荒野の狼

気張らずにありのままの自分でいよう。

風の唄

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燕岳の岳樺

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    アメリカをハーレーで横断した時広場の片隅に何気なく置かれていた朽ちたT型フォード



  ずいぶんと前の話になってしまいますが、N.H.Kの番組でした。燕岳の山小屋のドキュメント映像

  を放映していました。この山小屋ではクラシックの演奏会を催したり、アルプスのロング・フォルン

  を演奏したり、とてもユニークな企画をしている山小屋でした。

  その中で、この山小屋のご主人が若い頃、この山小屋を継ぐ時に色々と悩まれたそうです。

  大学を卒業して、社会に出て自分の可能性に挑戦してみたい気持ちとこの山小屋を継いでいく気持ち

  との選択肢で大変苦悩していた時、山小屋のそばに立っていた一本の岳樺の木が目に留まった。

  この岳樺の木は山小屋のそばのこの小さな土地に生を受けて、そこで精一杯頑張り貫いてこの立派な
 
  岳樺の木に成長している。麓の肥えた広い土地に生を受けていたらもっと楽だったろうに・・・

  ご主人は山小屋のそばに立っている一本の岳樺の木に生きる意味と勇気を貰った。そして燕岳の

  山小屋を継ぐ決心をした。という事を話されていた。

  自然は沈黙の中から時には私達には予測出来ないような力強いメッセージを送ってくる。

  沈黙の中からのメッセージを・・・・。

  人のつながりとは面白いもので、十数年ぶりに会った姪にこの話をしたら、「その人よく知ってい

  る」だって、姪は教員の仕事を捨てて山の好きな青年と結婚して、安曇野のすごい旧家へ嫁いでいる

  結婚式の時あのアルプスのロング・フォルンを演奏してくれたそうです。

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  「ああモンテンルパの夜はふけて」

  1 モンテンルパの夜は更けて

    つのる思いに やるせない

    遠い故郷しのびつつ

    涙に曇る月影に
  
    やさしい母の夢を見る

  2 燕はまたも来たけれど

    恋し我が子は いつ帰る

    母の心はひとすじに

    南の空に飛んでゆく

    さだめは悲し呼子鳥

  3 モンテンルパに朝が来りゃ

    昇る心の太陽を

    胸に抱いて今日もまた

    強く生きよう倒れまい

    日本の土を踏むまでは


  戦後、大ヒットしたこの歌も、この歌を歌った国民的な大歌手 渡辺浜子も戦後63年という時の

  流れの中に忘れ去られようとしている。

  でも私達はこの歌に秘められた素晴らしい事実!メッセージを決して忘れてはならない。


  もう4年ぐらい前だっただろうか、タクシーの乗務中、神田から所沢まで老夫婦をお乗せしました。

  その車中での話、お客さまは吉田義人さまといわれる方で、日本で最初のオルゴールを作った方で

  日本橋三越で催されたオルゴール展に出席された帰りだったそうです。

  吉田さんの作られたオルゴールに秘められた話をしてくれました。

  戦後フィリッピンのモンテンルパ収容所に百余名の日本人戦犯が収容されていました。

  ある日渡辺浜子さんのところに一通の手紙が届きました。その手紙の中に一つの譜面と歌が入ってい

  ました。それがこの「モンテンルパの歌」でした。渡辺浜子さんはこの歌を持ってモンテンルパ収容

  所へ慰問しに行きました。当時の渡辺浜子さんは「蘇州夜曲」など多くのヒットを持つナンバーワン

  の人気歌手でした。最後にこの歌を歌われたとき大合唱になったそうです、このことが日本中に報道

  され、それを聞いた吉田さんは感動されて、渡辺浜子さんを訪ねて「私に出来ることがあったら、ぜ

  ひ手伝わせてください」と頼んだそうです。そうしたら渡辺浜子さんは「この曲をオルゴールに出来

  ないか」と言われたので、「ああモンテンルパの夜はふけて」をオルゴールにしたそうです。

  商売するつもりは無かったので3台しか作らなったと言っていました。  それを渡辺浜子さんは

  お土産代りに、当時のフィリッピン大統領キリノ氏の所へ持ってゆきその曲を大統領に聞かせたら

  そのもの哀しい美しい曲に心ひかれて、この曲はどのような曲ですか?と聞かれたので、「この曲

  は、このモンテンルパの収容所の人が故郷を偲んで作った曲です」と伝えたところ、キリノ大統領は

  心動かされ、私個人の権限では少しの人しか救うことが出来ないから、これを国会にかけて取り上げ

  よう、と言ってくれたそうです。それからすぐの数か月後、収容戦犯百余名、全員の日本帰還が政府

  発表として許され実現された。・・・・・それを為されたキリノ大統領ご自身はマニラ市街戦で家族

  奥様と娘さんを日本兵によって亡くされていた。「私は家族を亡くした者の苦しみと寂しさは身に

  沁みてよくわかる。同じ気持ちを日本で待っている家族の人たちにあじあわせたく無い」と言われ

  たそうです。

  吉田さんは私の作ったオルゴールがお役に立てたという事が、たとえ誰にでも知られなくとも私はそ

  れでいいと思っている。と話されていました。もう4年位も前の事、吉田さんはご健在でしょうか。

  キリノ大統領のうえに注がれた主の愛にハレルヤ!

