|
『世の中を 何に喩えん 朝開き 漕ぎ去にし船の 跡なきごとし』 “世の中を 何に喩えたらいいだろうか それは、朝早く港を 漕ぎ出ていった船の航跡が 何も残っていないようなものだ” この世の中をどのように喩えられようか、人生をどのように喩えられようか、一艘の船に喩えて人生の 喜び、悲しみ、楽しみ、辛さ、寂しさすべてを背負い込み、現世の港を船出し、その船の逝くは・・・
来世・・・・。
静かな海を漕いで出て行ったその船の航跡は何も残っていない・・・ただそこには静かな海だけが 横たわっているだけだ。 これほどの無常感があるだろうか。 公園の中を 私が歩いていると、道端に一匹のあぶら蝉がうずくまっていた。死んでいるのかな?と思ってよく 見てみると、だだじっとして静かに短い命の尽きるのを待って居るかのようであった。静かに死を受け 留める小さな虫の姿に私は禅僧の姿を見たような気さえした。 これも無常である。 現世の中では救われるものは何一つも無い。イエス様から命を救われたあのラザロですらまた死は訪れ る、イエス様は言われる、御国に入る事がただ一つの救いの道であると!主である私を信じなさい! あの漕ぎ出て逝った船はどこに去ったのだろう・・・・・ただ、ただ静かな海が横たわるだけ。 |
風の唄
[ リスト | 詳細 ]
|
「馬酔木」・・・この花の呼び名から引き出され、万葉集に触れ、万葉人の素晴らしさに心魅了されま
した。歌は好きだったので、今でも何首か覚えていますけれど古文には馴染めず、万葉集の魅力を感じ るところまではいきませんでした。今、万葉の人々が自然と融合した精神生活の中で、これほど、心豊 かに愛情豊かに、歌われているのが、万葉集だとは思わなかった。詠み人も天皇から庶民まで差別のな い編集も素晴らしい。自然の息吹の中から引き出される万葉人の心の響きが私の奥にあった日本人の DNAに共鳴する。素晴らしき大和心! 『大和は 国のまほろば たたなずく青垣 山ごもれる 倭しうるわし』・・・・です。!!!
|
|
“ 野の草でさえこのように装われる神が あなたがたを忘れることがあるだろうか” |
|
ネイティブ・アメリカンの世界では、狼は家族愛の象徴でもあり、群れを守る勇気ある強さの象徴でも ある。アメリカの西部では実に狼の置物や絵画が多く土産物として売られているのに気が付く。 ネイティブ・アメリカンは多神教的に思えるが、私流に言わせてもらえば、ネイティブ・アメリカン は一つの神さまから造られた、山、木、花、川、あらゆる動物たち、そして人間として造られた私達。 それは、みんな兄弟であるという、感性を持って動物に、自然に、あらゆるものに神性を求め信仰する その姿、自然を崇拝する姿には、なにか感じさせてくれるものがある。 ネイティブ・アメリカンの生活は、大自然と一体化した生活の中ですべてのものに対する感謝の念は 絶えず、自然の前では常に謙遜な態度を示し、神を恐れる信仰は、今のクリスチャンの忘れかけている ものを教えてくれているようだ!。 神は自然を通して私達に語りかけてきてくれています。 ネイティブ・アメリカンの信仰の向こうに、ただ一つの存在の神の姿が見え隠れする!。 フィルター無しにダイレクト語りかけてくる神との触れ合いを大切にしたいと思っている。
|
|
1999年5月31日西伊豆の海でアーサーと松沢さんにバブテスマを受けた。 |





