荒野の狼

気張らずにありのままの自分でいよう。

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我が迷いの信仰

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静けさの果実は、祈りである。祈りの果実は、信仰である。信仰の果実は、愛である。愛の果実は、奉仕である。奉仕の果実は、平和である。“マザー・テレサ”。
☆これは愚痴話しです、御免なさい!☆

ある男が5年の刑を務めて去年春に出所してきました。私は彼の身柄引き受け人として、我が家に引き取りました。昔に彼の経営していたブティックの会社が倒産して、多くの借金とトラブルを抱え困っていたときに、松沢牧師が全てを解決処理をして、彼をそこから救い出してあげ、かれの一家ぐるみ世話をして上げていたのです。

彼の娘さんが学校へ入るのにお金がなくて困っていると、その資金をだしてあげたり、彼が人の金を使い込んだりした時とかの、あらゆるトラブルの処理を松沢牧師はして上げていたのです。彼は金が無いので人の商品をその人に代わって売りさばいてマージンを取るブローカー屋でした。ですからいつもお金がなく、電話、水道、電気も止められそうになった事がなんどもありました。その都度、松沢牧師は助けてあげていたのです。

私が松沢牧師と知り合った時は、何時も彼が松沢牧師のそばに居て、松沢牧師の小間使いの様な事をしていたので、必然的に私とも親しくつきあうようになったのです。
ある時、ブローカー仲間から、ある物をフランスから運んだら二百万だす。と言われその話を倒産一家離散している彼の友達に軽い気持ちで話したところ、異常なほど乗り気になってしまい、断り切れずに話しを通してしまい、それが大麻だった。成田で友達が捕まり、彼もまた捕まるはめになり、5年の刑を言い渡されてしまいました。

何回か三重の津刑務所まで面会にいきました。獄中から送られて来る彼の手紙は、それこそ謙遜に溢れた神の手にすがる思いの伝わってくる、素晴らしい手紙でした。彼はこの時を神から与えられて変えられていくと私も感動して嬉しかった。でも彼が出所する一年前に松沢牧師は昇天されました。そのあとを引き継いで私が彼の身柄引き受け人になったのです。

普通なら家族が引き受け人になるのが当たり前ですが、彼の奥さん(刑務所へ慰問のコンサートに行ったり、教会で特別賛美をしたり、するような敬虔(?)なクリスチャン)から、身柄引き受け人はやめた方がいいと止められたぐらいですから、身内が受ける訳もない、捕まると同じくして離婚はしていましたけれど。

でも私は彼が出所するのを心待ちにしておりました。霊的に変えられた彼を早く見たくて。
家に引き取ってから、しばらくして女房の様子がイラ立つようになってきたのです。食べ物の世話など他人が家に居ることだけでも気を使うのは分かるけど辛抱してくれと頼んでいました。

私の居ない時には、風呂は毎日入らなければ駄目だとか、食事にまで口を出すようになってきたのです。それでも辛抱してくれと彼の味方になっていました。
そんなこんなしている時、彼はこんなことを言ったのです。松沢牧師の家に行った時、年金で細々と暮らしているお母さんが、刑務所から出てきたばかりの彼に、お寿司を取ってくれたそうです。いま流行りのお寿司ですけれどお母さんの気持ちのこもったものです。それを彼は私に「わざわざ寿司なんか取らなくてもいいんだよ。美味くもない寿司なんだから。」て言ったのです。

私はビックリしました。刑務所で何をしてきたのか?風呂の事だって週に一度か二度、それも大勢で決められた通りの時間で落ち着いて入ってはいられなかったのに、「風呂には毎日入りたい」、それも何時も一番先に気ずかって入れてあげてたのに。
ましてや、年金で暮らしているお母さんの気持ちを踏みにじるような言葉! それでも、いや何か心の行違いだろうと信じていた。

彼は言葉が巧みだった。口ひとつで相手をまるめ込んで商品を売り付けるのだから、詐欺師のごとく巧みだった。だんだん彼の本性が見えてきたように感じてきた。松沢牧師の居る時は本性を隠していたのかも知れない、松沢牧師が生前ちょっともらした言葉が思い浮かんできた。その時は気にもしなかったんだけれど、「社長はなぁ・・・信用できないところがあるんだよなぁ・・・」彼は分かっていたんだろうと思う。

あの時の獄中からの手紙は何だったの?
世間に出てしまうと意図も簡単に前の姿に変わってしまうのかなぁ・・・。寂しくなってしまう。決定的なことは、陰口は回り回って私の耳に入ってくる。「こどもがうるさくて、飯も三度、三度出てくる刑務所の方がいい」とまで言ったそうだ、冗談でもこれは許せない! 

礼拝に二三週出られなかったので、彼に『自分にとっって成増教会は松沢さんの愛した教会だから少しでも教会から離れると寂しいんだ。」といったら「成増教会は松沢秀章の教会では無いんだぞ!それでは松沢教だよ!カルトじゃないか!」と言ったのです。

私がこのブログを始めたのはその誤解を解いて少しでも多くの人にこんな牧師もいるんだ!と知ってほしかったからなのに、ほかの人が言うのだったら、少しは我慢出来るけれど、あんなにまで、世話になっていた彼の口から聞きたくはなかった!居なくなったら恩も義理もないんだなぁ彼には、さも罪を背負った
謙遜ぶった姿で教会の後ろの席に頭を垂れて坐っているけれど、メッセージを真剣に聞いているわけでもないし。それでいて、宗教論を持ち前の言葉巧みに回りの人に語っている。

今私は、信頼を裏切られた失望感と、こみ上げてくる寂しさでいっぱいです。

イエス様! それでも“I THIRST" なのですか?“YOU DID IT TO ME”なのですか?

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