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先週3.26の朝日新聞の群馬版の「民主主義の先進県群馬」というタイトルの記事を閲覧しました
高崎出身の僕でさえ県庁ではなく軍隊(陸軍15連隊−一部が昨年天皇・皇后両陛下が御訪問くださったペリリュー島で全滅)を取ったのだと思ってました−前の記事でも
しかしこいつの陰謀だったのでした!!−憎き長州
群馬県令就任直後に「地租改正の作業をするに高崎庁舎は手狭」を理由に前橋に移転
反発する高崎の住民を説得するため高崎に来て「一時の移転。地租改正後速やかに高崎に県庁を戻す」と言い、住民代表の「そのまま前橋はないか」に対し「私の在任中は絶対ないと保証する」と言いながら地租改正後明治政府に「断然前橋を本庁に定められたし」と要請
翌年正式に前橋に決定し「約束が違う」との抗議に対し「約束した覚えはない」と突っぱねる−この糞詐欺師め!!
そして千人余りの住民が前橋の県庁に押しかけると軍による鎮圧も考えたとか
住民らは裁判を起こすも敗訴
そりゃ商人の街(城下町でもありますが)「高崎」より「前橋」の住民の方がj従順で良かっただろうな(大河ドラマでも確か群馬は人心が荒いとかで赴任。見てないけど資料には残ってる)−僕は高崎生まれだから
今じゃ前橋は新幹線の止まらない数少ない都道府県庁所在地−名ばかり特急はあるけど(そう言う高崎も「かがやき」にはすっ飛ばされましたが)
しかし県議会は以前の記事にも書きましたが全国初の「廃娼令」を出した
それだけではなく「群長の住民選挙」を全会一致で可決!!−4年続けて政府に建議書提出も内務卿から却下される
更に後に県議会議長となる県議から「官選の県令では官僚を借りて人民を圧しかねない」との建議案も−それはさすがに否決されたそううですが
明治維新から10年そこそこで住民自治や参政権の意識がここまで高まったのは県外者もうけいれ易い県民性にあったのかもしれません
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