荒野の狼

気張らずにありのままの自分でいよう。

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新しい教会

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畑の中に建っている可愛い教会! 主任牧師は高橋武夫牧師。イメージ 2
 
『決して戒律を守らなければならないといった、窮屈なところでもありません。むしろ、教会は人間にとって真の自由を知ることのできる場所といえます』
 
『教会とは安らげるところだと思います。こどもにとっても大人にとっても、です。そして地域の人々にも開放したいと願っています。こども達の「声なき叫び」に耳を傾け、「家庭の次にくつろげるところ」「誰も裏切らない仲間のいるところ」として、こどもたちの安心して集える「溜まり場」として利用していただきたいのです。教会とは安らげるところだと思います。こどもにとっても大人にとっても、です。そして地域の人々にも開放したいと願っています。こども達の「声なき叫び」に耳を傾け、「家庭の次にくつろげるところ」「誰も裏切らない仲間のいるところ」として、こどもたちの安心して集える「溜まり場として利用していただきたいのです。』
 
この牧師さんの教会へ行ってみようと思いました。
 
亡くなった私の友、松沢牧師が新たに創り上げようとしていた教会は、イエスさまの御言葉のとおり
   「すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう。」
安心して憩える、安らぎの場所である、教会でした。
自分の居場所を無くして、教会に躓き、教会を転々としている若者も多くいました。口コミで松沢牧師のうわさを聞いてやってくる人もいました。初めて教会へ行ったけれど教会の雰囲気になじめず行かなくなってしまった若者もうわさを聞いてやってきました。
松沢牧師の建ち上げようとしていた教会は、教会という枠を取っ払って、上手く祈れなくても良いじゃないか!
証しが世間話でも良いじゃないか!なんとなくその教会へ来ると気さくな仲間がいて、ホッとできる場所、日曜日の午後あの教会へ行くと安らげる!教会へ行くのが皆に会えて楽しい!そこから出発しよう!そこからイエスさまの愛の中に導かれれば良いじゃないか!
彼はいつも皆と同じ目線でいた。だから『秀!』とか『松っちゃん!』とか親しく呼ぶ若者もいました。
いつも、いつでも「アンダースタンド」の世界だった。
アンダースタンドから語る彼のメッセージは躓いた若者のこころの隙間をイエスさまの愛で満たすのに充分だった。
私自身、教会をさ迷う者となってしまった今、新たに・・・・・・
 
『決して戒律を守らなければならないといった、窮屈なところでもありません。むしろ、教会は人間にとって真の自由を知ることのできる場所といえます』
 
高橋牧師のこの言葉に心動かされ新たな教会を見つけた思いでいます。
松沢牧師が亡くなって12月21日で4年を迎えようとしております。教会を定めるその時が来たような気がいたします。
 
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のぞみ教会のメッセージより

野の花を見よ

野の花がどうして育っているか、考えて見るがよい。働きもせず、紡ぎもしない。しかし、あなたがたに言うが、栄華をきわめた時のソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。
(新約聖書マタイによる福音書
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 人は厳しい生活にさらされると自然に目をくれるゆとりまで無くします。キリストは当時の貧しい群衆に対し、空の鳥や野の花に注意を促しました。もちろん、風雅な生活をお勧めした訳ではありません。「何を食べようかと命のことで思い煩い、何を着ようかと体のことで思い煩うな」と語られましたように「生活の思い煩い」をいさめるためでした。
イメージ 4当時のイスラエル民族はローマ帝国の圧政の許で明日食べるパンや洗い替えの衣服さえままならない生活をしておりました。そんな彼らが生活と信仰の唯一の規範として読んでいた律法の書(旧約聖書)には、かつてイスラエルが誇った「ソロモン王の栄華」が眩しいように記録されていました。例えば、レバノンにあったソロモン王の別荘の厨房には、そのすべての器が金で出来ていて銀の器は一つもなかったと記されています。銀はソロモンの世には尊ばれなかったとまで記されております。いつしか「ソロモンの秘宝」の伝説が生まれたのも無理からぬ ことかも知れません。
 
ですから、イスラエルの民は現実の生活の厳しさが増すほどにソロモンの栄華を理想としてそんな時代の再来を夢見ていたのです。 山上の垂訓の場所と思われている所には今日でも野の花が咲き乱れております。キリストは多分その花を指しながら、あなた方が日々に夢見ているあのソロモンでさえこの花一つほどにも着飾ってはいなかった、と言われたのです。キリストのこの意表をつくような教えはいったい何を意味していたのでしょう。富の象徴とまで見なされたソロモン王の栄華ははかなくも彼一代で終わりました。そして、次の代には国が南北に分裂し、やがてアッスリアやバビロンの相次ぐ侵略を受けて滅びてしまいました。ことの真価を問う一つのバロメーターにどれだけ長持ちするか、或いは長続きするかがありますが、まさにソロモンの栄華は華やかながら短い命でした。
 一方、野の花はどうでしょう。ときに刈られて炉で燃やされ、また冬枯れの季節には跡形もなく消えてしまいますが、暖かな春の訪れと共に再び芽吹き、人の目を楽しませてくれます。それは名もない小さな野の花であっても神さまが命を与えられておるからです。
 
自然を通して神さまが育まれるままに委ねきっている野の花や空の鳥から、わたしたち人間も「神への信頼」を学びなさいとキリストは教えられたのです。

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