  一つのオルゴールが多くの人たちを救った美しいお話です。

思いでの最終章

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     オペラ歌手のあすかちゃんとのスナップ いたずらぽくおどけた彼。
   

   松沢さんとの思いでの最終章は・・・・

 2006年12月21日までの数か月は、彼の寂しさと、苦しさと、辛さの凝縮した地獄の数か月だっ

 たと思っている。 しかし不思議な事に私はその数か月、松沢さんとは一度も会っていない。

 近くに居た信者さん達は松沢さんのおかしい変化に気が付いていた人も多く居たみたいだけれど、

 まさか、あのような事になるとは誰も予測出来ず、手を差し伸べる事も出来なかったみたいだった。

 自分がその事を少しでもわかっていたら、救えたかもしれないと悔やまれる。

 だから、彼の死の連絡を受けた時は、寝耳に水の衝撃を受けた。  
 
 当然、松沢家のお手伝いをしてくれていた、被害にあってしまった主婦も気が付いていてくれてたと

 思う、だから彼女は彼女なりに心配して何かをしようと努力されていたと思う、「○○さん何で俺に

 相談してくれなかったの」って・・・・いまさら言っても仕様がないけど。

 松沢さんはよく言っていた。『この家は、体の弱い病気の母と、アル中でニートの弟と、C型肝炎で

 医者通いの俺と考えてみれば、グチャ、グチャな家庭だよな!ここにイエスさまが居てくれるから

 救われている。』って。 

 お母さんが体が弱くて家事が出来ないと代わる代わる信者さんの主婦がお手伝いにかけつけて来てくれ

 る。その中でも○○さんは一番熱心にお手伝いしてくれていた、ありがとうって心の中で叫びたい!

 「○○さんありがとう」 優しい人だった、だから寂しい、だから悲しい・・・・

 

 家族の前では涙を見せない人が、泣いていたそうだ。弟さんから聞いた話で、俺はこんなに汚い!

 罪深い!嘘つきだ!と号泣したそうだ。 肝硬変で死んだ従兄の奥さんに聞いたけど、体がだるくて

 ごはんを食べる時も横になってお茶漬けにして掻きこむ様にして食べていたって・・・

 松沢さんも辛かっただろう。余命と家庭と牧師とあらゆる重荷を一人で抱えて・・・

 覚せい剤をやると、体が軽くなるそうだね、疲れやだるさもすっ飛ぶそうだね・・・

 覚せい剤をやると、どうなるかは他の人以上に知っているはずだよね・・・・

 それは何の為に、そこまでしてもメッセージしたかったんだ。 牧師の仕事をしたかったんだ。

 それは、悲しすぎるよ!寂しすぎるよ!哀れすぎるよ1 松沢さん!・・・

 松沢さんの死に顔 きれいだったね、微笑みさえ浮かべている様だったね、

 イエスさまが重荷を外して下さったのかな。 

 

 パウロがこのようなことを言っている。『もしできることなら、私の同胞、肉による同国人のために、

 この私がキリストから引き離されて、のろわれた者となることさえ願いたいのです』

 この言葉はイエスさまのことをパウロは言っているんだよ。「私達を救うために、父なる神から引き離

 され、十字架に架けられた.木につるされた呪われた者として」

 松沢さん何故サタンに身を売った! 呪われた者として死ななければならなかったのか?

 牧師の使命に命を賭けて、私達に素晴らしい御言葉を伝え、小さき者と共に歩んできたあなたが

 あのような死に方をして、多くの人々から誹謗中傷され裁かれている。でも裁く者は裁くがいい。

 松沢さん あなたの教えてくれたイエスさまは私達の心の中に変わる事無く輝き続けているのですから

 松沢さんに出会えて本当によかった!導いてくれたアーサーにも感謝します。

 それよりも、アーサーと松沢秀章をこんな私の為に引き合わせてくださった主の愛に感謝します。

 すべてのことを主に委ねます。すべては主の御手の中に・・・・アーメン!


 松沢さんとの思いではたくさんあります・・・心の整理をしようと、このブログをはじめました。

 一時は松沢秀章を弁護しようとむきになって怒ったこともありました。

 これからは、心を静めてイエスさまと向かい合って往きたいと思っています。

 このブログを通して素晴らしい人達に出会えたことに感謝します。 
 

 
 

 
 

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  丁度今頃だったと思う、「医者から肝硬変が進んでいるって言われた」って、寂しそうに私に話た。
 
