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丁度今頃だったと思う、「医者から肝硬変が進んでいるって言われた」って、寂しそうに私に話た。
C型肝炎は十年位たつと肝硬変か肝臓癌になって死ぬんだと、以前から言っていた。(その時は癌
も・・・)以前私も彼に「入院してちゃんと医者に診てもらったらどう」と言うと「入院したら出て
これなくなってしまうのが分かっているから入院したくない」と病院に通って診察を受けていた。
「メッセージが出来なくなったら、俺は生きる張りを無くしてしまうから、俺は絶対入院はしない。」
の一点張り。何度かメッセージをしていて倒れそうになったことがあった。そんな松沢牧師を、せつ
なく寂しい気持ちで見ている事が何度かあった。この人は命をかけてメッセージをしているのだなと
その時強烈に感じた。命をかけてこそ両刃の剣より鋭い御言葉が私達の体を刺し通すのだなと思う
それが証拠に、いまだに松沢先生のメッセージが聴きたいとせつなく訴えてくる信者さんが多く
いる。
松沢さんと私との間でやらなくてはならない事がひとつあった。それは三重刑務所に服役している
信者さんのところへ面会へ行く約束事がありました。 今まで行こう、行こうとしてもなかなか
行けず,延び延びになっていたので、このまま伸ばしていたら行けなくなると思い半ば強引に誘って
行く事になりました。松沢さんもその時、そういう意識があったみたいでした。
日曜礼拝を終えてすぐに車に乗り込み出発しました。新車に替えたばかりの車でクライスラーの黒
のセダン。二人で乗っていると、まわりの人が危ない人だと思うのか寄ってこなかった。
私は運転は慣れているので殆んど私の運転で松沢さんには体を休めてもらいました。 車中では
いつもの通り、ふざけ合い、馬鹿を言い合ってとても楽しかった。
三重の津に着いて、刑務所を確認してホテルに宿をとり、午前中の面会をしてすぐに東京へ帰るつ
もりでした。 ホテルではまたいつもの通り11時になると携帯のスイッチを入れ、二つの携帯で
相談ごと、愚痴話の相手を1・2時頃までしていた。 「牧師って大変だね」って皮肉まじりの
労いの言葉をかけて寝た。 刑務所の面会はたった15分足らず、6時間かけてやって来てたった
15分、分かっては居るけれど短すぎると思う。 帰りの車中でも又、神様の話を真面目くさっ
て話しているかと思えば、音楽の話、そして男二人よれば女の話(裁かないでね!)・・・話に
夢中になり過ぎて岐阜の下呂温泉方面まで走ってしまった。松沢さんは私をプロのくせにと罵ったり
もうメチャクチャ! 松沢さんが天皇陛下に伝道しに行って、皇宮警察に捕まった話、小林先生や
智恵子先生との家族以上に愛を注がれた修行時代のエピソードには腹が痛くなるほど笑い転げた。
松沢さんが楽しそうに話していた姿が目に浮かんでくる。(心の中には寂しさが一杯詰まっていたの
に)別れる時に、『大口さん またこの様な旅行しようね。つぎはアーサーも誘って。』
この旅が最後の旅になってしまいました・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
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