰にも頼れずたった一人でその状態で子育てをしなければなりませんでした。今もその頃を思えば、こうして文字にするだけで涙が溢れます。でも今度こそ元気で子育てが出来なければいけないと、娘を授かってからは幼い頃、祖父が手を引いて神社に連れていってくれたように、毎日晴れた日は神社にお参りに三時間歩き、雨の日は近くのショッピングモールに行き、三時間歩きました。体重は増やすなとのことだったので四キロしか増やしていません。陣痛が来て長男の時は二日かかって産みボロボロになりました。娘のお産は13時間、でもとても柔らかく進みました。そして産む時、私は分娩台も促進剤もつかわず、昔ながらの女性の産みやすい産み方ですごい肉体的な快楽、至福まで味わって産んだのです。不思議なものですが、医療の手助けのないお産では、厳粛な空気に包まれるのです。
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[ 流 ]
2011/10/14(金) 午前 9:27
私はマリア達のことがあって神様のことが分からなくなりました。誠を通しても裏切られ、友と信じて行動してきたことを嘲笑れてきました。彼女が心友と言ってくれたのは、彼女が私を受け入れてくれたからだと信頼して行動したことは全て裏切られ、彼女は友人として謝ってほしいと言うと、父上様に謝り、私は置き去りにされました。私の当時のブログは日に百二十人ほどが訪れるブログで、私の書いた記事をマリアは無断引用しました。今もこれと思うものは統一に都合のよい文面に書き換えられ続けています。彼女はまさしく私を利用するためだけに来たのでした。彼女を非難する記事を書けば、これみよがしに悪魔扱いされてまるで公開処刑されるようでした。悲しみや苦しみが深かったからこそ、マリアが盾にする聖書を開くことも恐ろしかった・・・。もしマリアの言うことの方が正しかったら、私はもう人も神様も信じられなくなっていた・・・。聖書を開かずともそこに出会う前から、人は神様という存在を意識してきたはずです。私が確実に出会ったと思えたのは、娘のお産の時。その時の私は既に一人の子がいても、人生に絶望して毎日死を考える日々でした。
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[ 流 ]
2011/10/14(金) 午前 9:10
中川さんがブログで書きたかったのは、統一教会問題よりK君やR君のような子供達のこと、彼が出会った傷ついた人達のこと、彼が今支えている教会の人達のことではなかったのですか?統一教会問題中心のブログであれば、私のしたことこそ僭越だったでしょう。でも彼は統一問題はキリスト教会の抱える問題としながらも、一番語り合いたかったのは「福音」であったはずです。でも統一に向き合わざるをえなかったのは、外側から天人やマリアに夜も眠れぬほどの不安に追い詰められ、内側からは野の花さんに追い立てられてのことでした。確かに迷子の羊であった私を柵内に入れてくれたのは野の花さんです。その合いの手には感謝していました。でも野の花さんの真意が分かり悲しくなりました。
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[ 流 ]
2011/10/14(金) 午前 8:56
貴方が古株だった野の花さんを庇う気持ちは分かります。でもこのところの少し以前からのやり取りを見て中川さんの困惑も伝わってきていました。ネット人格と言うのは、相手の自由意思や立場を無視して勝手にこうあるべきを押し付けることです。野の花さんの発言は他の人から見てもそう受け取れるものでしたし、野の花さんに最初統一批判活動を拒否して、中川さんに招かれて行った「中川さんのブログ」でいきなり「春蘭さんは引っ込んでなさい!!」と来ましたよ。まさに彼女が中川さんに代わり、彼のブログを管理している状態でした。まだね、「横入り失礼ですが」という方が、管理人を立てています。私は中川さんにマリアとの状況を聞きたいと呼ばれたわけで、彼女を振り切ったからと言って、彼女に制限されるのはお門違いだと思いました。彼女の言い分は統一教会批判を拒絶したのが理由。でも中川さんのブログはそれが目的ではなかったでしょう?またそういう物の言いようが、マリアそっくりなのです。管理人の心友を親しくないうちから語り、管理人のように振る舞い、彼女の犯した他ブログへの荒らし行為の責任を求められ炎上し、私は前前のブログを閉鎖したのです。
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中川さんとは家族ぐるみでお付き合いしているつもりです。
私の親しかった青年が献身していた頃、中川夫妻とも友だちであった事、アーサーに中川さんが按手を受けていたこと、私の友だちの牧師を有る事件で亡くしてバッシングを受けていたことが中川さんの置かれた境遇が似ていたこと全てが偶然とは言えない繋がりを感じています。私の感覚の中には中川さんの持っている神からの素晴らしい賜物があると認めていると同時に、息子のような愛しさを感じています。
ですから、あなたの言う責めているとか、追いつめるとか、思いやりがないとかは貴女の勝手な判断です。
でも、私にも反省する余地は有ります。もう少し貴女と中川さんとの会話の結論を見てから別な所で諌めれば良かったと反省しています。
それを「先が読めないとか空気が読めない」とかの批判を受けてもしようがないと真摯に受け止めています。
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[ 流 ]
2011/10/13(木) 午後 11:01
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[ 流 ]
2011/10/13(木) 午後 10:57
知らない関係と言われますが、私が述べた事は決めつけでも押し付けでもなくて、野の花さんと先にやり取りがあったことです。あの段階で統一どうのが出てくることも、冷静な他の人からすれば「空気が読めてないな」となるのですけれど、それも分かられないのですね。それは土足で入り込んだとは言わないのですか?もっと言えば私がこれまで付き合ってきた「統一教義を振りかざす人たちのパターン行動」に当てはまってしまう疑いがあることもあるのです。私はあくまで、「中川さんを守りたくて」行動しました。ネット人格の批判も貴方が同じ立場に立てば、分かると思います。それだけ失礼な事ですよ。中川さんは特別な人なのですか?牧師だったら何もかも我慢したりしないといけないのですか?それは・・・・友達の言うことですか?私はマリアにそれをずっと押し付けられてきました。でもそれは聖書にはないことだと中川さんのほかの人の教えてくださいました。