  C型肝炎は十年位たつと肝硬変か肝臓癌になって死ぬんだと、以前から言っていた。(その時は癌

  も・・・)以前私も彼に「入院してちゃんと医者に診てもらったらどう」と言うと「入院したら出て

  これなくなってしまうのが分かっているから入院したくない」と病院に通って診察を受けていた。

 「メッセージが出来なくなったら、俺は生きる張りを無くしてしまうから、俺は絶対入院はしない。」

  の一点張り。何度かメッセージをしていて倒れそうになったことがあった。そんな松沢牧師を、せつ

  なく寂しい気持ちで見ている事が何度かあった。この人は命をかけてメッセージをしているのだなと

  その時強烈に感じた。命をかけてこそ両刃の剣より鋭い御言葉が私達の体を刺し通すのだなと思う

  それが証拠に、いまだに松沢先生のメッセージが聴きたいとせつなく訴えてくる信者さんが多く

  いる。  

  松沢さんと私との間でやらなくてはならない事がひとつあった。それは三重刑務所に服役している

  信者さんのところへ面会へ行く約束事がありました。  今まで行こう、行こうとしてもなかなか

  行けず,延び延びになっていたので、このまま伸ばしていたら行けなくなると思い半ば強引に誘って

  行く事になりました。松沢さんもその時、そういう意識があったみたいでした。

  日曜礼拝を終えてすぐに車に乗り込み出発しました。新車に替えたばかりの車でクライスラーの黒

  のセダン。二人で乗っていると、まわりの人が危ない人だと思うのか寄ってこなかった。

  私は運転は慣れているので殆んど私の運転で松沢さんには体を休めてもらいました。 車中では

  いつもの通り、ふざけ合い、馬鹿を言い合ってとても楽しかった。

  三重の津に着いて、刑務所を確認してホテルに宿をとり、午前中の面会をしてすぐに東京へ帰るつ

  もりでした。 ホテルではまたいつもの通り11時になると携帯のスイッチを入れ、二つの携帯で

  相談ごと、愚痴話の相手を1・2時頃までしていた。 「牧師って大変だね」って皮肉まじりの

  労いの言葉をかけて寝た。 刑務所の面会はたった15分足らず、6時間かけてやって来てたった

  15分、分かっては居るけれど短すぎると思う。  帰りの車中でも又、神様の話を真面目くさっ

  て話しているかと思えば、音楽の話、そして男二人よれば女の話(裁かないでね!)・・・話に

  夢中になり過ぎて岐阜の下呂温泉方面まで走ってしまった。松沢さんは私をプロのくせにと罵ったり

  もうメチャクチャ! 松沢さんが天皇陛下に伝道しに行って、皇宮警察に捕まった話、小林先生や

  智恵子先生との家族以上に愛を注がれた修行時代のエピソードには腹が痛くなるほど笑い転げた。

  松沢さんが楽しそうに話していた姿が目に浮かんでくる。(心の中には寂しさが一杯詰まっていたの

  に)別れる時に、『大口さん またこの様な旅行しようね。つぎはアーサーも誘って。』

  この旅が最後の旅になってしまいました・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

人間だから・・・・

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今日のメッセンジャーはアーサーでした。成増教会は松沢さんやアーサーのメッセージで育てられた

  信仰者が多いので、新任の牧師さんは、確かにやり難い事と思う。聖書解説や発表会的なメッセージ

  や、無理なこじ付け話では満足しないし、すぐに力無さを見破られてしまう。自分のイエスさまを

  語れなければ、百の言葉を並べても御言葉を語ることが出来ない。

  “もしあなたがたがわたしを愛するなら、あなたがたはわたしの戒めを守るはずです。”ってイエス

  さまは言うけど、これって律法を守る事と変わりないのと違うの? イスラエルの民は律法を守る事

  が出来なかった。だからイエスさまを私達の救い主として私達のもとへ降りてきてくださったのに、

  イエスさまは私達に同じ様に戒めを要求するのだろうか?。聖書の中にはこのような戒めが、御教え

  としていっぱい出てくる。これを守ろうとすれば苦しくなる。人間だから。ペテロ達もイエスさまを

  愛していると言いながら、それをことごとく破った。人間だから、罪深い人間だから。弱い弱い人間

  だから。

  イエスさまは全てを承知している、人間の弱さを、そこにキリストの愛が現れる。  「私はイエス

  さまを愛しているからあれも守らなくては、これも守らなくては」とやっているうちに、パリサイ人

  と同じようにキリストを見失っていくような気がする。 キリストの愛の本質を見失っていくような

  気がする。 だから私はコチコチなクリスチャンは嫌いだ。 ありのままの自分でいい、自分以上の

  ものを着飾れば苦しくなる、だからありのままの自分でいい。 『わたしの目には、あなたは高価で

  尊い。あたしはあなたを愛している。』 イエスさまの愛がそこにある。 人間の弱いところ、そこ

  にイエスさまの愛が注がれる。

  
  委ねようと思っても委ねきれない自分がいる。

  裁くなと言っても裁いている自分がいる。

  怒るなといっても怒っている自分がいる。

  隣人を愛せよと言っても愛せない自分がいる。

  ことごとくイエスさまの戒めを破っている自分がいる。・・・・でも私はイエスさまを愛している。

  この貧しき信仰の者のうえにイエスキリストの愛が注がれますように。
  


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